市民のためのがん治療の会
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貧血に注意しよう

『飽食先進国で若い女性の貧血が深刻』


内科医師 大西 睦子
日本では血液情報として、悪玉コレステロールがどうしたとか、血糖値、γ-GTPなどは良く話題になるが、貧血についてはほとんど注意が払われない。編集子なども定期検査では若干貧血気味のようで、薬剤師などに服用薬の影響もあるのかと思って意見を求めると、「だんだん年を取るとヘモグロビンやヘマトクリットなどの数値は低くなってくるものだ」といって、取りあってもらえない。がん患者としては当然、がんによる出血などに要注意だ。
一方、専門家の中では過度なダイエットや過度なスポーツなどによる貧血なども問題になっているようだ。かつてコーラの瓶があちこちで破裂したことがあり問題となったことがあった。こうしたことが起こると「一部の専門家の中には、危険性を指摘する人もあった」などと言われることが多い。CMのコピーではないが「早く言ってよ~」だ。
専門家は、貧血について声を大にして危険性を啓発して欲しいものだということと同時に、私たちも自ら自分の血液検査データについて貧血にも大いに関心を持つべきではなかろうか。
貧血を指摘された場合は、筆者も指摘しておられる通り、すぐに薬剤に頼らず、食生活の見直しなど、常に「基本に忠実な生活態度」が大切なのを忘れてはならない。
なお、この記事はロバスト・ヘルス2015年3月26日付WEB独自記事より、筆者の大西先生並びにロハスメディカルのご許可をいただき転載させていただきました。ご厚意に感謝申し上げます。
(會田 昭一郎)

鉄欠乏性貧血は、世界中の子供や若者の間で最も深刻な栄養不足問題の一つです。原因には、それぞれの国の社会的、経済的、そして文化的な背景が深く関係しており、食糧不足の発展途上国ではもちろん、飽食の先進国でも過剰なダイエットによる貧血が社会問題となっています。このほどブラジルのバイーア連邦大学の研究者たちが、若者の貧血に関する論文を検証しまとめましたので、この報告を参考に貧血の世界的な状況を考えてみましょう。

鉄欠乏性貧血とは

鉄欠乏性貧血は、血液中のヘモグロビン値が正常よりも少ない状態です。酸素の運搬役であるヘモグロビンは、鉄を含む「ヘム」という赤い色素とタンパク質が結合して出来ており、体内の鉄の約3分の2を含んでいます。残りの鉄はフェリチン(ヘモグロビンとは別の鉄タンパク質)などの「貯蔵鉄」として、肝臓や骨髄、筋肉などに蓄えられています。通常、体内の鉄は再利用されますが、食事からの鉄の摂取不足や吸収障害、成長や妊娠による需要の増加、月経や消化管出血、様々な慢性疾患による炎症等があると減少してしまいます。

まずは貯蔵鉄が減ります。この時点ではヘモグロビン値はまだ正常でも、「潜在性鉄欠乏症」として体への症状が現れ始める人もいます。潜在性鉄欠乏は、血中に混じったフェリチンの血清値で判定できます。さらに鉄が少なくなってヘモグロビンが作れず、赤血球1つひとつが小さくなってしまった状態が、「鉄欠乏性貧血」です。

ヘモグロビン値は年齢や性別、発達段階などに応じて変化するため、世界保健機関(WHO)では、血気盛んな15歳以上の男性では13.0g/dl未満を鉄欠乏性貧血と定める一方、生後半年~5歳の乳幼児や胎児に栄養を奪われる妊婦は11.0g/dl未満とするなど、基準を分けています。

ヘモグロビンが減ってしまうと、全身の細胞で酸素が足りなくなり、疲れや虚弱感、仕事や学校での能力低下、体温維持の困難、免疫力の低下、舌炎(舌に生じる炎症)などの様々な症状が現れます。近年、精神や運動能力、知能の成長・発達のために豊富な鉄分を必要とする子供たちに、鉄欠乏による精神障害の増加認知機能の低下が見られ、関心を集めています。

世界で最も一般的な栄養不足

世界保健機関(WHO)によれば、貧血は世界で20億人、全人口の30%以上に見られる世界で最も一般的な栄養不足で、その95%は鉄分の乏しい食生活に関連するとしています。

バイーア大学(Universidade Federal da Bahia)の研究者たちは、2000-2013年にスペイン語、ポルトガル語または英語で出版された若者の貧血に関する論文のうち、信頼に足ると判断された24報について解析と評価を行いました。

De Andrade Cairo RC, Rodrigues Silva L, Carneiro Bustani N, Ferreira Marques CD.
Iron deficiency anemia in adolescents; a literature review.
Nutr Hosp. 2014 Jun 1;29(6):1240-9.
doi: 10.3305/nh.2014.29.6.7245.

結果、発展途上国では鉄欠乏性貧血は人口の約30~48%に達していました。ブラジルでは特に都市部と農村部の格差が大きく、農村部では子供の約50%が鉄欠乏性貧血と推定され、栄養不足の実態が示唆されました。先進国でも人口の約4.3~20%に上り、特に若年女性に多く見られました。米国では12-15歳女性の9%、16-19歳女性の16%に確認された一方、同年齢の男性では割合は低くなりました。スイスの10代男女では、女子14.5%、男子7.9%に見られ、スペイン、スウェーデン、英国では、若者の発症率は約4.0%でした。

日本も例外ではありません。健康な女性1万3000人以上を対象とした2006年の調査では、50歳未満の日本人女性の22.3%はヘモグロビン値が12g/dl未満、その25.2%は10g/dl未満と重度の貧血であることが報告されています。

誤った理想体型像とダイエット

飽食のはずの先進国でも貧血が見られるのはなぜでしょうか。今回の論文では、鉄欠乏性貧血の重要な要因として、▽不適切なダイエット▽鉄の吸収を阻害する薬剤や食品の利用▽太りすぎや肥満(本来は鉄を多く必要とするが食生活に偏りが多い)▽吸収不良症候群▽若いアスリート(5-7.5%が鉄欠乏)▽事故や献血による血液の損失▽胃腸管障害(寄生虫病や炎症、肥満解消のための胃切除など)▽泌尿生殖器障害(発作性夜間血色素尿症や糸球体腎炎など)▽妊娠、出産、子宮内避妊具の使用▽初潮や月経異常、を挙げています。

成長期で鉄の需要が高い子供や若者は、食事からの供給が追いつかなければ貧血リスクは高まります。問題はこの時期、友人や仲間の影響で食習慣が変化する子供が多いことです。不適切なメディア広告に煽られて極端な理想体型像を抱き、食事を抜いたり偏食したりと間違ったダイエット方法による減量を続けます。家族間のコミュニケーションが欠けていると、食べるのを拒否することで反抗と不満の感情を示したり、偏った食事に走ることもあります。ひいては拒食症などの摂食障害にも陥ります。状況を憂えたフランスではつい先日、「やせすぎ」モデル禁止法案まで出されました。

その一方、「太っているのに貧血」という状況も見られます。現代のライフスタイルでは迅速かつ簡単に準備できるファストフードや加工食品への依存が増加しています。高カロリー、高脂肪、高塩分なのに、鉄や食物繊維、ビタミン、カルシウム等の必要な栄養素が足りないために満足感が得られません。肥満や生活習慣病が助長されつつ、ますます食べたくなる悪循環を生んでいます。

鉄剤も有効だが基本は食事改善

若い女性にとって貧血が特に問題になるのは、妊娠中です。米ハーバード大学の研究者たちが、妊娠中の貧血や鉄剤に関する論文40報以上を検証したところ、妊娠初期・中期に貧血だった妊婦は低体重児を出生するリスクが1.29倍、早産のリスクも1.21倍に上昇した一方、鉄剤を服用していた妊婦のヘモグロビン値は平均で4.6g/l高く、貧血リスクは50%減少、低体重児出産のリスクも19%低いという結果でした。同研究では、妊婦の鉄摂取量が1日に10mg増加するごとに貧血リスクは12%減、低体重児出産のリスクも3%減で、子供の出生体重は15g増加するとしています。
http://www.bmj.com/content/346/bmj.f3443

「じゃあ、妊娠したら鉄剤を飲まないと」と思われたかもしれません。しかしそれでは遅いのです。ヘモグロビンの値が正常化するには6-8週かかります英国国民保険サービスによれば、鉄剤は通常、2-4週間ごとに担当医が反応を確認しながら内服を続け、ヘモグロビンが正常値になった後さらに3カ月の継続が推奨されます。貯蔵鉄を満たすためです。妊娠に気づいてからの対応では、胎児の臓器・器官が急速に発達する妊娠初期~中期に、胎児に「薄い血」を供給することになる可能性があります。

今回の論文では、鉄欠乏性貧血の予防に向け、食事の質の向上を目的とした栄養カウンセリング、鉄補充療法、食品の栄養強化、感染の管理という4つのアプローチを示しています。

基本はやはり日頃からの食事でしょう。特に肉、レバーや魚に含まれるヘム鉄から得られた鉄は、体に吸収されやすく、海藻、豆類、野菜や果物に含まれる非ヘム鉄は吸収されにくく、他の食品の成分の影響を受けやすいことが分かっています。例えばかんきつ類や野菜に含まれるビタミンCは吸収を促進し、炭酸飲料やお茶、コーヒー、牛乳の過剰摂取は吸収を妨げますスイスの研究者らの報告によると、貯蔵鉄がない場合、摂取した鉄が体に吸収・利用される割合(生物学的利用能)は、バランスのとれた混合食では約14-18%、菜食だと約5-12%でした。

食品の栄養強化策としては、世界各国で鉄が食品に添加されています。例えば米国では、1941年から小麦粉やパン、シリアルに鉄を添加しています。ところが、世界78カ国の小麦粉鉄強化プログラムについて、子供や若者、妊娠可能な年齢の女性への影響を調査したところ、効果が大きい可能性が認められたのは南米やアラブ諸国などわずか9ヶ国で、ほとんどの国では効果が認められませんでした。ブラジルでも、鉄強化小麦粉では子供の貧血は改善せず、低質な食生活と鉄の生物学的利用能の低さが原因と考えられることから、食事改善や栄養カウンセリングの普及が求められています。

やはり毎日、様々な食品からバランスよく栄養摂取することが、地道だけれど着実な方法と言えそうですね。ただし貧血の症状が見られる人は、鉄剤による治療が必要かもしれません。その判断と経過観察のため、必ず医師に相談してくださいね。

略歴
大西 睦子(おおにし むつこ)

医学博士。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて、造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月より、ボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月より、ハーバード大学にて、食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。著書に『カロリーゼロにだまされるな--本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。
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