市民のためのがん治療の会
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がん患者の職場復帰

『より多くのがん患者さんが職場復帰できる社会を目指して
(1278名のがん患者さんの病休・復職・退職等のデータから見えてきたもの)


東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二講座 遠藤 源樹
私は定年2年前に舌がんの宣告を受け、幸い3週間で職場復帰を果たすことができた経験を持つ。職場復帰をしたとはいえ、2週間ぐらいは始業を1時間遅く、終業を1時間早めてもらい、ラッシュ時の通勤を避けることとさせてもらった。
小線源による組織内照射で舌の切除は免れたものの、巨大に膨隆したがんをそぎ落として線源を刺入しなければならなかったし、口腔底にまで顔を出した部分などを抉り取るなどの処置をしたため、摂食にはかなりの困難が伴い、犬歯が当たる部分などが潰瘍化したための強烈な痛みのコントロールなどもあり、強い鎮痛剤の服用は欠かせず、そのための副作用でしばしば猛烈な睡魔に襲われたりで、当初は仕事をこなすのに苦労をした。
しかし職場で何とか理解してもらえ、やがて通常の業務を遂行できるまでになったのは幸運といえよう。
更には私の場合、もし、舌を半分切除していたら、構音はおろか嚥下、唾液のコントロールもままならず、摂食にも長時間かかるということとなり、そのような状態ではほぼ全員が退職せざるを得ないと言われている。がんは「治り方が大切」である所以だ。
加えて中小企業や非正規労働者、派遣労働者などの場合、雇用者が私のような対応をしてくれるかどうかも、大きな問題だ。
大局的に見ればこれからの雇用環境を考えると、がんに限らず勤労者が病気になった場合の対応は、社会全体のシステムとして取り組まなければならないだろう。
今回はこの問題を本格的に調査された東京女子医科大学の遠藤源樹先生にご寄稿いただいた。
(會田 昭一郎)
がん患者さんの3人に1人は、働く世代
 日本人男性の2人に1人、日本人女性の3人に1人が、一生のどこかで、がんと診断される時代になったと言われています。がんは、高齢者に多い病気というイメージがあるかもしれませんが、実は、がん患者さんの3分の1は、20代から60歳ぐらいまでの働く世代で、初めてがんと診断される勤労世代の方の数は、年間20万人以上とも言われています。日本全体の少子高齢化に伴い、定年年齢が、60歳、65歳、そして、いずれは70歳に引き上げられるかもしれない現代にあって、がんを抱えながら復職を目指す方が今後増えていくことが予想されており、「がん患者さんの復職支援」は、今後益々重要になっていくと考えられています。

働く世代のがん患者さんにとっての「復職」とは?
 今まで、知識、経験、人的ネットワークなどで、企業に多大な貢献をしてきた方が、ある日突然、がんと診断されたら・・・「会社ががん治療を理由に休ませてくれても、復職するまでに一体どれくらいの療養期間が必要になるのか」「傷病手当金は、いくらぐらい貰えるのか」「いや、手術や抗がん剤治療をしなければならないから、会社に迷惑をかけられないし、会社を辞めてしまった方がよいのか」「会社を辞めて収入ゼロになった場合、生活費や治療費をどう捻出すべきか」「治療後に働けるようになった時に、また新しい仕事を探して見つかるのか」…働く世代のがん患者さんは、先行きの見えない不安に襲われ、生活設計とメンタルへルスを維持していくのに大変困難な状況になることが多々あります。
 自分ができそうな仕事がそう簡単には見つからない日本のがん患者さんにとって、「復職」とは、現実的な「夢」「希望」であり、がんと診断されてからの「生活の質(Quality of Life)」向上にとって、大変重要なものの一つだと思います。

がんの治療で会社を休んでも、1年で、6割以上の方が復職
 今回の遠藤(筆者)らは、がん患者さんの病休・復職・退職等の大規模データによるコホート研究を日本で初めて実施し、がん患者さんの復職等の実態を明らかにしました。(2015年5月22日毎日新聞に掲載「(がん休職)6割が職場復帰 東京女子医大助教調査」)今回の調査は、大企業の会社員のみの実態調査ではありますが、がんと診断されて、手術などの治療が始まって働くことができなくなっても、休職後一年以内に、時短を含めると約81%の方が復職でき、フルタイムでの復職率は約62%であることが分かりました。(図1を参照ください)これらの大企業には、がん患者さんが会社を辞めずに復職するために、企業としての復職支援制度があるために、このような高い復職率を実現できているものと考えられます。具体的には、十分な病休期間の設定、短時間勤務制度、産業医・産業保健師等による復職支援、業務軽減等の企業側の柔軟なサポートなどです。

図1
( 図1 )
 また、がんの種類に注目してみると、休職後、1年以内にフルタイムで復職した社員の割合は、がんの種類によって、二極化していました。復職率が高いがんの種類は、前立腺がん等(79.5%)、胃がん(78.8%)、子宮・卵巣がん等(77.6%)、乳がん(76.6%)、大腸がん(73.3%)などであり、これらのがんの種類の場合、企業が1年待てば、3人中2人以上のがん患者さんはフルタイム勤務で復職できることが示されました。復職率が低いがんの種類は、肺がん(34.3%)、肝胆膵(かんたんすい)がん(37.8%)、食道がん(38.4%)、白血病等(42.9%)などであり、これらのがんの種類の場合、企業が1年待てば、3人中1人以上のがん患者さんはフルタイム勤務で復職できることが示されました。
 がんの治療のために必要な療養日数についてはどうでしょうか。内視鏡で取れるがんなどであれば、年次有給休暇の範囲内で休んで復職できるかもしれませんが、手術や抗がん剤、放射線治療が必要ながんの場合は、会社を休んで治療することが多いと思われます。今回の対象は、後者の休職が必要になった方々のみですが、実際に、フルタイムで復職するまでにかかった病休期間は平均6カ月半であり、時短勤務を含めると、復職までにかかった病休期間は平均2カ月半でした。手術や抗がん剤治療で会社を休まざるを得なくなった場合、復職できるまでに予想以上に長い時間がかかるんだなあと感じる方も多いのではないでしょうか。
 実際に、今回の大規模データの解析から、フルタイム勤務での復職率(がん全体)は、16.7%(病休開始日から2か月)、34.9%(4か月)、47.1%(6か月)、62.3%(12ヶ月)です。企業の病休日数などの設定が、仮に、病休開始日から6か月とされていたら、半数近くの方が、復職を諦めざるを得ない状況がこのデータから推測されます。やはり、企業ごとで設定される「病休日数」が3か月や6か月である限り、がん患者さんの復職率の改善は難しいのではないかと思います。

「復職したい気持ち」「元気に働いていた時の7割の気力・体力」「企業などの復職支援」の3つがあれば、復職できる
 「会社を休んで、手術・抗がん剤などの医学的な治療の後、人として生活できるレベルにある状態=復職できる状態」では決してありません。図2をご覧ください。

図1
( 図2 )
 復職するためには、この「人として生活できるレベル」である1段目から、「働くことができるレベル」である2段目までレベルアップしていく必要性があります。つまり、復職するためには、さらに3つの要素が必要です。それは、①「復職したい気持ちが十分にあること」、②「元気に働いていた時の気力・体力を100とすると、今現在、70以上あること」、③「現在の心と体の状態を受け入れてくれる職場があること(職場の復職支援等)」です。
 職場は、病院やリハビリ施設ではありません。「毎日、決まった時間に起床し、決まった時間までに出社しなければならない。」「上司などから与えられた仕事を、それなりに、こなさなければならない。」「職場では協調性をもって、組織の一員として努める」など、復職すれば、生きがいや生活の糧などを得ますが、「利害関係の絡む空気」の中で、生きていくことになります。
 復職後の治療の継続(化学療法など)、再発への不安などからくる睡眠障害やメンタルへルス不調などのような、図2の1段目が「ぐらぐら」揺らぎやすい状況であるのに、2段目の部分を維持しながら、働いていく…がん患者の皆さんが職場復帰した後に、治療と両立しながら、働き続けていくことは、想像以上に大変なことであり、特に、③の職場の復職支援等については、企業の多くは、どうしたらよいのか困惑している状況ではないでしょうか。図3にあるような復職支援の充実を、今後、さらに進めていかなければならないと思います。

図1
( 図3 )
より多くのがん患者さんが職場復帰できる社会を目指して
 今回の大規模データの分析から、図4、図5にあるようなことが分かりました。

図1
( 図4 )
図1
( 図5 )
 「がんになったら、もう仕事を続けるのは無理だろう…」ということではなく、図1にありますように、手術や抗がん剤治療などのために就労困難となった1278名のうち、約81%にあたる1031名の方が復職し、退職している会社員はわずか3%の35名でした。今回の調査は大企業の会社員のみで、多くの中小企業のがん患者さんの復職率はそんなに高くはないと思います。中小企業のがん患者さんの復職率は約50%以下、退職率は40%以上・・・でしょうか。今後、中小企業のがん患者さんの復職支援制度を少しずつ構築していくことができれば、「復職率が … →50%→60%→ …」と上昇していくことで、がん患者さんの生活の質の向上、企業の社会的責任(CSR)につながるのではないかと思います。
 日本人の大多数は、人とお金の余裕があまりない中小零細企業で、何とか会社の中で踏ん張りながら、一生懸命、働いています。
 「契約社員や派遣社員などの非正規雇用の会社員の方々への復職支援はどう進めていくべきか?」「大企業と中小企業、正社員と非正規社員との間にある、復職支援の格差をどうしたら減らしていくことができるのか?」
これからの日本の少子高齢化社会の中で、より多くのがん患者さんが、「リターン・トゥ・ワーク(「復職」は英語でReturn to work)できる世の中に」していける社会になるよう、皆が力を合わせていくべき時が来ているのではないかと考えます。

略歴
遠藤 源樹(えんどう もとき)

医師、医学博士、日本産業衛生学会専門医(産業衛生専門医)、第一種作業環境測定士等。専門は産業医学。主な研究テーマは「復職(Return to work)」。
福井県大野市出身。産業医科大学医学部を卒業後、JR東京総合病院、医療法人社団こころとからだの元氣プラザ、東日本電信電話株式会社、日本クロージャー株式会社、朋和産業株式会社等の産業医として、多くのがん患者の就労支援を経験。獨協医科大学博士課程(公衆衛生学)を修了後、現在、東京女子医科大学衛生学公衆衛生学第二講座助教。日本医療機能評価機構EBM診療情報部(Minds)客員研究員、国立国際医療研究センタ客員研究員等も兼任。

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