市民のためのがん治療の会
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本当の狙いは?「大病院で再診2500円」のインパクト

『~大病院と診療所の役割分担は進むのか~』


武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科 多田 智裕
年度替わりの4月には色々な分野で制度等の改変や価格改定、多くは値上げ等が行われるが、今年の医療関係の改変には、患者にとって非常に大きな影響のあるものが含まれている。最たるものが大病院と診療所の役割分担を促進するための大病院受診時の患者の全額追加自己負担の義務化だ。
小生のように医療問題にかかわっているものにとっても、ホンマかいな、と思うような事態となっている。
そこで今回はいつもながらの鋭い指摘をされる武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科の多田 智裕先生のご寄稿を、先生のご許可を得て転載させていただいた。
なお、このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46502に掲載されたもので、2016年4月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jpに転載されたものから引かせていただきました。
いつもながらの多田先生はじめご関係の皆様のご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

今年(2016年)4月の診療報酬改定では、「紹介状なし」で大病院で受診した際、通常の医療費に加えて「初診で5000円以上」「再診で2500円以上」の全額追加自己負担が義務化されることになりました

ですから大病院を受診したいと思った際には、まずは近くの診療所を受診して、紹介状を作成してもらってから受診した方が料金は安く済みます。「診察代2820円+紹介状料金2500円=5320円」の自己負担金額は3割でも1600円だからです。

今回の改定については報道で多くの人がご存じのことと思います。しかし、この制度、特に「大病院での再診に2500円の追加自己負担」の本当の意味はあまり理解されていないのではないでしょうか。

●大病院に通い続けることが困難に

この制度は患者(受診者)にどのような影響をもたらすのでしょうか。それを知るには、発表された膨大な資料の中の「医科(医療)」ではなく「薬科(薬剤)」に関わる改定をあわせて理解する必要があります。

後に詳述しますが、今年の改定では、「医薬品の適正使用」(薬の飲み残しの無駄を防ぐ)を推進するため、「200床以上の保険医療機関(つまり大病院)にあっては30日の処方が原則」と変更になっています。

これはどういうことかというと、今まで大病院で90日分の処方をもらっていた受診者は、30日ごとに薬をもらいにいかなければならなくなるということです。

それだけではありません。毎回、診察代に加えて2500円の全額自己負担が発生することになるのです。これでは通院先を大病院から診療所に移す人が数多く出てくることでしょう。

つまり、再診2500円の自己負担義務化は、大病院受診を抑制するのみならず、大病院通院中の患者を中小病院や診療所へ誘導する強力な方策なのです。

●長期処方を行う医療機関は激減?

薬科(薬剤)制度の今回の改正については、「かかりつけ薬剤師制度」の導入が目玉の1つなのは間違いないでしょう(「もはやブラック、かかりつけ薬剤師制度が過酷すぎる」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46190)。

かかりつけ薬剤師の導入により、長期処方の際の薬の飲み残しの確認は薬剤師に任せられることになったのかと思われました。

しかし、今回の膨大な資料(「平成28年度調剤報酬改定及び薬剤関連の診療報酬改定の概要」の34ページ目)の中に、薬の飲み残しや無駄を防ぐための方策として、以下の文言がさりげなく潜り込んでいます。

「30日を超える長期の投薬を行うに当たっては、長期の投薬が可能な程度に病状が安定し、服薬管理が可能である旨を医師が確認するとともに、病状が変化した際の対応方法及び当該保険医療機関の連絡先を患者に周知する」

この一文が入ってしまったために、それより上流の医師の処方箋期間そのものに制限がかかることになりました。つまり、“30日以上の長期処方の際 には、医師が病状の安定と薬の飲み残しがないか責任を持たねばならない”、さらには“医師が万が一の場合まで予測して対応方法を指導しなければならない” ということです。

この通達によって、30日以上の長期処方を行う医療機関は激減することでしょう。

●診療所への逆紹介を断るとやはり再診2500円の負担が

「病院に毎月通うようになるのは、別に面倒ではない。むしろ飲み残しが徹底的にチェックされるし、診察の機会が増えていいことだ」と思われる方もいるかもしれません。

しかし、そういうわけにはいきません。

上記の資料では追加の補足として、「200床以上の保険医療機関にあっては、患者に対して他の保険医療機関(200床未満の病院又は診療所に限る)に文書による紹介を行う旨の申出を行う」と定められています。

つまり、大病院では、来院回数を増やして対応することは事実上許されないのです。病状が安定しているならば、中小病院または診療所へ逆に紹介せよ、ということです。

ちなみに、紹介状を持たずに大病院を受診した時だけでなく、近くの診療所への逆紹介を断って大病院に通院し続けると、再診2500円負担の対象になります。ですから、大病院に薬を長期で処方してもらっている人は、30日ごとに通院しなければならないうえ、毎回自己負担2500円が発生してしまうことになります。

以上で、今回の制度が中小病院や診療所への強力な患者誘導策であるということがご理解いただけたのではないかと思います。

●「医療の効率化」という改革は実現できるのか

医師からすると、大病院と中小病院・診療所の違いは、単に医療における役割の違いでしかありません。

入院が必要な人、ないしは入院が必要になる可能性の高い人、もしくは大病院でなければできない高度な診療や検査を必要とする人が受診するのが大病院。一方、安定した病状の経過チェックや薬の処方、血液検査やレントゲン程度の外来通院のみで済む検査を受ける人が受診するのが診療所、ということです。

どの科目で診てもらえばいいのか分からない場合には、まずは、近くの内科診療所で相談する形になります。つまり、通常の診察は「診療所で受けて、必要に応じて大病院宛の紹介状を書いてもらう」というシステムになっているのです。

数十分~1時間単位で病状がどんどん悪化する深刻な場合を除いて、「大病院にかかった方がなんとなく安心」というだけの理由で大病院を直接受診したり、診療所でも対応可能な病状なのに大病院に通い続けても、医学的な意味はあまりありません。

大病院は、大病院でなければ対応できない病状の方に専念した方が「医療の効率化」は進みます。その意味で、大病院から中小病院や診療所への逆紹介を強力に後押しする今回の制度改革は決して間違ってはいません。

しかし今のところ、この制度は追加自己負担というペナルティ的な意味合いだけが大きく取り上げられ、批判する声も聞かれます。この改革が本当にうまくいくかどうかは、制度の本当の意味が広く理解されるかどうかにかかっているのではないでしょうか。

略歴
多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。

日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
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