市民のためのがん治療の会
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5月31日は世界禁煙デー

『ここまで進歩した禁煙治療』


奈良女子大学 保健管理センター 教授 高橋 裕子
「金を使って病気になってりゃ、世話が無い」と、ある友人が言っていた。世の中には美食や嗜好品など様々なものや、ついつい車を使って歩くことをしないなど、費用を掛けて健康を害していることも多いようだ。
タバコや酒というポピュラーな嗜好品はその代表だ。もっとも私に言わせればこれらは麻薬に属するものだが販売が認められている、困ったことだ。
中でもタバコは、健康法などについては諸説紛々の医師でも、まず、ほぼ全員が異口同音、タバコはやめなさいと言われるような最悪の嗜好品だろう。
「不倫は文化」と宣うた「文化人」らしい人もいるようだし、喫煙についても個人の嗜好を制限するのはファッショだなどと言い出す輩もいて、今どきは旗色が悪くなると、「文化」とか「人権」、「少数意見の蹂躙」などと喚くと、何となく理屈が付くような困った風潮もあるようだ。
東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻・臨床疫学・経済学の福田敬先生の「喫煙によるコスト(2005年度)」によると、タバコによる経済損失は健康面1兆7,681億円、施設・環境面1,918億円、労働力損失2兆3,664億円合計4兆3,264億円に上るそうだ。
今年の米・厚生省の発表によると、喫煙に関連する疾患で米国では年間約50万人が死亡、約1,600万人が健康を損ね、それによって毎年3千億ドル(約30兆円)近い経済損失が生じているそうだ。
「金を使って病気になってりゃ、世話が無い」を絵に描いたようなデータではないか。
国際禁煙デーを機会に、喫煙者は自分にとってはもちろん、他人にまで受動喫煙で迷惑をかける喫煙習慣におさらばしよう。
今週はまざまなプロジェクトに携わり禁煙支援方法を開発し、インターネット禁煙マラソン主宰、日本禁煙科学会理事長としても活躍しておられる奈良女子大学保健管理センター教授で同大大学院教授でもあられる高橋裕子先生に、禁煙治療についてご寄稿いただいた。
(會田 昭一郎)
はじめに
禁煙外来をたちあげて21年目の世界禁煙デーがめぐってきました。当時、糖尿病の専門医として病院勤務していた私は、糖尿病患者さんに、喫煙して合併症が増加したり心筋梗塞や感染症のリスクが増加することは伝えていました。しかし禁煙のための薬もない時代で、なかなか禁煙しようという人はあらわれませんでした。そんな中、一人の患者さんが自力で禁煙方法を編み出して禁煙したことで、禁煙方法を伝えることの重要性を教えてもらいました。以後21年。喫煙禁煙をめぐる社会情勢は大きくかわり、医学知識の発展はめざましいものがあります。
禁煙方法も大きな発展をとげました。1997年には当時普及しはじめたメールを利用した禁煙サポートのプログラムを禁煙マラソンとして提供しはじめました。1999年にはニコチンパッチが、そして2008年には内服薬のバレニクリンが日本国内で使用できるようになりました。さらに2006年からは禁煙の治療に健康保険が適用されています。

1.喫煙の健康影響は、思っているより広範囲です
喫煙の健康影響は医学的には明白な事実であり、日本では能動喫煙によって年間約12万人が死亡していると推定されています。最近の研究では、日本人の死亡原因の第一位となっています。喫煙の健康影響は疾病リスクの増加にとどまらず、疾病の治療にも影響を及ぼします。喫煙による病気では肺がんが有名ですが、肺がんのみならず膀胱がんをはじめ全身のがんを増やします。さらに虚血性心疾患をはじめとする循環器疾患の大きな因子となり、心筋梗塞や脳梗塞にもつながります。喫煙の健康影響は過小評価できないものなのです。
女性の健康への喫煙の影響に関しては、お肌の老化が進みやすいことや、シミ・シワを増やすことなどが強調されがちです。また妊娠出産への影響はよく知られています。しかしそれ以外にも、更年期の早期発来や骨粗しょう症や股関節部骨折の増加、男性に比して少ない本数でのCOPD*の罹患や、くも膜下出血リスクの増加などが指摘されてきました。喫煙は男性にとって大きな健康の脅威ですが、女性にとっては男性以上にリスクが高まると思ってください。

2.受動喫煙は、わずかでも有害です
喫煙で生じる疾患はほとんどすべて、受動喫煙でも生じます。近年は受動喫煙の研究調査が進み、受動喫煙はわずかでも有害であることが検証されました。いままでは「少しくらいよいだろう」「好き嫌いの問題だ」と思われていた受動喫煙が、「あってはならないもの」だと分かったということです。
目の前でたばこを吸わなくても、喫煙者の呼気や、髪の毛や衣類に吸着されたたばこの煙による受動喫煙が生じます。これをサードハンドスモークと呼んでいます。現在では、喫煙後の喫煙者から30~45分間、有害物質が呼気から吐き出されることや、屋外喫煙でも屋内にいる子どもからたばこ由来の有害物質が検出されることもわかってきました。喫煙しながら周囲への受動喫煙を防ぐことはきわめて困難です。
このように、たばこの害については、確固としたエビデンスが積み重ねられてきました。一人ひとりの健康を守るために、受動喫煙は完全に防ぐ対策が必要です。

3.たばこ対策に関係する法的な根拠
健康増進法では、施設管理者に受動喫煙防止対策をとることが努力義務とされましたが、違反しても罰則はありません。しかし、平成16年に職場での受動喫煙で初の賠償命令が出されました。以降も、受動喫煙防止の観点から安全配慮義務がなされていないとして事業者が訴えられるケースが出ています。受動喫煙の社会的認知の高まりや、厚生労働省からの通達変更などから、また裁判所の判断においても、受動喫煙に関する安全配慮義務は、過去の水準より現在はより高く判断される可能性は十分にあると考えるべきです。
なお、現在では受動喫煙の有無は、Pm2.5の測定で簡単に測定できるようになりました。すると喫煙室や喫煙コーナーを作っても、ドアの開閉に伴ってたばこの煙が漏れてしまっていることが分かってきました。現在では、喫煙室など「分煙」では受動喫煙は完全に防止することが困難であり、喫煙場所を屋内に設けないことが必要だとされています。屋外でも、風向きによって17メートル先まで受動喫煙の煙が流れて行くことなど、広範囲に広がっていますので、屋外喫煙場所の設置には十分な注意が必要であり、敷地内禁煙がもっとも望ましいことはいうまでもありません。

4.禁煙治療
有害性が明白なタバコをなぜ吸い続けているのでしょうか。それはニコチンには依存性があるために、「やめたい、でもやめたくない」という状況を生じてしまっているからです。日本では平成18年4月から、禁煙治療にニコチン依存症管理料として、12週間は健康保険が適用されるようになりました。ニコチン依存症のスクリーニングテスト「Tobacco Dependence Screener」(TDS)が5点以上であることや、喫煙年数X喫煙本数の数字(ブリンクマン指数)が200以上であること、入院してからの治療開始は自費診療となること、一度保険適用の禁煙治療を受けた後は、初回算定日から1年以上経過していなければ次回の算定はできないことになっているなど、通常の保険診療とは異なる面があります。なお、禁煙保険診療を利用して禁煙を支援する外来が「禁煙外来」です。内科だけでなくさまざまな科に設置されています。禁煙保険診療は届出をした医療機関のみで可能です。保健所では地域の禁煙治療医療機関を把握していますので、近隣に適当な医療機関が見つからないときには保健所に尋ねるとよいでしょう。
禁煙外来の診療内容ですが、禁煙や喫煙に関する問診票に記載したあと、呼気中一酸化炭素濃度測定が行われます(呼気を1回だけ器械に吹き込む簡単な検査で、その場で結果が数字であらわされます)。その後、状況に合わせて適切な薬の処方や日常生活での工夫などが伝えられます。原則として初診から2週間後、4週間後、8週間後、12週間後の計5回の来訪が求められます。このうち初回から4回目までの来訪時に処方された禁煙補助薬には健康保険が適用されます。
禁煙外来で用いられる禁煙補助薬としては、ニコチン代替療法剤(ニコチンパッチ)と内服薬のバレニクリンの2種類があります。これらの薬物療法を含めた禁煙保険診療の成果は中央社会保険医療協議会調査として公開され、禁煙治療成績は12週間の保険診療終了時までに規定回数の受診(5回)をした場合にはおよそ7割程度と報告されています。
女性の場合、一日喫煙本数が男性に比べて少ないのが一般的な傾向ですが、困ったことに、先に述べたブリンクマン指数の制限のために、禁煙治療への健康保険が適用されないことになりがちです。しかし喫煙本数が少なくても強いニコチン渇望や気分の落ち込みを経験する傾向にあり、自費診療となりますが禁煙補助剤の使用が推奨されています。(一日の薬剤費は500円程度、それに診察費等が加わります)
禁煙の薬は一生使うものではなく、標準的にはニコチンパッチ(貼り薬)で8週間、バレニクリン(内服薬)で12週間の使用期間です。生涯のタバコ代に疾病治療の費用が加わることを考えると、禁煙治療はたとえ自費であっても安い治療だと言えましょう。
禁煙は薬がなくてもできる人たちも大勢いますが、仕事や日常生活に大きな支障を生じることなく禁煙に入るためには、薬の使用が推奨されます。

5.数字の小さいたばこや、その他の禁煙グッズ
「吸い続けたいが、少しでも有害性が減らせたら」と考える喫煙者心理につけこむかのように、多種多様なたばこやグッズが販売されていますが、その中には有害なものもあります。
数字の小さいたばこは、フィルターに目に見えないほどの小さい穴が開いていて、空気をいっしょに吸いこんで吸入する煙を薄める仕組みになっています。しかしニコチンの自動調節能(薄まった煙から喫煙者が快感を得られる濃度のニコチンを吸いこもうとして意識せずに吸い方が変わる)、添加物の効果(アンモニアなど添加物により煙成分が吸収されやすくなっている)、喫煙本数の増加などにより薄まった煙を吸い込んでも、体内に吸収される有害物質量はそれほど減らないばかりか、場合によっては増加することもあると判明しています。
電子たばこの中にはニコチンをはじめとする有害物質が含まれているものがあります。また水蒸気を室温で可視状態にするための添加物も含まれています。平成21年にWHO(世界保健機関)から、使用しないようにとの警告が出されました。ネオシーダーという咳止め薬には、ニコチンが含まれています。吸煙による有害性も生じます。

6.体重増加
喫煙者が禁煙しない理由としてしばしば語られるのが禁煙後の体重増加です。以前は、禁煙した元喫煙者の三分の二が体重増加を来すといわれました。体重増加の原因としては、以下の三つが挙げられます。
  1. ニコチン切れ症状としての食欲増加や口寂しさ、味覚の改善からくる摂食量増加
  2. 禁煙に伴う消化管機能回復による吸収量増加
  3. ニコチンが関与していた代謝経路の変化
現在では、禁煙薬物療法が普及して、禁煙後の強いニコチン切れにともなう体重増加は抑制されるようになりました。以前に禁煙して体重増加を経験した人は、次回の禁煙にはきちんと禁煙治療薬を利用しましょう。

7.再喫煙を防いで禁煙を続けるには
◆禁煙の三つの難所と再喫煙メカニズム
禁煙には三つの山があるといわれてきました。「3日、3週、3か月」と俗にいわれる禁煙の難所です。このうち3日目の山はニコチン切れによる挫折ですが、3週目と3か月目の山は油断や記憶による再喫煙での挫折です。
現在広く行われている禁煙治療は、禁煙を開始するための強力なツールですが、残念ながら受診後3か月以降の支援は含まれていません。長年の喫煙習慣から生じる心理的依存(記憶)によるたばこの誘惑は長く続き、「1本くらいならいいだろう」と再喫煙を引き起こします。禁煙によって休止状態になっていた脳内のニコチン受容体は、一回の急激なニコチン吸収(すなわち喫煙)で活性を取り戻しますので、強い喫煙要求が再発して喫煙者に逆戻りすることになります。これが再喫煙メカニズムです。
◆再喫煙の契機
再喫煙の機会はいたるところにあります。「夫婦喧嘩して」「仕事のストレスで」「お酒の席で」といったありがちな場面から「こんな嬉しい時にはたばこを吸わねば」「ここまで禁煙したのだからご褒美の1本」まで、ありとあらゆる人生の出来事が再喫煙の契機になることが分かっています。
さらに、禁煙を開始した人のうち90%以上が、1年以内に強い再喫煙の誘惑に出会うといわれています。「禁煙して3か月もしたのにまだ吸いたい。今回の禁煙は失敗でしょうか」と相談を受けることがありますが、3か月程度ではまだ吸いたいのは当たり前であり、禁煙の失敗ではありません。
再喫煙の誘惑は、ニコチン依存によって得られた快感の記憶や喫煙でうまくいった出来事の記憶に起因します。記憶を消す薬はありませんが、時間経過とともに記憶は薄らぎます。多くの場合、禁煙を開始して1年程度で再喫煙誘惑の頻度や程度が軽減します。
喫煙しやすい環境では再喫煙が増加してしまいます。喫煙場所の制限は、禁煙した人が喫煙に逆戻りしないようにする方策であり、再喫煙防止の大事なポイントです。
◆禁煙継続に役立つ日常生活の工夫
喫煙要求が出てきたときの対処法としては体を動かす飲み物の利用(熱い、冷たい)野菜の多食痛み刺激その場を離れるマスクをして口を覆ってしまうなどが昔から使われてきました。禁煙治療期間が終了してからの喫煙要求に対処する方法として重宝です。
また宴会やお酒の席は再喫煙の多い場ですが、座席は非喫煙者の隣にとる冷たい烏龍茶などノンアルコールの飲み物を準備しておく(泥酔を避ける、手を機械的に塞ぐ)トイレに立つ(ニコチンガムやニコチンパッチをトイレで使う方法も)さらに無事の帰還報告を待ってくれる人がいるとベストです。
禁煙のメリットに意識を向けるようにすることも役立ちます。「息苦しさが消えた」「走るときに体が軽い」など、健康面でのメリットは禁煙して早期に現れます。「家族に褒められた」「仕事の能率があがるようになった」「集中力が増した」など健康面以外のメリットも嬉しいものです。禁煙のメリットを毎日自分で確認する習慣をつけると、禁煙継続が楽しくなるというさらに大きなメリットもあります
○インターネット禁煙マラソン
禁煙開始から禁煙の継続まで支援するメールプログラムを1997年に立ち上げて提供してきました。インターネットメールや携帯メールを通じて、禁煙した先輩が禁煙する人の状況にあわせたメールを送ってくれる禁煙サポートプログラムです。パソコンメールを用いる「PCコース」のほか、学生向け、妊婦さんむけ、職域コースなど、多数のプログラムが用意されています。24時間365日の対応があり、自治体や学校、官公庁での無料の禁煙支援としても利用されています。禁煙マラソンの大きな特徴は、禁煙したのちには一定の教育を経て「支援者」として後続の禁煙チャレンジャーをサポートする役割を担うことができることです。他の人の禁煙を支援すると、ぐらついている自分の禁煙がしっかりしてくるだけでなく、禁煙が楽しくなります。
http://kinen-marathon.jp/

8.まとめ
喫煙の有害性は明白であり、生涯健康でいるためには非喫煙でいることが重要です。禁煙に「遅すぎる」はありません。ぜひ禁煙して周囲の人も自分も健康に過ごすことを考えていただきたいと思います。

略歴
高橋 裕子(たかはし ゆうこ)

昭和53年 京都大学医学部 卒業、昭和60年 京都大学医学部大学院 修了(京都大学医学博士)
京都大学医学部附属病院、大津赤十字病院、社会保険奈良病院、天理よろず相談所病院、大和高田市立病院 内科医長を経て平成14年4月京都大学付属病院 禁煙外来担当医・奈良女子大学保健管理センター教授・奈良女子大学大学院教授

「大学禁煙化プロジェクト」「子どもタバコゼロプロジェクト」はじめさまざまなプロジェクトに携わり禁煙支援方法を開発してきた。 インターネット禁煙マラソン主宰、日本禁煙科学会 理事長

平成13年 ソロプチミスト日本財団 環境貢献賞受賞
平成16年 内閣府 男女共同参画チャレンジ賞受賞
平成18年 奈良新聞社 文化功労賞受賞
平成23年 奈良県 あしたのなら賞受賞
主な著書に「禁煙マラソン」(光文社知恵の森文庫) 「タバコがやめられないあなたへ」(東京新聞出版局)
「完全禁煙マニュアル」(PHP研究所)「禁煙外来のこどもたち」(東京書籍)「禁煙外来へようこそ」(遊タイム出版)など。
きものを愛し、日本きもの学会 会長でもある。

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