市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
爆発的な医療費高騰をどうする

『現場の「当事者」だけでは医療費増大は止められない
~医療の充実を追求する一方で疎かにされる費用対効果~』


ただともひろ胃腸肛門科院長 多田 智裕
何度も申し上げているように、医療も社会経済というフレームワークの中で回っている。とかく患者や家族の関心は、まずは治りたい、生きたいということばかりで気もあせり、治療法、治療技術などに集中しがちだ。それは無理もないことだが、治療法などを支えているのも医療を支える経済的な基盤が重要だ。
医療費の膨張はすでに各方面で問題にされているが、国民総医療費がほぼGDPの半分近くなっており、今後も増加の一途をたどることが予想されるので大問題に違いない。
医療を支える医療費の問題としては、今後TPPが発効すれば抗がん剤等は高騰が予想されるし、消費税の10%への増税はますます医療機関の損税を拡大するなど、様々な難問を抱えている。
これらの問題は結局まわりまわって、最初の、治りたい、生きたいという患者の根源的な切なる願いの実現に激しく襲いかかろうとしている。
今回は医療費の問題についても多くの優れた報告をされておられる多田智裕先生のレポートを、先生のご許可を頂いて転載させていただいた。

なお、このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress) 
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44903
に掲載されたもので、2015年11月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行http://medg.jp に転載されたものから引かせていただきました。
いつもながらの多田先生はじめご関係の皆様のご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)
◆9月3日に厚生労働省が発表した2014年度の概算医療費
http://www.mhlw.go.jp/topics/medias/year/14/dl/iryouhi_data.pdf
は40兆円に達し、過去最高となりました。
厚生労働省発表のデータの大きなポイントをまとめると、以下のようになります。
  • 調剤費用(7.2兆円)の増加率が2.3%と、診療費用の増加率1.6%を上回って高い。
  • 75歳以上の高齢者の医療費が1人当たり年間93万円と、75歳未満の1人当たり年間21万に比べて4倍以上の水準となっている。
  • 医療費増加率の都道府県格差がある。秋田県は前年度比マイナス0.2%なのに対して、千葉県はプラス3.1%となっている。
以上のことから、医療費を抑制(みんなが支払う健康保険料を削減)したいのであればやるべきことは次のようになるでしょう。

  • 調剤費用の伸び率を診療費並みに抑える。
  • 75歳以上の高齢者の医療費を削減する。
  • 都道府県ごとに競わせて格差が生じないようにする。
政府では安全保障関連法案が9月19日に成立したことを受けて、次の改革の焦点が医療に向けられています。しかし、最大の問題は政府の方針がはっきり見えてこないことです。
「医療の岩盤規制を打破する」とのスローガンは良いのですが、結局のところ医療費を削減したいのか、それとも高齢化社会を見据えて、ある程度医療費は増加させてでも医療の充実を図りたいのか──。
方針が曖昧なまま医療当事者たちで改革を進めさせると、費用対効果を無視して医療の充実を追い求めることになり、医療費の削減は行われません。

◆調剤費用の増加は自治体病院の再建の切り札?
2013年の話になりますが、兵庫県小野市の「北播磨総合医療センター」(三木市民病院と小野市民病院が統合)が建設される際に、病院前の門前薬局用の土地が1坪1280万円(78坪=10億円)で、その隣の区画も1坪540万円(78坪=4億円)で薬局に落札されたことが話題になりました。
病院を建てる土地の坪単価は1坪5万円でしたので、病院用地取得費用(2万7000坪で約14億円)のほぼ全額(!)を薬局への土地売却によってまかなえたことになります。
病院案内地図
http://www.kitahari-mc.jp/1060/9306.html
を見ると門前薬局と病院がほぼ同じ敷地内に見えるという問題はさておき、このように老朽化した病院を新規移転建築する際には、薬局に土地を高額で売却して総工費用を大幅に削減することが可能なのです。
本来であれば、このような取引が行われることのないように、薬局の調剤料を抑制し、院外処方の規制を緩和して院内に薬局を誘致できるようにするべきだと思います。院外薬局は不便な上に、調剤料が上乗せされて高額になっています。
しかし、制度が変わらない以上、現場レベルとしては、このように土地を薬局に高値で売却することで病院赤字の補填を行うのがベストの方策となってしまうのです。

◆高齢者の自己負担率の低さが引き起こす問題
高齢者の1人当たり医療費が高いのは、ある程度仕方がないと言えます。しかし、75歳以上の高齢者の医療費が75歳未満の人の4倍以上もの水準となっているのはなぜでしょうか。
可能性が非常に高いと思われるのは、「1割」という高齢者の自己負担率の低さがその状況を後押ししていることです。
医療従事者側からすると、1割負担は通常の3割負担に比べると、同じ検査や投薬を3分の1の費用で提供できます。現場レベルでは、様々な検査や投薬を「絶対に必要というほどではないが、念のためにはやっておいた方がよい」という状況が頻繁に発生します。その際、高齢者は様々な病気を抱えている可能性が若年者に比べて高いこともあり、医師は「これくらいの費用で済みますから、やっておいた方が安心ですよ」と検査や投薬を丁寧に行ってしまう傾向があるのです。より良い医療を提供しようとする医師であればあるほど、おそらくそのようにするでしょう。
一例として、さいたま市の胃内視鏡検診(胃がん検診)を取り上げてみます。
さいたま市では、年1回の胃内視鏡検査を40歳以上の市民の方には1000円で、70歳以上の方には無料で行っています。
これに関しては、胃内視鏡検査ではなく、コストが大幅に安い「ABC検診」(血液検査で胃がんリスクを判定する検診)の導入が検討されたことがありました。しかし、専門の先生を招き研究会を開催し議論ところ、「(血液だけで判定する)ABC検診より、毎年胃内視鏡検査をやった方が良いに決まっている」と喝破され、現在の胃内視鏡検診が続いているのです。
ちなみに、今年から乳がん検診は2年に1回に、前立腺がん検診も2年に1回、80歳までと改正されました。医療当事者が改革を行うと、どうしても"より良い医療を"が先に立つため、この程度の改革スピードとなってしまうのです。

◆費用対効果のタブー視は続く
病院建設費用の補填を門前薬局から行うにせよ、胃がん発見率がわずか0.1%にすぎない胃内視鏡検診を続けるにせよ、「医療の充実」が最大の目標であれば、決して間違った選択ではありません。むしろ、現場は最大限の努力をしていると評価されるべきでしょう。
しかし、ここで欠けているのは「費用対効果」の概念です。医療費を削減したいのであれば、「保健医療2035」
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/shakaihoshou/hokeniryou2035/
の提言通り、この概念を医療に持ち込むことが必須でしょう(参考「ちゃんと使えるWEB自動問診システムを作ってみた
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44649 」)。
安全保障関連法案成立後の9月24日、安倍首相は記者会見を開き、「GDP(国内総生産)600兆円」と「介護離職ゼロ」の方針を打ち出しました。名目でGDP成長率が3%以上というのは実現性の乏しい前提であり、"費用対効果"を無視した政策と言わざるをえません。
これからも日本の医療において費用対効果の概念はタブー視しつづけられ、結果として、医療費の削減は行われないでしょう。しかし、それは国民にとっては決して悪いことばかりではないのかもしれません。

略歴
多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。

日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
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