市民のためのがん治療の会
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要注意、遺伝性大腸がん

『遺伝性大腸がんについて』


がん・感染症センター都立駒込病院
外科医長 山口達郎
「がん医療の今」では「家族性がん」と言われる遺伝性がんについて、それぞれのエキスパートの先生方にご寄稿をお願いしている。膵がん、乳がんに次いで今回は大腸がんについて、がん・感染症センター都立駒込病院外科医長の山口達郎先生にご寄稿いただいた。 すべての消化器外科医や消化器内科医が熟知しているとは言いがたく、見逃されている場合があると考えられるとのことで、患者としても十分こうしたことを知ったうえで、専門医等への相談も考えなければならない。(會田 昭一郎)
【はじめに】
 大腸がんは、悪性腫瘍の中で最も罹患者数の多い疾患のひとつであり、男性では胃がん、肺がんに次いで第3位、女性では乳がんに次いで第2位と報告されています。また、死亡者数でみると、男性では肺がん、胃がんに次いで第3位ですが、女性では第1位となっています。
 大腸がんのほとんどは散発性大腸がんで、遺伝性は認められません。しかし、大腸がんの数%は遺伝的素因が関与して大腸に腺腫(ポリープ)やがんを発症します。中でも、『家族性大腸腺腫症』と『リンチ症候群』は、原因遺伝子や併存する疾患の解明が進んでいるので、本稿にて紹介いたします。

【家族性大腸腺腫症】
 家族性大腸腺腫症は、APC遺伝子を原因遺伝子とする常染色体優性遺伝の形式をとる遺伝性疾患です。つまり、性別に関係なく、50%の確率で親から子に遺伝する疾患ということです。家族性大腸腺腫症では、若いうちから大腸にたくさんの腺腫が発生します。この時できた腺腫は良性ですが、時間の経過とともにその腺腫は100%癌化すると言われています。
 それでは何故、家族性大腸腺腫症の方は、大腸にたくさんの腺腫ができて、大腸がんができるのでしょう?家族性大腸腺腫症の原因遺伝子のAPC遺伝子は、大腸に腺腫ができるのを防ぐ働きをしています(がん抑制遺伝子)。APC遺伝子は父方と母方由来のものがあります。大腸に腺腫ができるためには、両方のAPC遺伝子が働かなくなる必要がありますが、家族性大腸腺腫症の方は、生まれつき父方あるいは母方由来のAPC遺伝子が正常に働いていないため、もう片方のAPC遺伝子が正常に働かなくなれば腺腫ができるので、腺腫ができやすい体質であるということがわかります。そのため、大腸にたくさんの腺腫ができるのです。
 遺伝子検査を受けるためには、遺伝性腫瘍の専門医やカウンセラーから遺伝カウンセリングを受ける必要があります。家族性大腸腺腫症について十分なカウンセリングを受け、遺伝子検査のメリット・デメリットをよく理解した上で検査を受けるようにしてください。
 家族性大腸腺腫症の治療は、大腸がんになる前に大腸を切除することです。手術を受ける時期や手術の方法は異なりますが、遺伝子検査の結果を参考にする場合があります。それは、APC遺伝子の変異の場所によって、腺腫のできやすさに違いがでてくるからです。
 また、家族性大腸腺腫症の方には、大腸腺腫の他にも胃や十二指腸、小腸にも腺腫ができたり、デスモイド腫瘍という腫瘤ができたりします。したがって、大腸を切除すれば通院や治療が終わるということはありません。一生涯に渡って、定期的な検査が必要になります。

【リンチ症候群】
 リンチ症候群は、以前は、遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)と呼ばれていました。家族性大腸腺腫症とは異なり、大腸内に多くの腺腫は発生しないものの、遺伝により大腸がんができるからです。しかし、大腸がんだけでなく、子宮がんや小腸がん、泌尿器系のがんの発生も多くみられるため、現在では報告者の名にちなんでリンチ症候群と呼ばれるようになりました。
 リンチ症候群も家族性大腸腺腫症と同じように、性別に関係なく、50%の確率で親から子に遺伝します。原因遺伝子は、ミスマッチ修復遺伝子であるMLH1遺伝子、MSH2遺伝子、MSH6遺伝子、PMS2遺伝子などが報告されています。いずれも、細胞分裂時におけるDNA複製の際のエラーを修復する働きがあります。したがって、これらの遺伝子が働かなくなると、エラーのままのDNAとなり、これが癌化につながります。
 リンチ症候群の確定診断のためには、遺伝子検査は必須で、上記のミスマッチ修復遺伝子に病的変異を認めた場合、リンチ症候群と診断します。リンチ症候群のスクリーニングのためには、アムステルダム基準IIや改訂ベセスダガイドラインを用います。これらの基準やガイドラインに当てはまる場合、がんの組織的な検査や遺伝子検査に移ります。リンチ症候群における遺伝子検査の場合も、遺伝カウンセリングを行います。リンチ症候群や遺伝子検査そのものに対する十分な理解と、同意が必要です。
 リンチ症候群では、大腸以外にも様々ながんの発生をみるため、婦人科や泌尿器科といった消化器外科・内科以外の診療科での生涯に渡る検査が必要です。

【最後に】
 遺伝性大腸がんの頻度が大腸がんの数%といえども、その数は決して少なくありません。医療者における遺伝性大腸がんの認識も少しずつ広がっていますが、すべての消化器外科医や消化器内科医が熟知しているとは言いがたく、見逃されている場合があると考えられています。遺伝性大腸がんが心配な場合には、専門病院の専門外来やカウンセリングの受診をお勧めします。

アムステルダム基準II
・家系内に少なくとも3名のリンチ症候群に関連した腫瘍(大腸がん、子宮がん、小腸がん、尿管あるいは腎盂のがん)が認められること
・そのうちの1名は他の2名に対して第一度近親者(親、子、兄弟)であること
・少なくとも2世代にわたって発症していること
・少なくとも1名は50歳未満で診断されていること
・家族性大腸腺腫症が除外されていること
・腫瘍の組織学的診断が確認されていること
参考文献
公益財団法人がん研究振興財団 がんの統計‘13
遺伝性大腸癌診療ガイドライン2012年版 金原出版


略歴
山口 達郎(やまぐち たつろう)

平成6年3月北海道大学医学部卒業
平成6年4月~同附属病院で研修後、国立札幌病院(現、北海道がんセンター)、深川市立総合病院、岩見沢市立総合病院
平成11年4月~がん・感染症センター都立駒込病院
平成21年『HNPCC大腸癌における発癌および進展に関する研究』にて学位取得
医学博士、日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本大腸肛門病学会専門医、家族性腫瘍学会評議員、臨床遺伝専門医、日本がん治療認定医機構がん治療認定医、日本がん治療認定医機構暫定教育医
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