市民のためのがん治療の会
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Human-Based Medicine(HBM)とは

『がんとともに、自分らしく生きる』


虎の門病院臨床腫瘍科 高野 利実
鉄門だよりは、東京大学医学部の同窓会「鉄門倶楽部」の機関紙で、高野先生は1996年頃同誌の編集長を引き受けておられ、毎号、序論を書いておられた。 どれも心を打つものだが、その中の一つを、先生の基本的なお考えを知るうえで少し長いが下記に引用させていただいた。

デカルト以後の近代医学は、「人間性」を削ぎ落とし、客観化の可能な「モノの世界」を重視することで発達をみてきたが、 歴史をさらに遡れば、「医」の歴史はとりもなおさず「人間」と「人間」のせめぎあいの歴史であり、 近代医学においても、医師の見つめる「モノの世界」の背後に、厳然たる「人間」の存在があることは紛れのない事実である。 作家の柳田邦男氏は、20世紀は「科学技術の時代」であったが、21世紀は「人間の時代」になると言う。 マイナス面をかかえたまま肥大化した科学技術の現況を見つめ直し、「人間尊重」の原点に立ち返るべきだというのである。 近年、近代科学における普遍性追求の限界と「人間」への回帰を指摘する論調が目立つようになっており、ひとつの転換期を迎えているのは確かなようである。
「医学の使命は病気を治すことではなく病人を治すことである。否、病人のみが彼らの対象ではない。 生、老、病、死に悩む人間の伴侶たることこそ、医者たるものの使命であり矜(ほこり)である。医者は単なる科学者であってはならない。仁者でなければならない。」
これは、日本で初めて医学概論の講義を行った澤瀉久敬先生のことばである。 「医は仁術なり」というのは古い思想だという人もいるが、「医」の具体的行為が変化しようとも、「人間」に対するまなざしはいつの時代でもかくあるべきではなかろうか。

Human-Based Medicine(HBM)をより良く理解していただくうえでご参考にしすれば、幸いである。
(會田 昭一郎)

腫瘍内科というのは、悪性腫瘍(がん)を総合的に診る内科で、主に、薬物療法や緩和ケアを担当します。 がんに対する積極的治療には、手術、放射線治療、および、薬物療法があり、それぞれ、「外科」「放射線科」「腫瘍内科」が担当するのが理想です。 がんの患者さんが増加するとともに、がんの薬物療法は、日々進歩し、治療法の選択肢や副作用のコントロールも複雑になっていますので、 それを専門に扱う「腫瘍内科」の必要性が高まっています。

私には、3つの目標があります。
  • ①「腫瘍内科」を日本中に浸透させ、多くの患者さんの役に立つようにすること
  • ②新薬開発や、新治療の開発で、世界をリードする臨床研究を行って、よりよい医療を築いていくこと
  • ③「一人ひとりの患者さんの、その人なりの幸せ」を目指す「Human-Based Medicine(HBM)」を実践すること
です。

最近、私にとっては初めての単著となる本を出版しました。
「がんとともに、自分らしく生きる ~希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ~」(きずな出版)

この本で取り上げているのが、③のHBMです。この場をお借りして、本の紹介と、HBMの紹介をさせていただきます。

現在の医療の大原則となっているのは、「エビデンスに基づく医療(EBM)」という考え方です。 EBMは、きちんとした形で行われた臨床試験の結果に基づいて、医療のよしあしを判断しようとする考え方で、 「最大多数の最大幸福」を目指すことで、目の前の患者さんの利益が最も高くなることが期待できる医療を追求します。 EBMを実践するのは、医者として当然のことと考えていますが、私は、このEBMを深化させた、 「一人ひとりの、その人なりの幸せ」を目指す医療として、「人間の人間による人間のための医療(Human-Based Medicine: HBM)」を提唱しています。 HBMは、特別な医療のことではなく、すべての患者さんの手の届くところにある、ごくありふれた医療のことなのですが、 当たり前すぎて、逆に忘れられてしまいがちなため、私は、あえて声高にこの言葉を掲げています。 HBMが意味するのは、医療の主体は「人間」であるということ、医療の根拠となるのは「人間の想いと価値観」であるということ、 そして、医療の目標は「人間の幸せ」だということです。

患者さん一人ひとりに、その人なりの医療のあり方があるはずで、それがHBMの姿です。 HBMの具体的な実践について紹介しているのが、拙著「がんとともに、自分らしく生きる ~希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ~」です。

これまでにお会いした患者さんとのエピソードを紹介しつつ、がんとの向き合い方などについて、書き綴っています。

第1章 がんとともに生きるということ
――がん患者一人ひとりの想い
第2章 私が腫瘍内科医になったわけ
――治らない病気と向き合うということ
第3章 HBM 人間の人間による人間のための医療
――医療は人間の幸せのためにある
第4章 「がん難民」にならない考え方
――いつでもそこにある緩和ケア
第5章 情報の波に乗るために
――EBMのルールを知り、自分にプラスとなる選択を
第6章 リスクとベネフィット
――がん検診の利益と不利益のバランスを考える
第7章 近藤誠さんの主張を考える
――不毛な抗がん剤論争を超えて

世の中では、抗がん剤の是非を問う論争が起きていますが、 抗がん剤が「効く」のか「効かない」のか、一般論として白黒つけることに意味はありません。 不毛な抗がん剤論争を超えて、いま考えなければいけないのは、一人ひとりの患者さんが『幸せ』『希望』『安心』を感じられるような医療のあり方、 自分らしく生きるための、がんとの向き合い方です。がんに関する刺激的な情報があふれる中、患者さんの心に、そっとしみるような文章にすることを心がけました。

ここでは、HBM実践のための15箇条を紹介します。
  • ① 医療は自分のものであると心得る
  • ② 生老病死ときちんと向き合う
  • ③ 自分の想い、価値観や大事にしていることを医療者や家族に伝える
  • ④ 治療目標を明確にし、医療者や家族とも共有する
  • ⑤ イメージに惑わされず、うまく情報の波に乗る
  • ⑥ 最低限のエビデンスとEBMのルールを知る
  • ⑦ リスクとベネフィットのバランスを考える
  • ⑧ 自分にプラスとなる治療を受け、マイナスになる治療は受けない
  • ⑨ 医学の進歩と限界を知る
  • ⑩ 緩和ケアを積極的に活用する
  • ⑪ 医療者や家族とよく語り合う
  • ⑫ しんどいときは、まわりに頼る
  • ⑬ がんとうまく長くつきあう
  • ⑭ 希望を持って生きる
  • ⑮ 自分なりの幸せをめざす

多くの皆様にこの本を読んでいただき、「自分らしい生き方」を考えていただければ、と願っています。



高野 利実 (たかの としみ)

1998年東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、東京大学医学部附属病院内科および放射線科で研修。 2000年より東京共済病院呼吸器科、2002年より国立がんセンター中央病院内科レジデント。 2005年に東京共済病院に戻り、「腫瘍内科」を開設。2008年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。 2010年、虎の門病院臨床腫瘍科に最年少部長として赴任し、3ヶ所目の「腫瘍内科」を立ち上げた。 「日本一の腫瘍内科をつくる」ことを目標に、乳癌・消化器癌・泌尿器癌・肺癌など悪性腫瘍一般の薬物療法と緩和ケアに取り組んでいる。 また、日本臨床腫瘍学会(JSMO)がん薬物療法専門医部会長として、日本における腫瘍内科の普及と発展を目指しているほか、 西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員会委員長として、全国規模の臨床試験に取り組んでいる。 著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)がある。
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