市民のためのがん治療の会
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「医療の質を保って医療費も抑制」という困難な課題への挑戦

『遠隔診療とAI活用は医療費の抑制に貢献するのか?』


ただともひろ胃腸肛門科院長
多田 智裕
遠隔診療などで患者が得られるメリットも大きいし、AI活用の内視鏡画像診断支援システム胃がん内視鏡検診2次読影(ダブルチェック)業務なども、 早期診断早期発見につながり、低侵襲の治療で費用も少なくて済むなどが期待される。
だが、これらに対する診療報酬は認められていない。
政治とはつまるところどういうことに税金を使うかを決めることだと言われるが、本来、選挙ではこういう点も含め、大いに議論されなければならない。
患者や患者団体としても、日常的にこのような点について政策提言するような見識を持たなければならないのではないだろうか。 今回はいつもこのような問題に先進的な提言をしておられるただともひろ胃腸肛門科院長多田 智裕先生のご寄稿を掲載させていただきました。
なお、このレポートは多田先生がJBpress本年10月2日 (http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51208) にご寄稿されたものをご許可を得て転載させていただきました。いつもながらのご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

9月28日、臨時国会の冒頭で安倍晋三首相が衆議院を解散すると表明しました。

安倍首相は、消費税率を10%に引き上げる際の増税分の使い道について「国民に信を問う」とのことです。 これまでは増税分を国家債務の返済に使うとしていましたが、方針を改めて2兆円規模の政策財源に充てるとしています。

医療費を含む社会保障費が増加していることへの対応としては、「すでに抑制する努力をしており、これからも続けていく」と報道されています。 具体的には、2018年度は6300億円と見込まれる自然増を5000億円以下に抑えるため、1300億円削減する方針とのことです。

今回は、医療費削減と医療の質向上を両立させる有力な手段となりうる「遠隔診療」と「人工知能を使った診断支援システム」の活用について、紹介したいと思います。

遠隔診療は医療費削減に貢献するか?

まず、“スマホ通院“とも称される遠隔診療についてです。

この8月、医学雑誌「Lancet」に遠隔診療の大きな可能性を示す論文が掲載されました。 オランダで、潰瘍性大腸炎などの難病である炎症性腸疾患患者に遠隔医療システムを用いた自己管理システムを使用したところ、 患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を保ちつつ外来受診回数や入院回数が有意に減少したというのです。

現在、MRT社の「ポケットドクター」、メドレー社の「CLINICS」などのシステムを使用することにより、患者はスマホ上で診療してもらうことが可能になっています。 通院の移動時間、会計の待ち時間がなくなるため、仕事をしている方は、通院コストが大きく削減できているものと思います。

ただし現時点では、遠隔診療はあくまでも“対面診療の補完“なので、遠隔診療のみで診療が完結することはありえません。 そのため、通院コストの削減効果だけでは、医療費抑制に果たす役割は限定されてしまうことになります。

今後、遠隔診療システムの機能がアップデートされ、新たな機能が加わるようになれば、 診療所や地方でも高い水準の医療を提供し、開発費や導入費用を上回る医療費削減効果が実現されていくことでしょう。

モバイル機器上で稼働する治療アプリを開発したキュアアップのような医療ベンチャーも現れています。 導入費用ゼロの遠隔診療を目指すお茶ノ水内科院長、五十嵐健祐先生の取り組みもあります。

このように、より良い遠隔診療サービスが受けられる環境が整ってきています。 来年度の診療報酬改定で、遠隔診療普及のための政策的な後押しが行われることを期待しています。

AIを活用した内視鏡検査は医療費削減に貢献するか?

 私たちが開発を進めている“人工知能を使った内視鏡画像診断支援システム”も、その有用性がほぼ確実となっています。
(参考・関連記事)「人工知能が検診の見落としを防ぐことは可能か?」(「がん医療の今」http://www.com-info.org/medical.php?ima_20170829_tada

人工知能を使った内視鏡画像診断支援システムの開発には、現在、 国立がん研究センター、昭和大学工藤進英先生グループ、オリンパス、そして消化器内視鏡学会などが取り組んでいます。

人工知能を使った内視鏡画像診断支援システムは、医療費削減に大きな効果があるのではないかと期待されています。 その大きな理由は、人工知能の画像診断スピードが人間のスピードをはるかに上回っているからです。

私の所属する浦和医師会では、胃がん内視鏡検診2次読影(ダブルチェック)業務として、 年間200万枚以上の画像を50名以上の内視鏡専門医が1年間かけて判定しています。 このダブルチェック業務を人工知能に行わせると、1年分の仕事が数時間で完了します。 もちろん最終的には専門医のチェックも必要になりますが、医療の質を保ちつつ大幅に負担が軽減されるのは間違いないでしょう。

とはいえ、検診ダブルチェックに人工知能を使用しても、医療費削減の効果はあまり大きいとは言えません。 なぜならば、ダブルチェック業務はコストがかさむため、行っている医療機関・検診センターが極めて少ないからです。 現状でダブルチェック業務を行っているのは、原則として市町村が行う胃がん内視鏡検診のみです。

一方、内視鏡検査時にリアルタイムで使用した場合、早期がんの発見比率が高まり、結果的に医療費抑制につながる可能性はあります。 早期に発見すれば、内視鏡切除で済み、胃や腸切除を伴う手術が必要ではなくなるからです。 ただし、現場で実証実験を行い、データで証明するには、年単位の時間がかかると思われます。

様々な分野で模索を続けるべき

前述したように、遠隔診療を「通常外来+遠隔診療」「通常訪問診療+遠隔診療」という形で進めている限り、すぐに医療費削減の大きな効果が出ることはないでしょう。

また、人口知能を使った内視鏡画像診断支援システムにおいても、開発コストや導入費用が確定されていない現状では医療費の抑制効果は未知数です。

しかし、このような、医療の質と医療費抑制の両立の模索を、様々な分野で続けるべきであると私は思います。 あらゆる分野でこのような取り組みを続けることでしか、「医療の質を保ちつつ、医療費も抑制する」というとてつもなく難しい課題が達成されることはないのではないでしょうか。


多田 智裕(ただ ともひろ)

平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、 東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、 東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。 日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、 日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、 東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
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