市民のためのがん治療の会
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患者にとって「専門医」とは

『患者に「専門医」を選んでもらうために必要なこと
2017年から新専門医制度がスタート、求められる運用面の工夫』


武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科院長 多田 智裕
当会は医療問題を消費者問題の視点で見ている。消費者は対価を払って医療サービスを購入する。消費者が商品やサービスを購入する際の重要な手がかりの一つが「表示」で、賞味期限などはもちろん、例えば食物が原因で重篤なアレルギー症状を起こす人にとっては卵・乳・小麦・そば・落花生・えび・かになどの表示は重要だ。
医療サービスについての表示は、消費者保護の観点から「当院では、絶対安全な手術を提供しています」、「どんなに難しい症例でも必ず成功します」などの広告などが規制されている。「専門医」についても患者が医療サービスを選択する際の表示の一つとして重要と思われる。
だが、患者にとって本当に「専門医」という表示が医療者や医療機関の選択に役に立つものなのか、そもそも専門医の認定はどうなっているのか。
今回は武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科院長 多田 智裕先生のレポートを掲載させていただいた。
なお、このコラムは本年2月3日にグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45925に掲載されたものから引かせていただきました。
いつもながらの多田先生はじめご関係の皆様のご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

2015年12月、日本専門医機構は「専門医」研修に取り組む基幹病院からの「研修プログラム」申請受付を開始しました。この“新専門医”制度は2017年4月からのスタートとなります。

クリニックレベルでは、専門医がいる医療機関を探して受診される方はほとんどいません。各学会の“専門医”が乱立している現状においては、医療を利用する方々は専門医の有無よりも“口コミ”の方を重視していると思われます。

今回の新専門医制度がスタートすると、専門医の研修場所と養成数が制限されます。各学会の“専門医”が乱立している現状を打破するためにも、より良い専門医を養成するために条件が厳しくなるのは基本的に良いことだとは思います。

その一方で、大学病院をはじめ、大規模病院に専門医を目指す医師が集中し、指導医のいない地域の中小病院の医師不足が進むことが懸念されています。

医師の現役期間は30年間以上あることを考えると、専門医を取得するまでよりも、取得後の研修の方が、医療の質を担保する上では重要なはずです。詳細が決まるのはこれからですが、新しい専門医制度への移行の際には、「専門医取得後の研修」と「専門医同士の相互チェック」を取り入れたものになることを期待します。また、そうすることにより、指導医のいない病院の医師不足への影響も少なくなるはずです。

専門医になるにはどれだけの年月がかかるのか

医師の所属学会は、申請すればほぼ誰でも入会できます。なので、技量を推し量る資格としては、「認定医」と「専門医」が主なものとなります。その区別は以下のようになります。

【学会認定医】高度な知識や技量、経験を持つ医師として学会が認定した医師

【学会専門医】日本専門医性評価認定機構が定める基準(5年以上の研修の受講と適正な試験)により認定された医師

認定医は、学会によっては学会と講義・認定試験がセットになっています。1~2日、学会に参加して講義を受ければ、講義の内容に沿った試験をそのまま受けて取得できるという学会も多くあります。

一方、専門医となると、医師免許取得に6年間、研修医2年間、さらに専門医取得に5~7年と合計15年近くの年月がかかるわけですから、あるレベルの技量を持っているという担保になるはずです。

専門医の数が多すぎる?

実際の専門医取得者数の具体例を見てみましょう。

小児科医総数2万1200人に対して、小児科専門医数は1万4800人。眼科医総数1万4500人に対して眼科専門医数は1万600人。このように7~8割の医師が専門医を取得しています。

他の科目もほぼ似たような割合です。私の専門である消化器内視鏡はやや専門医のハードルが上がるものの、消化器内視鏡学会の会員数は3万2000人で専門医は1万6000名ほど。つまり半数近くの方が専門医という状況になります。

これほど多くの医師が専門研修を受けて、専門医更新維持のための研修も継続して受講しているのです。専門医認定と学会活動が全体のレベルアップに貢献していることは間違いありません。

しかし、利用者から見ると困った点もあります。大半の先生が専門医ということになると、医療機関を選ぶ際に専門医がいるかどうかが判断の基準にならなくなります。そのため口コミなどの情報が重視されることになってしまうのです。

専門医の数が多いのは決して悪いことではありません。けれども、それを生かしきれていないのが実状です。

専門医取得後の研修実績をチェックすべき

世間一般の専門医への評価がそれほど高くない理由は、専門医取得後の研修レベルが十分に担保されていないことが大きな理由ではないかと、私は考えます。

専門医は更新制度が導入されていますので、5年ごとに研修実績を提出しないと更新することができません。ところが多くの学会で、この更新に必要な研修は年1回の学会や5年に一度の講習会の参加だけです。

「専門医を取得してからが本当の専門医の勉強である」と私は教えられましたが、更新に必要な研修は、専門医取得に必要な研修に比べるとかなり緩いものなのです。

効果的な「eラーニング」「相互チェック」の導入

とはいえ、現場の最前線で働く専門医たちを集めて、これまで以上に研修を受ける時間を確保するように制度を変えてしまうのは非現実的です。都市部や他のスタッフがいて休みが取りやすい大規模病院で働く医師以外は、専門医の更新が困難になってしまいます。結果として、専門医が都市部や大規模病院に偏在する状況を加速させてしまうでしょう。

では、十分な質の専門研修を行う現実的な方法、なおかつ患者にもメリットがある方法はあるのでしょうか。

いくつか具体例を考えてみます。

まず、「eラーニング」の導入です。ネットを通じて好きな時間に必要な講義を受けられるようにすれば、主に東京・大阪・福岡など大都市でしか開催されない学会での研修に相当する研修を、これまで以上に数多く行えるようになるでしょう。

また、クリニックや小規模病院の専門医同士で、実際の診療症例を相互チェックし合う仕組みを構築すれば、診療の質を一層担保できるようになるはずです。消化器内視鏡で言えば内視鏡画像の相互チェック、手術動画の共有などが考えられます。その際もネットの利用は効果的ですし、近隣の医療機関の連携を促すことも必要でしょう。

さらには、「専門医取得後に研修をどれだけ受けているか」「専門医同士の相互チェックを行っているか」といった情報も公開するようにすれば、専門医制度が患者側から一層の信頼を得られるようになるのではないでしょうか。

新専門医制度が運用面の工夫でより充実した制度となることを期待します。

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