市民のためのがん治療の会
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ちぐはぐな感染症対策

『ジカ熱対策にとって大切なこと』


医療法人社団鉄医会理事長 久住 英二
蚊が媒介する感染症は日本脳炎はすぐに思い浮かぶが、移動手段の発達に伴って先年来デング熱が問題となり、最近、リオ・オリンピックと相俟ってジカ熱という聞き慣れない感染症も問題になっている。
蚊に刺されない対策をもっと真剣にたてる努力も重要だが、一方では日本脳炎の危険性がほとんどないのに北海道では政治的な判断で無駄な予防接種をする(北海道の状況については次週掲載予定)かと思えば、蚊の多い関東以西では、ほとんど蚊の撲滅対策は採られておらず、きめ細かく空地の空き缶、古タイヤの野積みから竹林の切株などなど、要は水のたまるところをこまめになくすような対策を早急に採るべきだろう。
また、蚊の撲滅が一挙にはできない以上、虫よけ用の忌避剤も重要だが、日本の薬事法では効果を充分発揮するような濃度が認められておらず、見直しが急務だ。このことはがんの治療法についても同じようなことが言える。日本の常識、世界の非常識。
この原稿はハフィントン・ポスト(http://www.huffingtonpost.jp/eiji-kusumi/important-measures-for-zika-virus_b_9424832.html)から2016年6月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会(http://medg.jp)に転載されたものをご厚意で掲載させていただいたものです。感謝申し上げます。
(會田 昭一郎)

ジカ熱対策にとって大切なこと

それは、蚊に刺されないようにすることです。海外では、朝子供の肌に虫除け剤を塗って学校に行かせても、夕方公園で遊んで帰ってくるまで効果が続きますが、日本の製品では、昼休みの校庭遊びの時間には効果が切れてしまいます。何故なのでしょう?

デング熱、ジカ熱、チクングニア熱すべてに共通する対策

これらの感染症は、いずれも、ネッタイシマカ、ヒトスジシマカという蚊が媒介するウイルスが原因です。感染している人を吸血した蚊が、他者を吸血する際に感染します。ネッタイシマカは年間最低気温が21℃以上であれば吸血するので、温帯の広い範囲で活動し得ます。そして、蚊を介した人から人への感染なので、熱帯雨林などで感染しやすいマラリアと異なり、都市部(=人口密集地)で感染が拡大するという特徴があります。そのため、東南アジアや中南米は当然として、温暖化に伴い蚊の生息域が拡大し、北米でも感染が拡がり、世界中で健康上の脅威となっています。

蚊が媒介する感染症であるため、蚊を減らす、蚊に刺されない対策が必要です。流行国のひとつであるシンガポールでは“DO THE MOZZIE WIPEOUT”キャンペーンをおこない、2005年からは、蚊が繁殖している家に罰金(100シンガポール$、2008年からは200S$)を科す一方で、歌や動画を作るなど、知識をわかりやすく提供し、蚊を減らす取り組みをおこない、効果を上げています。

今年はデング熱の最大の流行が予想され、ジカ熱の脅威も相俟って、必死のキャンペーンが展開されています。
http://www.todayonline.com/singapore/mozzie-wipeout-campaign-launched-will-run-next-2-weeks

日本では、メディアがジカ熱と小頭症との関連など、センセーショナルな事実を伝えるのみで、個人が出来る実際的な予防策についての紹介などは、あまり熱心に流されていないように思います。

蚊よけ後進国日本

世界でもっとも広く使われている虫除け剤はDEET(N,N-diethyl-meta-toluamide)という化学物質であり、虫を殺すのでなく、追い払う作用があります。さまざまな濃度の製品が販売されていますが、濃度と作用持続時間が比例します。50%以上の濃度では効果が頭打ちになりますので、多くの国では50%までの製品の使用を勧めています。2ヶ月以上の赤ちゃんには30%までの濃度の製品は安全に使用でき、30%だと6~10時間ほど効果が持続します。DEETは蚊のみならず、ツツガムシ、ダニなどにも忌避効果があるので、積極的に使いたいところです。

ところが、日本ではDEET濃度が12%までの製品しか販売されておらず、2~3時間で効果が切れます。また、乳児では6ヶ月までは使用が推奨されていません。

かつて、湾岸戦争に参加した兵士や民間人が、のちに易疲労感や筋肉痛、認知機能障害を呈し、原因として殺虫剤やDEETが疑われました。しかし、その後の研究(DEETを誤飲した人がどのような症状を呈したか、という報告のまとめ)によって、DEETはこれらの症状の原因として否定されました。ただし、肘の内側の皮膚が柔らかいところに塗って肘を曲げておくと、水疱ができるなどの皮膚障害が起きることが分かりました。よって、DEETは服で覆われる部分でなく、露出する部分だけに塗ることが推奨されています。

日本でもDEETの安全性についての懸念から、動物実験が行われました。結果、特に神経系に対する影響は見られませんでした。
http://www.mhlw.go.jp/stf2/shingi2/2r9852000000jff9-att/2r9852000000jfmo.pdf

しかし、メーカーが高濃度DEET製品を発売する気配はありません。それは、何となくDEETは危険だ、とする空気があるからでしょう。メディアは科学に基づかない報道を繰り広げます。もし高濃度のDEETを販売し、使用後に因果関係不明の症状が出た場合に、化学物質大嫌いコメンテーターを動員してメディアが批判を始めるでしょう。企業イメージに深刻な損害を受ける可能性がありますから、二の足を踏むのも致し方ないでしょう。

新たな虫除け薬にも影響が

最近、イカリジン(icaridin)という成分の虫除け薬が発売されました。欧米ではすでに広く用いられており、ピカリジン(picaridin)という成分が含まれています。実はicaridinとpicaridinは同じ成分です。欧米では20%の製剤が主流で、8時間の蚊忌避効果があります。

日本では、現在イカリジン5%の製品が発売されています。5%とした根拠は、10%ディートを含む製剤と同等の効果であるから、と審査報告書に記載されています。
http://www.pmda.go.jp/quasi_drugs/2015/Q20150615002/400092000_22700DZX00374000
_Q100_1.pdf

つまり、ディート濃度の低い虫除けしか販売されていない日本では、新たな虫除け薬もディートに倣って低濃度のものしか販売されず、どちらを使っても虫除け効果の持続時間が短い、という状態は改善されていません。

厚生労働省に望むこと

通常の使用で、DEETにより深刻な永続する副作用が起きることはありません。明らかに蚊を忌避する効果というメリットがリスクに勝ります。メーカーにリスクを冒させるのではなく、国民を昆虫媒介感染症から守るため、厚生労働省はDEET濃度の高い製品開発および販売を積極的に主導すべきです。それはイカリジン製剤の有効時間が長くなるということにも繋がり、ディートが肌に合わない人にとってもメリットのあることなのです。

略歴
久住 英二(くすみ えいじ)

ナビタスクリニック理事長
1999年、新潟大学医学部卒業。虎の門病院に勤務した後、東大医科研先端医療社会コミュニケーションシステム部門に所属、2008年6月、立川駅の駅ビル「エキュート立川」で開業。内閣府の規制・制度改革仕分け人でもあった。
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