市民のためのがん治療の会
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患者のQOLをいかに守るか

『肛門扁平上皮癌に対する化学放射線療法』


都立駒込病院放射線科
唐澤克之
はじめに
直腸と肛門の間を隔てているのは歯状線という線であるが、それを境にがんの治療方針が大きく異なることをご存知であろうか?前者は腺癌が主体で、放射線治療の感受性があまり高くない一方で、後者は扁平上皮癌で放射線感受性も抗癌剤への感受性も高く、両者の併用療法で完全消失する頻度が極めて高いのである。また肛門管癌は肛門自体に病変が存在しているため、手術で切除する事即ち人工肛門造設という結果となり、患者さんのQOLに大きな影響を与えることになる。よって欧米ではすでに、第一選択の治療は化学放射線療法となっており、手術は化学放射線療法が失敗した場合に救済方法としての位置づけになっている。日本では、発生頻度がこれまであまり高くなく、直腸癌と同様にまず手術をすると考えられて来たが、最近になって漸く化学放射線療法が脚光を浴びて来た。本稿では肛門癌の特徴と治療方法について最新の知見を交えて説明させて頂く。

肛門扁平上皮癌の特徴
 肛門扁平上皮癌は最近増加傾向にある。女性に多く、比較的高齢者に多い。子宮頸癌や中咽頭癌の発生にも関係しているヒトパピロマウイルス(HPV)が関連していることが多い。肛門を使用したセックスのパートナーが多いと多い、と言われ、STDの範疇としても考えられる。男性の場合はHIVの人も多い。
 リンパ液の流れが体軸方向だけでなく、側方へも流れているため、リンパ節転移は鼠径リンパ節にも転移する。比較的緩徐に進行する事が多く、発見時骨盤内に留まっている事が多い。
 前述の様に扁平上皮癌であるため放射線感受性が高い。またHPVの感染が関連している事も放射線感受性を高くしている。遠隔転移が存在しない場合は、局所への根治的治療が行われる。

治療方法
歴史
米国では1970年代までは肛門を切除してしまう手術で治療が行われていたが、1970年代にNigroという研究者が30Gyの15回という放射線治療とMMCという抗癌剤と5-FUという抗癌剤を併用して、術前に治療を行ったところ、次々に腫瘍が消失していた。そのため、手術を行わずに、より根治的に放射線治療を行おうという契機となり、放射線の線量を増加させたり、抗癌剤の併用法、種類などを臨床試験にて検討して来た。現在のところ、世界で最も有名な診療ガイドラインの一つであるNCCNのガイドラインではMMCという薬と5-FU(もしくはCapecitabine)という薬に放射線治療を59.4Gy/33分割の線量で投与することが推奨されている。それにて9割近い5年生存率と8~9割の肛門温存率が期待されている。手術の役割は化学放射線療法で再発、再燃した場合の救済療法と位置づけられている。


放射線治療
放射線治療の方法は以前から鼠径リンパ節を含めた全骨盤照射が推奨されて来た。ところが、MMCと5-FUという血液や消化管へ影響を与える抗癌剤を併用するために、高率にそれらの副作用が出現していた。それらが問題となって来たが、今世紀になってからIMRT(強度変調放射線治療)という照射技術が普及して来て、うまく腸管や骨髄、膀胱そして会陰部の皮膚への線量を低下させて照射することが可能となって来た。そして米国ではRTOG0529という臨床試験でIMRTを用いて、有害事象の程度を減らして治療が可能で、しかも抗腫瘍効果も落とさずに治療ができたという成果が、最近になって発表された。図1に従来の方法での線量分布を、図2にIMRTを用いた線量分布を示す。腸管への線量が大きく低下していることがわかる。このようなことから、現在では米国ではIMRTを使用した化学放射線療法が標準治療となっている。日本ではIMRTの導入が米国に比べて5-10年遅れていたが、最近になって漸くIMRTの技術を取り入れている施設では、肛門管癌へIMRTの応用が始められており、その施設数も年々増加している。






日本における治療の歴史と臨床試験
肛門扁平上皮癌の発生頻度の低さ、放射線治療の後進性等により、直腸癌の治療の一環として治療が行われて来た。そして一部施設では化学放射線療法は行われて来たものの、肛門扁平上皮癌に対する化学放射線療法の臨床試験は行われて来なかった。すなわち日本における標準治療としての化学放射線療法の成績はまだ出されていず、その標準治療としての確立が待たれているところであるが、2009年になって漸くJCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の方でJCOG0903という第I/II相試験が始まり、現在も症例登録中である。JCOG0903は同時化学放射線療法のプロトコールであるが、外来でも施行可能な様に薬剤を5-FUに代えてS-1を用いることとしたが、まだ照射技術が十分追いついていない施設が多いため、IMRTの使用を禁止している。一方JROSG(日本放射線腫瘍学研究機構)という臨床試験グループでも肛門扁平上皮癌に対して、MMCと5-FUを併用した化学放射線療法のプロトコール(JROSG 10-2)が2013年より開始され、現在症例登録中である。JROSG10-2はJCOG0903と同様同時化学放射線療法を行うが、薬剤はRTOG試験と同様のMMCと5-FUを用い、放射線治療では米国で現在標準となっているIMRTの使用を許可したというプロトコールとなっている。現在症例登録中である。

おわりに
肛門扁平上皮癌は少ない疾患ではあるが、最近増加傾向であり、手術で肛門を失う事は患者のQOLに著しい影響を与える。この疾患が放射線療法にも化学療法にも反応し易く、骨盤内に限局している場合には高率に治癒する可能性があるので、化学放射線療法という選択肢があるという事を記憶の片隅に留めておいて頂ければ幸甚である。

略歴
唐澤 克之(からさわ かつゆき)

昭和59年東京大学医学部卒業後同放射線科入局、東大放射線科助手、社会保険中央総合病院放射線科医長、東京都立駒込病院放射線科医長を経て平成17年同部長、現在に至る。この間昭和61年スイス国立核物理研究所客員研究員。
専門 放射線腫瘍学 特に肺癌、泌尿器癌、消化器癌
日本放射線腫瘍学会代議員 日本医学放射線学会専門医 日本癌治療認定医機構 がん治療認定医 暫定指導医
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