市民のためのがん治療の会
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画像診断の新しい流れ

『小腸の新しい画像診断-CT エンテロクリーシス-』


山口大学放射線科准教授
清水 建策
小腸は6~7mもある長い器官であるうえ、胃内視鏡も大腸内視鏡も届かない部位であるため、診断も困難であった。そこでCTのテクノロジーを応用した診断法が開発され、診断情報の飛躍的な向上が図られた。今回はすでに2008年から200例以上のCTエンテロクリーシスを行い、その有用性を発表しておられる山口大学の清水先生に解説していただいた。(會田 昭一郎)
はじめに
CT エンテロクリーシスとは小腸内に水や腸管洗浄液などの陰性造影剤を注入し、造影CTを行う画像診断方法です。陰性造影剤を注入する主な目的は①腸管の拡張と②腸管の洗浄です。小腸は通常虚脱した状態ですので、そのままでは粘膜や腸管壁の評価は困難です。そこで陰性造影剤を充満させる事により、適度に腸管壁を引き延ばして、評価しやすい状態にします。また腸管内にはガスや便が多く存在し、これらは画像のアーチファクトや誤診の原因となります。陰性造影剤の注入はガスや便を除去し、腸管内をキレイな状態にできます。このようにCTエンテロクリーシスは腸管の拡張と内腔の洗浄により従来困難とされていたCTでの小腸の評価を可能にしています(図1)。
 我々の施設では2008年から200例以上のCTエンテロクリーシスを行っており、その有用性を発表してきました注1)-4)。以下、CTエンテロクリーシスの方法や当施設での経験を紹介します。
CTエンテロクリーシスの方法
① 陰性造影剤の注入:
 当院では陰性造影剤として大腸内視鏡の前処置で使用されている腸管洗浄液を使用しています。注入量は1500~1800mlですが、この洗浄液は腸管で吸収されませんので、例えば心不全などで飲水制限のある方においても安全に注入できます。注入方法は患者さんに直接洗浄液を飲んでいただく方法と十二指腸チューブをお鼻から挿入し、自動注入器で洗浄液を注入する方法とがあります。後者の方がより質の高い画像が撮影できますが、最近では簡便で患者さんの負担が少ない前者の方法が多く施設で選択されています。

② CT撮影:
 腸管洗浄液を注入後に腸管の動きを抑えるために抗コリン剤を注射し、CTを撮影します。CT撮影は造影剤を静脈注入しますので、腎機能が低下している方や喘息のある方は原則禁忌となります。

症例
① クローン病(図2):
 クローン病はCTエンテロクリーシスの最も良い適応であると考えられています。主な役割は①病変の程度や拡がり、②腸管狭窄の状態、③膿瘍や瘻孔など合併症の有無、です。腸管の狭窄を伴うことが多いクローン病は内視鏡検査で全小腸を観察することが困難な事が多く、CTエンテロクリーシスの役割は大きいと思われます。
② 消化管出血(図3):
 消化管出血の原因検索もCTエンテロクリーシスの良い適応です。特に血管奇形は小腸出血の最も多い原因と言われており、我々の施設でも消化管出血の検索で多くの血管奇形と遭遇しています。
③ 小腸腫瘍性病変(図4):
 小腸腫瘍の検索もCTエンテロクリーシスが有用です。当院でも小腸腺癌を筆頭に小腸ポリープ、悪性リンパ腫など種々の小腸腫瘍がCTエンテロクリーシスで発見されています。

最後に
 CTエンテロクリーシスは種々の小腸疾患の診断に対して有用な検査法であり、狭窄を伴う病変でも安全に行えることからその適応範囲は広いと言われています。内視鏡検査と比較して画質が術者に依存せず、腸管壁の情報とともに腸管外の情報も同時に得ることができるなどアドバンテージも多くみられます。カプセル内視鏡など小腸内視鏡の急速な普及のなか、簡便で負担の少ないCTエンテロクリーシスの役割も高くなっています。

文献(注)
1. Kensaku Shimizu, Shinichi Hashimoto, Yasuo Washida, Hideko Onoda, Shingo, et al. Computed tomography enteroclysis for recurrent severe gastrointestinal bleeding in a patient with vascular malformation of the small bowel. Jpn J Radiol. 28(1), 58-61, 2010
2. Hideko Onoda, Kensaku Shimizu, Yasuo Washida, Naofumi Matsunaga, et al. Usefulness of CT enteroclysis in the intestinal tract. Jpn J Radiol 28(3). 193-198, 2010
3. Yasuo Washida, Kensaku Shimizu, Taiga Kobayashi, Takayuki Kishi, Takaaki Ueda, Masatoshi Katoh, Hideko Onoda, Takashi Fujita, Naofumi Matsunaga. Utility of CT enteroclysis for small Intestinal Hemorrhage. Bull Yamaguchi Med Sch. 58(1-2): 11-18, 2011.
4. 清水建策、橋本真一、小野田秀子、鷲田康雄、坂井田 功、松永尚文. 小腸の画像診断-CT enteroclysis-.臨床放射線.第57巻、8号、1017-1025 2012
 そこが聞きたい
Q 小腸は栄養を吸収する重要な器官と理解しておりますが、そういえば小腸がんというのは10年間の市民のためのがん治療の会の活動でもほとんど聞いた記憶がありません。が、重要な器官ですので、不具合が発生した場合には当然検査をしたいと思われるでしょうが、小腸は通常虚脱した状態ですので、そのままでは粘膜や腸管壁の評価は困難ということになると、検査は容易なことではないですね。この機会が無かったときはどのような検査法があったのでしょうか。

A 小腸は胃内視鏡も大腸内視鏡も届かない部位でしたので、バリウム造影が小腸検査の主体でした。これは十二指腸ゾンデと呼ばれる細長い管を経鼻的に十二指腸まで挿入し、小腸にバリウムと空気を入れて診断します。胃透視の小腸版です。ただ、小腸は長い(6~7m)ですので、検査時間は長く、患者さんにも負担のかかるものでした。最近はカプセル内視鏡など小腸専用の内視鏡が出現しており、より患者さんに負担の少ない検査が選択されるようになっています。

Q 陰性造影剤というのはどういうものでしょうか。

A 造影剤には陽性造影剤と陰性造影剤があります。通常CT検査で使用されている造影剤は陽性造影剤と言って、画像で白く写るものです。病変や血管を白く描出させ、異常を見つけやすくします。胃の検査で使用されるバリウムも陽性造影剤です。それに対して陰性造影剤は画像で黒く写ります。病変のバックグランドを陰性造影剤で黒くすることにより、病変を見つけやすくするものです。CTエンテロクリーシスの場合は腸管内腔を黒くすることにより、腸管壁や粘膜の異常を見つけやすくします。

Q アーチファクトというのはどういうことでしょうか。

A アーチファクトとは実際に存在しない二次的に発生した陰影であり、色々な種類があります。例えば撮影中に体が動くと、写真がぶれますが、これはmotion artifactと呼ばれる代表的なアーチファクトの1つです。腸管のアーチファクトは2つあります。1つは腸管の動きに伴うmotion artifactです。これを防ぐために腸管の動きを抑える注射を検査前にしています。もう1つはCT値が大きく異なるものが接する時に生じるアーチファクトです。体の臓器はX線の透過のしやすさによって、CT値が決まっています。空気が-1000で水が0、腹部臓器や腸管壁はおおよそ40~60です。空気(腸管ガス)だけ極端に離れています。そのため腸管壁と腸管ガス(空気)が接すると両者の境界にアーチファクトが生じてしまいます。この検査では腸管内腔を腸管壁とCT値が近い水に置き換えることにより、アーチファクトを少なくしています。

Q 大腸内視鏡のように、小腸ポリープを切除したり、小腸腺癌の摘出などはできないのですね。

A はい、CTエンテロクリーシスでは病変を切除したり、治療することはできません。この検査で病変が見つかった場合は、内視鏡検査等で精査や治療をする必要があります。

Q CTは、この検査に限らず一般に造影剤の靜注が必要ですが、腎機能が低下している方や喘息のある方は原則禁忌とのことですが、これは高齢社会の実情に合わせて今後の研究が待たれるところですね。

A はい、おっしゃる通りです。現在使用されている静注用造影剤の多くは腎臓で排泄されますので、腎機能の低下している方には原則使用できません。今後、腎臓に負担の少ない造影剤の開発が待たれます。喘息に関しても同様で、アレルギーの少ない造影剤の開発が望まれます。

Q 最後に先生、画像は分かりましたがCTエンテロクリーシスの機器はどんなものかお見せいただきたいのですが。

A 分かりました。ただ、検査機器はCTしかありませんので、実際に使用しているCTの写真を添付します。同時に自動注入器と十二指腸チューブの写真も添付しておきます。

Q 検査機器も検査を受ける市民にとりましては、大きな関心事です。今回はお忙しい中、新しい検査についてご説明いただきまして、本当にありがとうございました。







略歴
清水 建策(しみず けんさく)

平成3年山口大学医学部卒業後、山口大学医学部附属病院放射線科(研修医)、厚生連周東総合病院(放射線科)、癌研究会附属病院(内科)、美祢市立病院放射線科(医長)を経て平成15年山口大学光学医療診療部(助手)。平成23年山口大学放射線科(講師)を経て平成24年山口大学放射線部(准教授)
所属学会等:
日本消化器がん検診学会中国四国地方会県代表幹事、日本消化器内視鏡学会中国四国地方会評議員、山口県消化器がん検診研究会副会長、山口県成人病検診管理指導協議会胃がん大腸がん部会委員
資格等:
日本医学放射線学会専門医、日本消化器がん検診学会認定医、医学博士
論文等多数
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