市民のためのがん治療の会
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市民レベルでは全く知られていない「専門医」

『新専門医て何? 良いことあるの?』


ロハス・メディカル編集発行人
川口 恭
「専門医」は消費者問題の立場からは、「表示」の問題でもある。 消費者である患者はまずは医師のIDカードなどを見て、例えばがん患者なら「がん専門医」なのかと一応は安心するだろう。 編集子が舌がんの疑いで耳鼻咽喉科を受診し、ファーストオピニオンを受けた後、北海道がんセンターの西尾正道医師にセカンドオピニオンを求めたところ、 「ファーストオピニオンの先生はがんの専門医ではないようだね」と言われ、愕然としたことを思いだす。
同様に当会の会員で前立腺がんの患者がある高名な前立腺外科で放射線治療のことを聞いたところ、全く知らなかったという例もある。
流行りの何とかファーストで言えば、医療は患者ファーストだろう。
患者としては養成システムも大事だし、何よりも中身が表示通りの実力ある医師であってほしい。 そのために「専門医制度」については様々な意見が出されているようだが、 市民レベルでは、まずはそもそも「専門医制度」というのはどういうものかさえもほとんど、いや、まったく知られていないと思う。
そこでロハス・メディカル夏(6月)号で川口先生がまとめられた本稿がその辺の啓発資料としては最適と思い、転載のお願いをし、ご許可を頂いた。
転載をご許可いただいた川口先生に、御礼申し上げます。
(會田 昭一郎)

来年4月から「新専門医」制度というものが始まると言われています。 制度を運営する日本専門医機構の理事長によると、「主役は患者・国民と専攻医*1」の制度だそうです。 患者・国民に大いに影響することは間違いないと思われますが、その割に、何がどうなって、どう患者・国民に影響するのか、知られていないような気がします。

まず、そもそも「専門医」とは何ぞや、ですが、現時点では学会などの民間団体が独自に認定する称号です。 それぞれの団体で考える一定水準以上の知識や技量を持つ証、ということになるでしょうか。

厚生労働省の定めた基準を満たし届け出た団体に関しては、その称号を広告で表示することが、2002年から認められています。 また、オプジーボのような先端(高額)薬剤を取り扱える医療機関や医師の要件として、その称号保持者が指定されることもあります。

よって現時点でも、医師にとって、取れるなら取っておくに越したことのないものであると言えます。

ただし、各団体が自由に基準を定め認定しているため、国民から見て位置づけが分かりづらいではないかとか、 その数や質が社会の医療ニーズとマッチしていないではないかという批判はあったようです。 その問題意識から出発して、厚労省の「専門医の在り方に関する検討会」(以降は「在り方検討会」と表記)が2013年4月に報告書を出しています。 新制度は、その報告書をべースに構築された、ことになっています。

出発点がその程度のものであること、覚えておいて損はないでしょう。 「専門医」の質が低過ぎて事件が起きた、とかではありません。 そもそも「専門医」の称号の有無で主治医を選んだ人自体、ほとんどいないはずです。

何がどうなる?

では、新制度の説明です。

基本的な数字や方針などは、3月15日に行われた「新たな専門医の仕組みに関する説明会」で 日本専門医機構の吉村博邦理事長が使ったとされる資料『専門医制度の現状と課題』(厚労省のサイト*2に出ています)に基づいています。 冒頭でご紹介した「主役は患者・国民と専攻医」というのも、その資料の中に出てくる文言です。

まず、広告可能な称号を認定する機関が日本専門医機構に一元化されます。 「在り方検討会」報告書に「新たな仕組みのもとでの専門医について、標榜科と関連させることも将来的には考えるべきである」との一文があり、 現在は自由に標傍することのできる診療科についても、将来的にはこの称号と連動する可能性が高いと考えられます。医師にとっての称号の価値は現在よりも高くなるはずです。

認定までの新旧の流れについては、図をご覧ください。現在との最大の違いは「基本領域専門医」なるものが新設されることです。 「在り方検討会」報告書の「医師は基本領域のいずれかの専門医を取得することを基本とすることが適当である」の一文に従うならば、原則としてすべての新卒医師が、その称号を取らねばならなくなります。

基本領域専門医取得のために必要な研修も、現在と相当変わります。 期聞を問わず要件を満たしたら認定医試験や専門医試験の受験資格を得られる現在の仕組み(カリキユラム制)とは異なり、修めるべき要素とスケジュールの定まったプログラム制が原則となります。 そのプログラムを、各学会と日本専門医機構が二段階で審査し認定することで、質を担保するとのことです。

※1専攻医医師国家試験合格後の2年間行う総合的な初期臨床研修を終え、進みたい道を決めて専門的な研修を行う「後期研修医」のこと。
※2 http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000155449.html


国民のメリットは

さて、新制度によって、新卒医師のほぼ全員が、初期臨床研修終了後の3年間、基本領域の研修を行うことになります。

ただ、医師免許という国家資格を取得した後さらに5年(初期臨床研修2年+基本領域研修3年)経過しなければ一人前の医師として働けない、ということになると、 医師養成のコストを社会的に許容できなくなるのでないか、との意見もあります。 すべてストレートに行っても29歳になってしまいますから、女性医師の割合がどんどん増えている現状で、その人たちの出産・育児はどうなるのか、男性に関しても留学したらどうなるのか、など考えると非現実的との見方です。

これに対して、吉村・日本専門医機構理事長の資料には、この3年間の研修が「患者、国民の希望」だと、書いてあります。本当でしょうか?

「在り方検討会」報告書に、そんなことは一言も書いてありません。 「専門医に対する期待度」を調査したら「期待する」が9割を超えたのは、 上位から順に「疾患(病気)に対する知識」「診断の正確さ」「治療法(薬物療法・手技)への精通」「医師としての能力」「薬剤の知識」「安心感・信頼感がある」「診断の迅速さ」「分かりやすく説明できる力(説明力)」だったという「参考資料」が付いているだけです。

これら各項目は非常に納得できるもので、「質の高い医師」の定義と呼んでも構わないくらいですが、 これらの能力を身に着けるためにどれぐらいの期間、どのような研鑽が医師に必要なのかなんて、一般の患者や国民に分かるわけがないですよね。

ですから、もし「患者、国民の希望」を根拠にするのなら、新制度によって、質の高い医師が増え、より安心して受診できるようになるのだ、という説明の仕方をしてもらう必要があります。 それなら国民にメリットがあると言われれば納得します。

でも、そう言える新制度なのか考えてみると、正直かなり不安です。

既に1回延期済み

実は、新専門医制度は当初この4月から始まる予定で、学会によるプログラムの一次認定も終わっていました。 ところが条件が厳し過ぎて、大学病院や大都市の大病院しかプログラムを組めない領域が続出。 現在は各地域の中小病院にまでバラけて専門研修を行っている専攻医が、そうした大病院に集中する可能性が高くなりました。

この集中が「患者、国民の希望」に合致するなら何の問題もなかったのですが、そうではありませんでした。 専門研修を受ける医師は、大病院に在籍する方が中小病院に在籍するより絶対に腕を磨ける、とは言い切れないのです。

大病院に在籍すれば、指導的医師に恵まれ丁寧に教えてもらえるでしょう。 それが向く人もいるに違いありません。ただし裁量の少ない下働きがメインになる覚悟は必要です。一方の中小病院は、専攻医も立派な戦力です。 戦力として裁量を持たされながら自発的に修業する方が向いている、というタイプもまた確実に存在します。

これ、一般人に置き換えて、大企業に就職したり公務員になったりしなかったら、一人前の社会人になれないのかと問うてみれば、大病院に専攻医を集中させることのバカらしさに気づくと思います。

まして、数少ない大病院に専攻医を集中させるのは、バカらしいを通り越して、暴挙とすら言えます。 今現在、中小病院を受診している患者まで、一握りの大病院に集めてしまうことなど、患者の利便性を考えても、病院の患者対応能力(キャパシティ)を考えても、できるはずなどないからです。

医師が実力を磨くには、患者の診療を実際に担当することが不可欠なのに、専攻医1人あたりの患者数が極めて少なくなって、誰一人として充分な経験を積めない、ということになりかねません。 逆に、専攻医が集まらなくなる地域の中小病院では、1人の医師で担当する患者が多くなり過ぎて、医療崩壊する危険があります。

地域医療を崩壊させてしまったら、「患者、国民の希望」もへったくれもありません。

こういう事情から、新専門医制度によって大病院に専攻医が集中することを懸念する声が上がりました。 ところが当時の日本専門医機構は聴く耳を持たずに強行突破を図り、そして失敗しました。最終的に開始が延期され、日本専門医機構の役員も大半が入れ替えになりました。

そういう経緯を経た上での今回の再スタートです。

署名活動も発生

役員が一新され約1年経って出てきた今回の制度案では、地域の中小病院に専攻医がローテーションしていくようなプログラムが推奨されることになりました。 しかし、プログラムを大学病院などの大病院しか組めず、いったん専攻医が集中してしまうという点は変わっていません。

これで果たして充分なのでしょうか。

経緯を踏まえると、そもそもの出発点が大したものでない今回の新制度を進めるには、専攻医が充分な経験を積めて、地域医療も崩壊しない、ということの担保が絶対に必要と考えられます。

この点、専攻医自身や指導医、はたまた医師免許を持つ首長たちから続々と懸念する声が上がっており、開始延期を求める署名活動(コラム参照)まで始まる始末で、担保できたとはお世辞にも言えない状況です。 4月14日には全国市長会が、新専門医制度の拙速な開始に反対する緊急要望書を、塩崎恭久厚生労働大臣に提出しました。

これらの反発を受けて厚生労働省は4月24日、「今後の医師養成の在り方と地域医療の確保に関する検討会」なるものを開催しました。 その1回目の会合で機構の吉村理事長は、専門医取得が医師の義務ではないこと、また基本領域専門医についてもカリキュラム制を設置することを確認したそうです。

ただし、プログラム制をメインとする方針は依然残っています。 現在の多くの専門医から置き換えられると考えられるサブスペシャリティ領域の専門医は、カリキュラム制で受験資格を得られることになっているのに、なぜ基本領域だけプログラム制に固執するのでしょう。 新専門医制度の最大の目的は、専門医の質の担保・向上などではなく、プログラム制で大病院(大学病院)に医師を囲い込むことにある、と解釈せざるを得ません。

これのどこに「患者、国民の希望」が反映されているのでしょうか?

署名活動で挙げられた主な懸念点

  • ○国民全体のために、どのような専門医がどのくらいの人数必要か、また、その質をどのように確保するかの検討が不充分。
  • ○プログラム制を基本としているため、働き方に柔軟性がなく、女性医師のキャリア形成への配慮がない。
  • ○専攻医の短期間ローテートは医師偏在対策としてほとんど実効性がなく、むしろ研修の妨げとなり、優秀な医師が育たず、地域医療が衰退する。
  • ○短期のローテー卜の繰り返しは、いわゆる「お客様状態」での研修となり、専門医としてのトレー二ングが不足する。医療安全の観点、からもリスクが増加する。

川口 恭(かわぐち やすし)

1993年、京都大学理学部地球物理学科卒業、(株)朝日新聞社入社。 記者として津、岐阜、東京、福岡で勤務した後、2001年若者向け週刊新聞『seven』創刊に参加、02年土曜版『be』創刊に参加。 04年末に退社独立し(株)ロハスメディアを設立、翌年『ロハス・メディカル』を創刊。 一般社団法人 保険者サポーター機構理事、横浜市立大学医学部非常勤講師、神奈川県予防接種研究会委員。 (株)ロハスメディカルコミュニケーション代表取締役。「ロハスメディカル」編集発行人。
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