市民のためのがん治療の会
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「網羅的がん遺伝子解析」とはどういういものか

『がん遺伝子パネル検査に基づく、がん個別化治療の最前線』


北海道がんセンター がんゲノム医療センター長
西原 広史
北海道がんセンターは患者が抱えるがんの原因遺伝子を特定して一人ひとりに最も効果的な治療薬を提案する最先端検査「網羅的がん遺伝子解析」を7月から開始した。
原因遺伝子を特定、約70%は効果的な薬を見つけることができるという。 患者としては高い確率で有効な薬での治療が受けられるし、財政的にも無駄な薬の使用が避けられ、メリットがある。
しかし市民レベルでは「網羅的がん遺伝子解析」と言われても良く分からない。 そこでご多用の中北海道がんセンター がんゲノム医療センター長 西原 広史先生にがん個別化治療の最前線を解説していただいた。
(會田 昭一郎)

がん遺伝子パネル検査とは?

現在、「がん」は発症臓器(たとえば肺、肝臓など)、 及び組織型(たとえば腺がん、扁平上皮がんなど)に基づいて分類され、治療法の選択が行われています。 しかし、近年の研究により、「がん」は様々な遺伝子の異常が積み重なることで発症する、いわば「遺伝子病」であることがわかってきました。 つまり、仮に発症臓器が同じでも、その遺伝子の異常は個々の患者さんごとに異なっているのです。 さらに、その遺伝子の異常の中には、がん細胞の生存に重要な特定の遺伝子(ドライバー遺伝子)が存在することが知られるようになり、 既に特定の遺伝子の異常を標的とした治療薬(分子標的治療)が日常臨床で使われています。 しかし、現在、日常診療の中で行われている遺伝子検査は、そのごく一部しか調べることが出来ません。 そこで、がん遺伝子パネル検査では、患者さんのがんの診断や治療に役立つ情報を得るために、 一度に複数の遺伝子変化を調べる最新の解析技術を用いて検査を行います。 こうした検査の結果で推奨される薬剤には、保険診療が適用される一般の抗がん剤や分子標的治療薬に加えて、 現在臨床研究中(治験中)の薬剤や保険適応外の薬剤が含まれます。(図1)

図1: “がん”は、遺伝子の異常が積み重なって発症する「遺伝子病」
図1: “がん”は、遺伝子の異常が積み重なって発症する「遺伝子病」

平成29年7月より、北海道がんセンター・がんゲノム医療センターでは、 一人一人のがん患者さんに最も適した治療薬の情報を提供するために、 「がん遺伝子外来」を開設し、受託解析にて、複数のがん遺伝子を調べる検査を導入致しました。 本外来では、自費診療にて、研究ではなく医療サービスとしてがん遺伝子パネル検査を実施しています。

「がん遺伝子外来」では、がんゲノム医療センターの医師が、まず「がん遺伝子検査」の目的や意義について説明します。 患者さんが検査の実施に同意された場合には、提出していただく病理組織検体の手続きと採血を行います。 その遺伝子検査システムは、がんゲノム医療センター長の西原医師が北海道大学病院にて開発したクラーク検査に基づきながら、 米国病理学会が承認した国際臨床検査成績評価プログラム(CAP)を取得した検査センターにて、受託解析として実施するものであり、 プレシジョン検査(PleSSision; Pathologists edited, Mitsubishi Space Software supervised clinical sequence system for personalized medicine)と名付けられた国内検査です。 北海道がんセンターでは、得られた検査結果はすべての診療科の医師が集まるCancer Board(カンファレンス)に提示され、 推奨される治療薬について遺伝子解析担当医、総勢50名以上の医師、専門家の意見を聞きます。 その検討結果は、検査同意から約3週間後の外来にて患者さんにご説明します。 さらに、北海道がんセンターでは、治験への紹介だけではなく、自費診療を選択される患者さんに対しても、 チーム医療体制を構築することで、患者さんによりきめ細かな医療サービスを提供することを目指しています(図2)。

図2: 北海道がんセンターにおけるプレシジョン検査の概要
図2: 北海道がんセンターにおけるプレシジョン検査の概要

対象となる患者さん

「がん遺伝子外来」にて申し込みができる網羅的がん遺伝子解析;プレシジョン検査は、がん組織から抽出した核酸(DNA)と、 血液の正常細胞(白血球)から抽出した核酸(DNA)を比較することで、がん細胞に特異的な遺伝子の異常を見つけるものです。 従って、対象となる患者さんは、

  • 病理組織学的検査によって悪性腫瘍(がん)と診断された患者さん
  • 現在、悪性腫瘍(がん)の治療が行われている患者さん
です。 がんに罹患しているかどうかを調べること(スクリーニング、検診)は出来ません。 また、遺伝性のがん(家族性乳癌、遺伝性大腸癌等)に罹患する可能性についての検査を希望される場合には、 別途、遺伝カウンセリングの受診が必要となります。

検査の種類と費用について

  • 網羅的がん遺伝子検査;プレシジョン検査は、保険診療の対象外の自費診療となるため、 患者さんご自身に費用の全額をご負担いただきます。(図3)
  • 検査のための外来受診日(検査の申込み、及び結果説明の日)は、 北海道がんセンターでのがん治療に関わる診療は全て自費診療となります。 従って、現在、北海道がんセンターに入院中の患者さんは受診することが出来ません。
  • 検査後の治療費は含まれていません。 検査の結果を元に治療を行う場合には、主治医と相談の上、実施することになりますが、 保険外治療の場合には治療費が高額となる可能性があります。 詳細は、「がん遺伝子外来」の担当医にお尋ねください。
図3: プレシジョン検査の費用
図3: プレシジョン検査の費用

検査を受けることで役立つこと

  • 患者さんのがん細胞に見られる遺伝子の異常が明らかとなり、がんの個性が判る可能性があります。
  • その遺伝子異常が、遺伝性があるか否か(遺伝性腫瘍症候群)が判る可能性があります。
  • 治療効果が期待できる国内で承認済みの治療薬の情報が得られる可能性があります。
  • 治療効果が期待できる国内で臨床試験(治験等)中の治療薬の情報が得られる可能性があります。
  • 治療効果が期待できる国内未承認、海外で承認済みあるいは臨床試験(治験等)中の治療薬の情報が得られる可能性があります。

本検査を受ける際の注意点【重要】

  • 本検査を利用しても、がんの診断や治療に有用な情報が何も得られない可能性があります。
  • 本検査は、治療効果が期待できる治療薬の情報を提供しますが、その治療薬の治療効果を保証するものではありません
  • 本検査によって“がん細胞”で起こっている遺伝子変異に対して効果が期待される薬剤が見つかったとしても、 薬剤の入手が出来ない、あるいは投与が出来ない可能性があります。 また、治療費は全額自己負担となり、高額となる場合があります

プレシジョン検査の報告書

以下に示すような遺伝子解析報告書が作成され、 このデータを元に、遺伝子プロファイルに基づく推奨治療を、丁寧に説明すると同時に、 今後の治療方針策定の参考資料として紹介元の医師に郵送します。(図4)

図4: プレシジョン検査の解析報告書(カンファレンスシート)
図4: プレシジョン検査の解析報告書(カンファレンスシート)

プレシジョン検査の有用性

プレシジョン検査の前身であるクラーク検査の実績を紹介します。 159名の検査受診者の内訳は、図5にある通りで、消化器系、及び乳腺・婦人科系のがんの患者さんが多くなっています。 結果が得られた156名のデータを解析したところ、 Actionable遺伝子異常(がんの発症原因となっている遺伝子異常)を検出した割合は95%、 Druggable遺伝子異常(FDA承認薬及び治験薬の有効性に関わる遺伝子異常)を検出した割合は72%に上り、 70%以上の患者さんが自身のがんに有効性が期待できる薬剤の情報を手にしています(図6)。

図5: クラーク検査受診者の内訳
図5: クラーク検査受診者の内訳

図6: クラーク検査の解析結果のまとめ
図6: クラーク検査の解析結果のまとめ

検査後の治療について

現在、保険診療で認められている標準治療が行われている患者さんは、その標準治療が優先され、 遺伝子検査の結果に基づく治療は全ての標準治療が終了した後の選択肢として考慮されます。 また、遺伝子検査の結果、現在行われている治験に登録が可能と考えられた場合、その治験を実施している病院をご紹介します。 一方、遺伝子検査の結果、効果が期待される薬剤の情報が得られた場合には、 「適応外申請を行って自費診療で治療を行う」、あるいは「先進医療実施病院を紹介して、自費診療と保険診療を並行して治療を行う」可能性が考えられます。 ただし、これらの場合、治療費が高額となります。(図7)

現在、既に20名以上の方が、遺伝子プロファイルの結果に基づく治療を受けています。 中には薬剤が著効を示して、CR(完全緩解)、PR(部分緩解)となっている方も複数いらっしゃいます。

図7: がん遺伝子パネル検査後に想定される治療のパターン
図7: がん遺伝子パネル検査後に想定される治療のパターン

外来の予約について

北海道がんセンターにおける「がん遺伝子外来」は、火曜日と木曜日の午後2時~午後4時(1人1枠、1枠30分、1日3枠)、週に6枠で行います。 受診には全て、現在がん診療中の医療機関からの紹介および予約が必要です。 主治医の先生にご相談の上、各医療機関を介して予約してください。 患者さんご自身での予約は受け付けしておりません

なお、外来受診にあたっては、現在までのがん診療に関する「診療情報提供書」(現在診療中の病院が作成・発行)が必須となります。 また、検査を行うための「病理組織標本」を、手術・生検を行った病院から持参していただく必要があります。 病理組織検体の作成依頼・取り扱いについては、予約完了後に北海道がんセンターの担当者と紹介元病院の間で連絡を取って対応しますので、詳細は主治医にご確認ください。

「がん遺伝子外来」に関するお問い合わせ先

*検査内容に関する問い合わせ
北海道がんセンター がんゲノム医療センター
〒003-0804 札幌市白石区菊水4条2丁目 3-54
TEL: 011-911-8111  FAX: 011-832-0652
*外来予約に関する問い合わせ
北海道がんセンター 地域医療連携室
〒003-0804 札幌市白石区菊水4条2丁目3-54
直通FAX: 011-811-9110  直通電話: 011-811-9117

西原 広史(にしはら ひろし)

平成7年3月、北海道大学医学部を卒業後、平成11年3月に北海道大学医学部病理学講座にて医学博士を取得(長嶋和郎教授)。 国立国際医療センター研究所(流動研究員)、北海道大学病院病理部(医員)、北海道大学医学部分子細胞病理学講座(助手)、 米国カリフォルニア大学サンディエゴ校(ポスドク)、北海道大学医学部探索病理学講座(特任准教授)、同(特任教授)を経て、 平成29年4月から北海道がんセンター、がんゲノム医療センター長に着任。 また同年から、北海道大学病院、札幌医科大学医学部、慶應義塾大学医学部の客員教授を兼任。
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