市民のためのがん治療の会
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『肝細胞癌に対する体幹部定位放射線治療と粒子線治療』


兵庫県立粒子線医療センター 院長 沖本 智昭

はじめに

2017年は肝細胞癌に対する放射線治療にとって非常に大きな節目となった。

その理由は、切除可能な初発・単発・結節型の肝細胞癌に対する陽子線治療と外科的切除の非ランダム化同時対照試験(JCOG1315C)が開始されたからである。 JCOG1315Cについては後述するが、既に根治療法として確立された切除と、未だ保険適応を認められていない陽子線治療の治療成績を比較する前向き臨床試験が開始された事は画期的で、 本臨床試験に賛同しご協力いただく外科医を中心とする関係各位に敬意を表したい。 肝細胞癌に対する最新の放射線治療としては、体幹部定位放射治療(いわゆるピンポイントX線治療)、陽子線治療、重粒子線治療があり、多施設共同前向き臨床試験が開始されている。 これらの結果が出れば、肝細胞癌に対する治療法として放射線治療が果たす役割が高いエビデンスとして示されるであろう。 本稿は、肝細胞癌に対する放射線治療として今後益々有用となる事が期待される体幹部定位放射線治療と粒子線治療(陽子線治療・重粒子線治療)について、 日本臨床76巻2号(2018年2月)肝癌−診断・治療の最新知見−という拙著を一般の方々にわかりやすく改変したものである。

肝細胞癌に対する体幹部定位放射線治療について

体幹部定位放射線治療とは、一般に普及しているX線を用いた放射線治療装置(リニアックやライナックとも呼ばれる)を用い、 多方向から三次元的に肝細胞癌にX線を照射する放射線治療である。 従来のX線治療と比較すると、大線量のX線を短期間に照射するので肝細胞癌を死滅させる確率が向上する。 さらに周囲の正常な組織や臓器への副作用を減らす事が可能となる。 体幹部定位放射線治療は照射装置の進歩と同時に、 照射回ごとの照射中心位置のずれ(固定精度)を5㎜以内に収める技術と照射中の生理的呼吸運動や日々の臓器位置の変化にも対応し正確に腫瘍に照射する技術により成り立つものである。 肝癌診療ガイドライン2017年版では、肝細胞癌に対する体幹部定位放射線治療は推奨されるか?という問いに対し、弱い推奨として 『肝切除、肝移植、穿刺局所療法の適応困難症例およびTACE(カテーテルを用い肝動脈から流した抗癌剤や塞栓物質で肝細胞癌を死滅させる方法)を含む様々な治療にもかかわらず再発した症例に対して、体幹部定位放射線治療を行っても良い。』 と記載されている。 ランダム化比較試験をはじめとするエビデンスレベルの高い報告は無く、 肝細胞癌に対する体幹部定位放射線治療の成績に関する第I/II相試験相当の前向きまたは後ろ向き研究の結果からしか評価出来ない事が弱い推奨の理由である。 肝細胞癌に対する定位放射線治療の治療成績は、局所制御率1年で91~100%、2年で84~95%、3年で92~96%、全生存率1年で74~100%、2年で46~87%、3年で54~74%と報告されている。 体幹部定位放射線治療による生存期間延長効果を示す十分な科学的根拠は現時点で存在しないが、適切な治療対象に対しては、良好な局所制御率と生存率を得られる可能性がある事はコンセンサスとなっている。 『直径5㎝以内1個または直径3㎝以内3個までで、Child-Pugh score 7点以下の肝予備能良好な症例』が一般的に適切な治療対象とされている。

肝細胞癌に対する粒子線(陽子線、炭素イオン線)治療について

粒子線治療とは、質量を持たないX線に対し質量を有する荷電粒子を用いた放射線治療である。 現在、臨床的に利用されている荷電粒子は水素イオンである陽子と炭素イオンの二種類で、炭素イオン線を用いた治療は重粒子線治療とも呼ばれている。 粒子線はX線と同じ放射線の一種であるが、大きく異なる物理特性を有する。 X線を人体に照射すると皮膚面から数センチ(10MV X線で約2.5cm)の部位でエネルギーピークとなり、その後エネルギーは減衰しながら人体を透過する。 一方、粒子線を人体に照射すると任意の深さで急峻なエネルギーピーク(ブラッグ・ピーク)となり、このピークを超えるとエネルギーはゼロとなる。 ブラッグ・ピークは急峻であるため、腫瘍サイズに合わせてブラッグ・ピークを拡大(拡大ブラッグ・ピーク)して治療を行う。 X線を用いる体幹部定位放射線治療は、肝細胞癌に対して多方向からX線を照射する必要があり、放射線被曝を受ける肝臓の体積は、粒子線治療を行った場合より大きくなる。 肝硬変をベースに発生する事が多く、更に異時性に多発する可能性が高い肝細胞癌に対する放射線治療において、肝機能低下という副作用を最小限にして治療する事が予後延長に不可欠である。 その点において肝硬変患者に生じた肝細胞癌に対する放射線治療は、定位放射線治療より粒子線治療が最適と思われるが、 現時点で粒子線治療が可能な施設は全国で18施設(陽子線13施設、重粒子線5施設)しかなく、 未だ肝細胞癌に対する粒子線治療は保険診療として認められていない事からも、現時点では粒子線治療と体幹部定位放射線治療を適切に使い分けていくべきと考える。 肝癌診療ガイドライン2017年版では、肝細胞癌に対する粒子線治療(陽子線治療、炭素イオン線治療)は有効か?という問いに対し、 弱い推奨として『他の局所療法が困難な肝細胞癌に対して行っても良い。』と記載されている。 エビデンスレベルの高い報告は、ミラノ基準またはUCSF基準で肝移植の適応とされた症例に対する陽子線治療(70.2GyRBE/15fr)と肝動脈化学塞栓療法(TACE)との第III相比較試験がある。 中間解析の結果、2年生存率に差は認めらなかったが、2年局所制御率は、陽子線治療群88%、TACE群45%と陽子線治療群が良好であった。 副作用による比較でも、治療後30日以内の入院日数は、陽子線治療群24日、TACE群113日で陽子線治療群が良好であった。 また複数の前向き試験の結果、陽子線治療の局所制御率は、2年88~96%、5年87.8%、重粒子線治療の局所制御率は、3年81~95%と報告されている。 肝細胞癌に対する粒子線治療の総線量や分割回数については科学的根拠をもって推奨されるものは無いが、 現時点で肝細胞癌に対する粒子線治療(陽子線治療、重粒子線治療)はおおむね有効かつ安全に施行可能であり、 標準的な局所療法が困難である肝細胞癌、特に10㎝を超えるものや門脈または下大静脈に腫瘍栓を伴う症例に対して有効な治療選択肢と考えられている。

おわりに

肝細胞癌に対する体幹部定位放射線治療および粒子線治療(陽子線治療、重粒子線治療)は、適切な症例選択および照射方法で行えば、 おおむね有効かつ安全に施行可能な治療法であるとのコンセンサスは得られていると思われる。 現時点で、体幹部定位放射線治療については二つ、粒子線治療については三つの多施設共同臨床試験が本邦にて進行中である。 肝細胞癌の治療を行う全国の医師の協力により目標症例数に達し、数年後には肝細胞癌に対する治療法として放射線治療が果たす役割が高いエビデンスとして示される事を期待している。


沖本 智昭(おきもと ともあき)

平成2年 長崎大学医学部卒業後同放射線科入局、同放射線科医員、広島県立広島病院放射線科医長、山口大学医学部附属病院放射線科講師、 北海道がんセンター放射線診療部長を経て平成26年から兵庫県立粒子線医療センター副院長、平成27年から同院長となり現在に至る。 この間平成8年から2年間テキサス大学ヘルスサイエンスセンター・サンアントニオ研究員。
専門 放射線腫瘍学 粒子線医学 放射線病理学
資格 医学博士、放射線治療専門医 がん治療認定医、神戸大学連携大学院教授、大阪大学招へい教授
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