市民のためのがん治療の会
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高齢化社会とがん

『サルコペニアの重要性』


厚木市立病院 外科部長
脇山 茂樹
 私は現在、公立病院の一外科医師として日々地域医療に取り組んでいます。最近では80歳以上、さらには90歳に近い年齢のがん患者さんに対しても手術を行うことはけっして稀なことではなく通常の医療となってきています。まさに医療の分野においても高齢化はかなりの勢いで迫ってきています。
 本稿では、高齢化社会とがんについてそれぞれの問題点、およびその対策としてのサルコペニアの意義について述べていきたいと思います。
 今後の日本の社会や経済を考える上で、“高齢化社会”は最も重要なキーワードです。日本の“高齢化社会”の特徴は、単に高齢者が増加していくということではなく、“長寿化”すなわち高齢者の増加と“少子化”すなわち若年者の減少という二つの因子が関与していることです。長寿化については、医療技術や知識の進歩、生活水準の向上により長生きが可能となったという意味で喜ばしいことである反面、高齢者人口の増加が問題となります。一方、少子化については、晩婚化、核家族化、金銭的負担の増加、および価値観の変化などによる出生率の減少が主な原因と考えられ、少子化の結果、生産活動を担う労働人口の減少が問題となります。このような長寿化と少子化が相重なって、日本では全人口に占める高齢者の比率が上昇し続け、さらに2005年頃から、少子化の影響が長寿化の効果を上回り、日本社会は高齢者比率の増加かつ人口減少という新たな問題を抱えています。今後、高齢化と人口減少という二つの流れは、日本経済にとって経済低成長を引き起こし、また現役世代の負担増加から、世代間の対立といった社会不安をまねく可能性もあります。
 一方、がんについては、がんに対する基礎的および臨床的研究が盛んになされ、ある種のがんではその制御も可能になりつつありますが、がん全体からみると未知の事柄が多く、がんの治療・制御に関してはまだまだ不十分です。一般的に日本ではがんの死亡数と罹患数はともに増加し続けています。実際のところ、2009年のがん死亡数は1975年の約2.5倍と報告されています。このままがんは増加し続けるのでしょうか。実はここには、高齢化が大きく関与しているといわれています。すなわちがんの増加の主な要因は人口の高齢化です。がんは老化と密接な関係があり、高齢化、つまり高齢者数が増えればがんの罹患数も増えていき、それに伴って死亡数も増加していきます。高齢化社会により、がん患者および治療が必要な患者の増加、ひいては医療費の増大、経済社会への大きな影響が引き起こされます。ただ実際のところ、高齢化の影響を除いたがん年齢調整死亡率・罹患率という指標でみていきますと、年齢調整死亡率は一貫して減少し、年齢調整罹患率は1990年まで上昇、その後横ばい、2000年頃から再び上昇しています。年齢調整罹患率が上昇しているにもかかわらず年齢調整死亡率が減少していることから、がんに対する診断および治療の進歩によりがんの制御が可能となってきていることが示唆されます。
 以上述べましたように、高齢化社会かつ人口減少により起こりうる生産活動を担う労働人口の減少という側面、および高齢化に伴うがん患者の増加から起こりうる医療費の増大といった側面、これら二つの側面が日本経済に多大なる影響を及ぼすことは必須と考えられます。それでは我々にこのような状況に立ち向かう方策はあるのでしょうか。
 このような時代背景に立ち向かう方策の一つに、“生涯現役”という考え方があります。年を取ってからも、誰もが何らかの仕事を続けられるようにしていこうという考え方です。似たような考え方に、“健康寿命”があります。これは、健康上の問題なく日常生活を送ることができる期間です。まさに生涯現役や健康寿命の保持が重要と考えられます。
 いくつになっても体を動かすことができ、仕事を行うことが可能である生涯現役、また寝たきり生活にならず日常生活を健康に過ごすことができる健康寿命、このような生活状態を維持する上で、最近、“サルコペニア”という概念の重要性が増してきています。
 我々は誰でも加齢とともに筋肉量が減少していきます。この加齢とともに全身の筋肉量が減少していくことを “サルコペニア”と呼んでいます。加齢に伴ってサルコペニア状態となり、徐々に体力・筋力低下、行動制限、ひいては寝たきり状態になる、といった具合です。また最近の研究では、サルコペニアは加齢と共に起こる現象であるだけでなく、脳・心疾患や種々のがんにおいても引き起こされる現象で、それらの疾患の予後にサルコペニアは有意に関与していると報告されています。サルコペニア、すなわち全身の筋肉量の減少の客観的評価には、CT検査において第3腰椎レベルの体の横断面における全骨格筋面積値の測定が有用であるとされています。この評価法により、種々の疾患の予後予測が可能となります。サルコペニアは、これまでの血液学的な栄養指標、体脂肪率、肥満率などのパラメータとは異なり、より客観的な指標と考えられています。
 まさに前述した高齢化社会における生涯現役や健康寿命の保持には、加齢やがんに伴うサルコペニアの予防・制御は非常に重要で、今後さらに研究されていくべき課題と考えられます。最近では、アミノ酸サプリメントの摂取と運動療法の介入が、短期的および長期的なサルコペニアの制御や体力低下の抑制に寄与する可能性について報告されています。今後、何らかの介入が、加齢およびがんによって引き起こられるサルコペニアを制御し、体力維持やがん治療に寄与していくと考えられます。
 サルコペニア研究に関しては、私自身も肝細胞癌や膵癌において研究を行っておりますが、まだまだ解明されていないメカニズムが多々あり、私自身もライフワークとして研究していこうと考えております。

【参考文献】
1.サルコペニア予防を目的とした介入の効果は長期的  
Medical Tribune 2014年10月23日号 p10
2.サルコペニア肥満
美感遊創(サントリーウエルネス通信) vol 148 p7-10
3.第6回 高齢化の何が問題か。経済、最初の一歩
http://www.yomiuri-is.co.jp/perigee/economy10.html
4.日本の少子化問題の原因と対策 歴史
http://www12.plala.or.jp/rekisi/syousika.html
5.結局日本のがんは増えているのか?
http://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20120526/p1
6.健康寿命って?
https://locomo-joa.jp/locomo/03.html
7.サルコペニアの評価と予防
日本医事新報 2013年12月14日 No.4677 p21-36

略歴
脇山 茂樹(わきやま しげき)

1990年山口大学医学部卒業後、九州大学医学部消化器・総合外科(第二外科)、同大学医学部消化器・総合外科(第二外科)医員、九州歯科大学外科学講座助手員等を経て、2005年麻生飯塚病院外科診療部長
2006東京慈恵会医科大学外科学講座助教、同大学外科学講座講師、診療医長を経て2014年 厚木市立病院外科部長(肝胆膵外科)、現職。

この間、1996年南カリフォルニア大学移植リサーチフェロー (National Institute of Transplantation)

日本外科学会認定医・専門医・指導医、日本消化器外科学会専門医・指導医、日本消化器病学会認定医・専門医・指導医、日本肝臓学会専門医・指導医、日本肝胆膵外科学会高度技能指導医・評議員、日本がん治療認定医機構がん治療認定医等、専門医資格多数

日本外科学会、日本消化器外科学会、日本肝臓学会、日本肝胆膵外科学会、日本消化管学会、日本癌治療学会、日本膵臓学会、日本胆道学会、日本移植学会等、所属学会多数

2002年医学博士(取得:九州大学)
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