市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『逝く覚悟、遺る覚悟―星に導かれた最期の航海―』


堂園メディカルハウス 院長 堂園 晴彦
市民のためのがん治療の会はがんを患う人々に、治る、少なくとも今より楽になるためのEBMに基づいた方法を示し、積極的に少しでも良くなる方法を紹介しています。多くの場合それは喜ばれ、私たちにとっても喜ばしいことです。でも、私たちは等しくいつの日か、病気が原因ではなくても、最期を迎えます。
それは経験したことのない未知のことですから、不安でもあり、恐怖でもあるでしょう。

ホスピスを運営され多くの方々を看取られた堂園先生から、素晴らしい一文をお寄せいただきましたので、ご高覧下さい。
(會田 昭一郎)

自分自身で、道しるべを見つけ、生き、亡くなられた患者さんです。

「あなた自身は、病気をどのように受け止めていらっしゃいますか。また、今後この病気とどのような気持ちで向き合っていこうと考えていらっしゃいますか」

私の診療所で癌の治療を希望される患者さんへのアンケートの質問に対して、次のように答えられました。

「自分は長い間船乗りとして世界各国を航海致しました。
夜は星の光に導かれ、陸地近くでは灯台の灯に導かれ、長い船乗りの人生を無事終えました。

定年後の10数年を楽しく夢の如く過ごしている最中に癌という思いがけない病に罹り、自分だけは例外ということはないのだ、誰かがこの病に罹るので自分もその中の1人に過ぎないと思い、癌を受け止め共存することにしました。

THE SIGNS OF ZODIAC(黄道十二宮のこと)のCANCERと言う星座がその癌であることで、わが人生は星に縁のある生涯であると感じ、癌とともに生き、共に死ぬ、そのために堂園先生に導かれ〝QOL〟の高い人生を送りたいと願っています。

思えば現在流行の先端である癌に罹った事を名誉と位に考え 〝あァ 楽しかった〟と言う人生を送りたいと存じます」
(欧米では癌は蟹の甲羅のように固いイメージがあるため、英語のCANCERには癌と蟹座の意味があります)

地球から太陽を見ると、太陽は1年かかってTHE SIGNS OF ZODIAC(黄道十二宮)を一つ一つ通過していくように見えます。CANCER=蟹座に太陽がある時期は、この患者さんが最期の時期を迎えようとしている、まさに6月下旬から7月です。

私は
「どうしてそのようなお気持ちになれるのですか。教えてくださいませんか」
と、尋ねました。

「55歳で定年退職してから、とても楽しい人生でした。幼稚園以来の幸せな日々でした」
と、答えられました。

私は必死に続けて質問しました。それは、ホスピスをオープンしてから7年近くが経過し、この10年突っ走ってきて、最近心身ともに疲労困憊気味で、心に余裕が無くなりつつあることを感じ、自分自身が生き方を模索していたせいもありました(この文章は今から、約15年前に書きました)。

「なぜ、幸せな人生が送れたのですか」

「束縛の無い生き方ができたからでしょう。定年後には誰にも邪魔されず、庭の花いじりをしたり、妻と買い物に行ったり、楽しいことがたくさんありましたよ。することがないと思っていますが、沢山ありますよ。でも、こんな気持ちになったのは、自分を自分で束縛していたかもしれません」
と、話して下さいました。

「そりゃ、未練や思い残すことが無いと言えば嘘になります。しかし、それも運命だと思っています。悲しくないといえばこれも嘘になりますが、私以上に残されるものが悲しいでしょう。それも仕方がありません」
とも、話されました。

作家の曽野綾子さんは著書『沈船検死』の中で、
「人の品位は忍耐によって身につき、覚悟とも密接だ。失う覚悟、屈辱や誤解、罵倒される覚悟、最終的には死ぬ覚悟だ。失う覚悟のない幸福続きの人間だけが、何かを失うと動転するのだ」
と書いています。

伊集院静氏は週刊文芸春秋の連載284回の中で、愛犬との別れを経験して
「準備をしておこう。私たちが去った後、悲しみの淵に長く佇むことが起これば、何のための出会いだったのかわからなくなる。
生きものであれ、人であれ、別離の心の持ち方を備えておくことは礼儀である。
必要以上に”追いかけるな“。そう自分に言い聞かせるのも、ひとつのやり方だろう」と、書いています。

私たち日本人は桜の花を愛でるように、死に対しても覚悟してきた人種であった。

「360度星しか見えない風景は不思議ですよ。でも、北極星を目指すとちゃんと希望する所に行けるのです。人生もそんなもんだと思います。死んだら堂園メディカルハウスの五階でお葬式をして、茶毘にふしてから田舎に帰らせてもらいます。そして、灰の一部を生まれ故郷の山と太平洋に撒いてもらえれば十分です。太平洋に撒いた灰は世界中の海を巡ってくれるでしょう」

当時の私は、まだまだ、覚悟ができていない品性の未熟な人間だとつくづく思いました。

品性を持ち生き、死ぬ覚悟を、今の日本人は、持っているだろうか。晩節を汚す人のなんと多いことよ。

この患者さんから死の道への道しるべを教えられました。

「何時止むかわからない暴風雨の向こうに、いつも、北極星が輝いており、信じて進めば、必ず目的地にたどり着ける」

患者さんの人生は、そう物語っています。

この患者さんは6月19日、午前3時10分に亡くなりました。

ご家族に支えられトイレに行き、排尿後急変されました。最期まで、自分の生き方を貫かれました。

亡くなる前日、娘さんが私の文をお父さんに読まれました。

一言

「That’s right」
と、言われたそうです。


堂園 晴彦(どうぞの はるひこ)

慈恵医大卒業後、国立がんセンター、慈恵医大講師・鹿児島大学産婦人科講師を経て1991年堂園産婦人科で在宅ホスピスを開始。1996年有床診療所堂園メディカルハウス開院。通院・入院・在宅をコンビネーションしたホスピスケアを開始。
現在、堂園メディカルハウス理事長・院長、NPO法人風に立つライオン理事
著書:絵本「水平線の向こうから」(絵 葉祥明)と「サンピラー お母さんとの約束」(絵 本田哲也、北海道在住)、エッセー「それぞれの風景 人は生きたように死んでいく」 医学博士
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