市民のためのがん治療の会
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がんペプチドワクチンは、今

『見直される「がんペプチドワクチン療法」』


神奈川県立がんセンターがんワクチンセンター 副センター長
和田 聡
米欧先進国でがん発生数が減少し始めている中、日本におけるがんは増加を続けている。寛解率は6割を超えたと言われるが、ザックリ言ってがんの3大療法、手術、放射線療法、化学療法では半数しか救えていない。患者や家族としてはそれなら第4の治療法はないかと必死に治療法を求める。数年前、その有力な治療法として「がんペプチドワクチン療法」が脚光を浴び、治験も進んで製薬化に今一歩というところまで近づいた。患者や家族も大いに期待したが、様々な予期せぬ事態も起こり、結局、製薬化には至らないままで推移している。
そこに登場したのが、全く新しい原理で劇的な治療効果を持つ「免疫チェックポイント阻害剤」が登場し、次々に認可を得、製薬化されている。この華々しい業績の陰に隠れ、ペプチドワクチンはかつてのようなスポットライトを浴びることが無くなった。
ところが「免疫チェックポイント阻害剤」については奏効率が2割程度であることや一部に重篤な副反応の発症があることも分かったが、一番の問題点はその途方もない高額な薬価である。この点については「がん医療の今」でずっと掲載しているのでご覧いただきたい。この点で「免疫チェックポイント阻害剤」に比較すれば極端に安い薬価でしかも今までも特に重篤な副反応の無いペプチドワクチンが見直されている。
そこで神奈川県立がんセンター がんワクチンセンター副センター長 和田 聡先生に、最新の状況についてご寄稿いただいた。
(會田 昭一郎)

私は現在がんワクチン療法の臨床試験・治験・先進医療の責任医師として携わっており、早期にがんワクチン療法が保険適用になるよう臨床応用を行っています。また一方で、臨床研究所にも所属しておりがん治療の研究を行っている研究者の一人でもあります。がんワクチン療法の臨床と研究を知る数少ない人間の一人としてがんワクチン療法の現状及び今後の展望について述べたいと思います。最初にがんワクチン療法について簡単に説明します。

免疫とは?

がんの治療法と聞いてすぐに思い浮かぶのは外科手術、化学療法、放射線療法が一般的です。ただし、これらの治療法がすべてのがん種に適応になるわけではありませんし、これらの治療法がすべて効かなくなってしまう患者さんも沢山おられますので、新たな治療法の開発が必要です。最近、第4のがん治療法として“がん免疫療法”が注目されています。

免疫とは自己(自分自身)と非自己(自分でないもの)を識別して非自己を排除するシステムです。例えば、細菌やウイルスなどの微生物は非自己であり、それらに対する免疫反応により体内に侵入した微生物は体外に排除されます。がんは体の外から来たものではなく、正常な細胞が遺伝子(DNA)の傷により増殖をコントロールできなくなり悪性化(“がん化”)したものです。従って、がんは完全な非自己とはいえませんが、“がん化”により生じた正常細胞とは異なった部分が非自己として免疫システムにより認識されます。がん細胞の排除において最も重要な役割を果たす免疫細胞がキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)です。キラーT細胞とそれ以外の免疫細胞との最大の違いは学習能力(記憶能力)の有無です。キラーT細胞には学習能力がありますので、がん細胞の目印である“がん抗原”をワクチンとして投与することによって覚え込ませることができ、より強力な抗がん作用を誘導できます。

がん免疫療法・がんワクチン療法

がん免疫療法は、もともと私たちの体の中に備わっている免疫機構を活性化してがん細胞を殺す治療法です。中でもがんワクチン療法の多くはキラーT細胞というリンパ球をワクチン投与により活性化するものです。キラーT細胞のがん細胞を見分ける力はとても優れている(特異性が高い)ので、がん細胞にだけ存在する分子やがん細胞に選択的に大量に存在する分子を標的とすれば、正常な細胞が傷害されて問題になることはまれです。つまり、がんワクチン療法は患者さんにとって優しい治療法だと言えます。

キラーT細胞には学習能力がありますので、がん細胞の目印である“がん抗原”を患者さんの体内に投与することによって覚え込ませることができます。このように免疫細胞に学習させるための教材が“ワクチン”です。例えば、その年に流行が予想されるインフルエンザウイルスの抗原をワクチンとして注射すると、体はウイルスに感染したと勘違いしてインフルエンザウイルスに対する免疫反応を起こします。その後、本物のウイルスに感染した場合には、ワクチンによって学習して準備状態にある免疫細胞が即座に作用します。

がんの場合には、体の外からの侵入者ではないので事情が少し異なります。がん細胞はもともと体の中にできたものですから、免疫細胞はすでにがんの存在を察知し、学習しているはずです。しかし、実際にはほとんど学習効果が発揮されていません。学習効果が発揮されていれば感染症の場合と同様に体から排除されてしまうはずですが、排除されないので徐々に大きくなってしまうのです。がん細胞は外来の微生物と違い、正常細胞との違いが少ないために免疫細胞が学習するのが極めて困難です。しかし、がん細胞と正常細胞との間でわずかに違う部分をワクチンとして投与すれば、免疫細胞はその違いを学習し、がん細胞を認識、破壊できるようになります。これが“がんワクチン療法”です。

がんペプチドワクチン療法

“がんワクチン療法”は体外で加工した細胞(がん細胞等)、遺伝子(DNAやRNA)、タンパク質、ペプチドなどをワクチンとして投与する治療法です。キラーT細胞が正常細胞とがん細胞との違いとして認識する部分はわずか10個たらずのアミノ酸からなり“ペプチド”と呼ばれますが、このペプチドをワクチンとして用いるのが“がんペプチドワクチン療法”です。 “がんペプチドワクチン”は、がん細胞に特徴的なペプチドを患者さんに注射し、患者さん自身の持っている免疫力を高めてがんの増大を抑えることを目指して開発されています。ペプチドによって活性化された特異的なキラーT細胞がペプチドを目印(抗原)としてがん細胞を認識し、攻撃、排除すると考えられています。このような攻撃の目印となるペプチドはこれまでに数百種類以上見つけられていますが、そのペプチドを人工的に合成して生体に投与すると、それを受け取った司令塔細胞(樹状細胞)がその情報をキラーT細胞に伝えて活性化が起こり、同じペプチド(目印)を持ったがん細胞に集中攻撃を仕掛けます。がん細胞に多く発現するが正常細胞にはあまり発現していないペプチドによって活性化されたキラーT細胞は、そのペプチドを持つがん細胞だけを攻撃し、正常細胞は傷害しないことから、副作用の少ないがん治療法として期待されています。


がんワクチン療法の副作用

これまでの臨床試験では、がんワクチン療法の副作用として重篤なものはほとんど報告されていません。インフルエンザのワクチンを接種した場合、数時間後ないし翌日になって注射部位が赤く腫れ上がった経験をお持ちの方もおられると思います。ひどい場合には、悪寒がすることもあります。この副作用はインフルエンザワクチン特有のものではなく、ワクチンに共通する副作用で、がんワクチンの場合にも当てはまります。注射部位の発赤・かゆみ・腫れ・痛みといった炎症反応はワクチンに対する免疫反応によるものです。したがって、ワクチンの効果と炎症反応とは切っても切れない関係にあります。ワクチンを初めて投与された時には何ともなかった方でも、ワクチンの回数が増すに従い注射部位に炎症が起こることがよくあります。もちろん、初回時から炎症が起こる方もおられます。投与部位の炎症が長く続いたり、以前に注射した部位が繰り返して腫れる場合もあります。まれに炎症反応が強くて潰瘍を形成する場合もありますが、その場合にはワクチンの用量を減らしたり投与間隔を空けたりします。

注射部位の炎症以外の副作用としては、風邪様の症状が出る場合があります。軽度の発熱、悪寒や肩こりなどが出ますが、一般的には1日程度ですぐにおさまります。まれな副作用ですが、ワクチンに対するアレルギー反応(強い場合にはアナフィラキシーとよび、心臓や肺など全身に強い負担がかかります)が起こる可能性もあります。なお、これまでに実施された臨床試験ではがんワクチン療法は比較的安全であると報告されています。

がんワクチン療法の現状

世界で最も精力的にがんワクチンの開発を行っている研究者の一人である米国国立がん研究所のローゼンバーグ博士が2004年にまとめた結果によれば、過去10年間に実施されたがんワクチン臨床試験に参加した患者440名のうち、ワクチンが奏効した、すなわち、がんの縮小が認められた方はわずか2.6%でした。それまで、有効症例のみがクローズアップされて紹介されていたので、この数字はきわめて衝撃的なものであり、「従来のがんワクチンは効かない」との印象を強く焼き付けました。その結果、世界的にはがんワクチン療法の臨床応用が縮小されるようになりました。

そんな中で、米国のDendorion社が開発した樹状細胞を用いたがんワクチン(Provenge)が、2010年4月に前立腺がんを対象として米国医薬食品局から世界で初めて医薬品として承認され、がんワクチン療法が再び注目されるようになり臨床試験が行われるようになりました。その中には期待された効果が得られないために途中で開発中止となったものもありますが、現在実施中で結果が期待される試験もあります。神奈川県立がんセンターでもがんワクチン療法の臨床効果を科学的に証明するために、2014年9月にがんワクチンセンターを設立し、現在いくつかの治験(臨床試験)・先進医療を実施しております。詳細は“神奈川県立がんセンター がんワクチンセンター”のホームページ(http://kcch.kanagawa-pho.jp/outpatient/vaccine.html)または電話045-520-2227でご確認願います。ただし現実として受け止めなければならない事実として、現状のがんワクチン療法にはがんを完全に消失させる力は弱く、その効果は“完全治癒”ではなく、“生存期間の延長”が期待されることにあります。「早期治療」が効果的なのは言うまでもありませんので、今後はより早期の患者さんに対してワクチン療法を行う事が検討されています。

がんワクチン療法の今後の展開

がんの成り立ちには遺伝子変異が関与しており、近年の遺伝子研究の成果からがんに関係する変異遺伝子を調べることが出来るようになりました。前にも述べましたが、免疫は異物排除に優れているためこのがんに関係する変異遺伝子を異物と考え、変異遺伝子を標的としたワクチンが今後盛んに行われるようになると思われます。しかし、この変異遺伝子は患者個々によってそれぞれ全く異なるため、個別化医療として行われる可能性が高く臨床応用のハードルは高いと考えられます。

がんワクチン療法の現状では、がんワクチン単独では“完全治癒”ではなく“生存期間の延長”が期待されるため、更なる効果向上を目指して今後は併用療法が発展していくと考えられます。ワクチンで活性化されたキラーT細胞はがん細胞を破壊しますが、径が1~2cmのがんの塊であっても数億個のがん細胞からなっています。一方、がん細胞を特異的に認識して破壊するキラーT細胞の数はこれより少ない数しかありません。そこで、ワクチン療法と他の治療法を組み合わせて治療を行えばより有効な治療を行うことが可能と考えられます。例えば抗がん剤との併用はワクチン単独の場合よりも高い効果を期待できる場合があります。それぞれの薬剤の作用メカニズムが異なるために、ワクチンの無効ながん細胞に対しても抗がん剤が有効であったり、またその逆に抗がん剤が無効ながん細胞に対してワクチンが有効な場合があります。ただし、抗がん剤には免疫を強く抑える副作用があるものもありますし、あるいは、免疫抑制の弱い抗がん剤であっても量が多すぎるとワクチンによる免疫力増強効果にブレーキがかかることも考えられます。現在、ワクチンと相性の良い抗がん剤や分子標的薬・抗体医薬、放射線治療、さらには漢方薬等との併用療法の臨床試験がいくつかのがん種において実施されています。

最近、T細胞が活性化した際に抑制(ブレーキ)をかける免疫チェックポイント分子(CTLA-4、PD-1など)を阻害する抗体薬(免疫チェックポイント阻害剤)が悪性黒色腫(メラノーマ)及び肺がんに対する新規治療薬として承認され注目を浴びています。抗がん剤とは異なり、延命効果だけでなく治療効果が持続する(癌が治癒する)事からその期待も高いのですが、一方でその恩恵を受ける患者は約2-3割程度で残りの7-8割の患者には効果が認められないことが判明しています。効果の認められない患者さんからのデータ解析から、リンパ球が腫瘍局所に集積していない方は効果が無いことが分かってきており、リンパ球を活性化させる治療法(がんワクチン療法)との併用が期待されています。実際にアメリカでは既に幾つもの併用の臨床試験が行われており、その結果が待たれています。日本でも併用療法を行うための企画はされていますが、中々進んでいないのが現状です。研究者や医療者側は治療の可能性が広がるためやった方が良いと考えていますが、行政側及び製薬業者側が倫理的な問題及び特許の問題、金銭的な問題から二の足を踏んでいる状態です。今後は免疫チェックポイント阻害剤を中心にどんどんがん免疫治療法が広がっていくと思われますし、がんワクチン療法もたとえ単独では難しくても抗がん剤や放射線療法、チェックポイント阻害剤等との併用療法では確実に日の目を見ることになると思います。現在の免疫チェックポイント阻害剤は抗体療法であるため非常に薬価が高く、保険制度崩壊の危機と言われ、日本でもアメリカのようにお金持ちの人のみが高い薬を受けられる時代が来るとも言われていますが、日本の良さは皆保険制度によるすべての国民が平等の医療を受けられることであり、その意味でがんワクチン療法は安価であることから効果が認められれば推進されるべき治療法と考えられます。少なくともがんペプチドワクチン療法の臨床研究に関しては日本が世界をリードしている事は間違いありません。現状の日本の問題を解決するためには、研究者や医療者側が声高に言っても改善される状態ではありませんので、是非とも患者側から国民の意見として国や製薬業に発言して頂けると日本のがん医療研究の発展に繋がると思いますので皆様のお力を頂ければと思います。

略歴
和田 聡(わだ さとし)

1999年群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科、同大学院医学系研究科 博士課程を経て東京大学医科学研究所 臓器細胞工学 研究員。その後群馬大学医学部附属病院第一外科 医員、さいたま赤十字病院 外科医を経て群馬大学医学部附属病院病態総合外科 助教。
2014年神奈川県立がんセンターがんワクチンセンター副センター長 兼がん免疫療法研究開発学部 副部長、現職。
この間2006年Johns Hopkins University Research Fellow
2015年武田科学振興財団 医学系研究奨励賞受賞他受賞等多数
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