市民のためのがん治療の会
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「市民のためのがん治療」は保証されているか

『製薬会社から医師への多額の金銭の支払い(2)』


医療ガバナンス研究所
尾崎 章彦
がん患者のみなさんやご家族などは、主治医から示される治療法はあなた方のための最良の治療法であると信じておられるだろう。 しかし、医師は、患者の状態以外に様々な要素を加味して治療法を決定している。 結果として、医師の治療法の選択にバイアスがかかる、結果的に最適な治療が行われないという重大なリスクに直面していることをご存知だろうか。
  • ①多額の金銭が講演料、原稿料などの形で製薬会社から医師に支払われ、その患者に最適とは言えない抗がん剤が使われたりする可能性が生じている。
  • ②手術と放射線治療が同等の治療成績である場合でも、ダビンチなどを導入した場合、経営上の理由から手術が選択され、切らなくてもいい場合にも切られる可能性がある。
  • ③専門医制度などで一定の実績を積まなければならない場合、患者のためよりも専門医制度のために最適とは限らない治療法が選択される可能性もある。
  • ④実績を積むために、無理に新しい治療法を行う場合もあり、そのために医療事故が発生し大きな問題となったこともある。
などである。私たちはまずはこの中の製薬会社から医師への多額の金銭が支払われる点に注目し、今後アンケート調査などを含め、様々な活動を計画している。
前回は、医師支払いに関する製薬企業の情報公開体制(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53293)、 さらに学会理事への支払い(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53317)について報告した。
今回は製薬企業ごとの医師への支払いの特徴について分析した報告で、 尾崎先生がJBpress本年6月22日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53377?pd=all) および6月29日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53444?pd=all)にご寄稿されたものを、ご許可を得て転載させていただいた。 その内容は、特に、①「製薬企業から医師やその関連する団体に行われた支払い」に着目したものである。ご厚意に感謝いたします。 なおこのシリーズは6回連続ですので、「がん医療の今」ではこれを2回ずつまとめ、3回に分けて掲載予定で今回はその2回目です。
(會田 昭一郎)

医師に対する謝礼が多い会社、少ない会社

圧倒的に少ない外資系、国内メーカーは規模が小さくなるほど増加

ワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所による共同研究「製薬マネーと医師」が注目を集めている。 今回は製薬企業ごとの医師への支払いの特徴について分析したい。

売り上げに比例して医師支払総額も増える

処方権を持つ医師をターゲットとした販促活動は製薬企業において重視されている領域である。 その特徴を分析することで、全体の販促活動についても大まかな傾向を掴めると考えている。 図1は、国内医薬品売り上げと医師への支払の総額の関係を評価したものである。 内資製薬企業、外資製薬企業いずれにおいても、国内医薬品売り上げの上昇に伴い、医師支払い総額が直線的に上昇している。


しかし、興味深いのは平均から外れた「外れ値」の存在である。

平均より明らかに支払いが多かったのは、初回の記事でも取り上げた第一三共や大塚ホールディングス、 一方で、平均よりも支払いが低かったのは武田薬品やアステラス製薬、グラクソ・スミスクライン(以下、GSK)であった。

急激に変わりつつある外資製薬企業と医師との関係を説明するうえで象徴的なのが、GSKの存在である。 GSKの支払い額は、医薬品売り上げに比して圧倒的に少なかった。 その背景には、同社が引き起こした一連の金銭問題がある。 GSKは、2012年に米国において薬剤の副作用隠蔽、2013年に中国において贈賄罪で摘発された。 それを機に医師への支払いを取りやめ、MRの給与を医師の処方回数と連動させる制度を世界的に廃止し、大きな話題となった。 もちろん、GSK一社のあり方をもって外資製薬企業全体に一般化するべきではない。

コンプライアンスが厳格な外資系

しかし、外資製薬企業は「International Federation of Pharmaceutical Manufactures and Associations」(以下、IFPFA)のコードに縛られているせいか、 内資企業よりもコンプライアンスが厳格である印象を受けることも事実である。 ある世界的な外資製薬企業に勤める友人は、「薬の営業は厳しく禁止されている」と話していた。 実際、図1を改めて確認すると、外資企業の平均を表した直線の傾きは、内資企業のそれよりも小さい。 これは、医薬品売り上げから医師支払いに回される金額が、外資企業において少ないことを示唆している。 加えて、図2には医薬品売り上げと医師支払い項目数の関係を示したが、外資企業と内資企業の差は歴然としている。


一方で、ある内資製薬企業の幹部は、以下のように指摘する。 「外資企業は、医師への資金提供に関して建前としては厳格に行なっている。 しかし、奨学寄付金の代わりに基金やNPOを介して迂回献金するなど、形を変えて様々な利益供与を図っている」 「内資製薬企業は透明化への歩みは緩やかかもしれないが、建前と本音が外資企業より一致していることが多い」


それでは、内資製薬企業における医師への支払いにはどのような特徴があるのだろうか。 図3は、医薬品総売り上げに占める国内売り上げの割合と売り上げ1億円あたりの謝金の関係を示したものである。

国内売り上げの割合が上がると謝金も上昇

対象としたのは、医薬品総売り上げ上位企業である。 国内売り上げの割合が上昇するほど、売り上げ1億円あたりの謝金が上昇していることが分かる。 例えば、国内医薬品売り上げの割合が32%に過ぎない武田薬品の医師支払いは、極めて低い水準だった(23.0万円)。 日本は医薬品マーケットが縮小している唯一の先進国であり、海外への進出は今後の事業継続の生命線である。

武田薬品は2018年5月にアイルランド製薬大手シャイアーを7兆円で買収するなどそのような流れの先端を走っている。 前述の製薬企業幹部は、「武田薬品のMRは、国内市場は眼中にないという態度」と語る。 一方で、海外進出の流れに乗り遅れた企業が、国内の販促活動に、より力を入れることは自然な流れである。

国内医薬品売り上げの割合が99%を超える小野薬品の医師支払いは43.1万円と高い水準だった。 同社は、免疫チェックポイント阻害剤「オプチーボ」の発売に伴い、2016年に前年度比の国内薬品売り上げが46.7%上昇した(1450億円→2126億円)。

しかし、順風満帆というわけではない。 2016年、主戦場であった肺癌において、第一選択薬としてのポジションをライバルの「キイトルーダ」(MSD)に譲ったうえ、2017年、2018年と大幅に薬価を引き下げられた。 そのため、売り上げが好調だった2016年の段階で、販促活動が極めて重要だったと言える。 私は小野薬品のMRの方々に「体育会系」という印象を持っていたが、「売るためには何でもやる会社」(内資製薬企業幹部)だそうだ。 さて、ここでも「外れ値」に着目してみたい。

国内売り上げが少ないのに医師支払い額が突出

大日本住友製薬は、国内の売り上げが38%に過ぎないが、平均をはるかに上回る医師支払い額を計上している。 実は、これには裏話がある。 同社は北米の売り上げが好調であるにもかかわらず、国内の売り上げは苦戦してきた(http://answers.ten-navi.com/pharmanews/8049/)。

その国内売り上げは2008年の1850億円から2015年には1408億円まで減少した。 およそ24%の減少率である。 一方で、大日本住友製薬の北米での売り上げを支えてきたのが、北米のみで年間1000億円を売り上げる非定型抗精神病薬の「ラツーダ」である。 大日本住友製薬にとって誤算だったのは、ラツーダが日本での治験で期待された効果を上げることができず、薬価承認されなかったことである。

加えて、その特許も2019年に切れる予定であり、その売り上げへの影響は計り知れない。 すなわち、大日本住友製薬の海外進出が進んでいるように見えるのは、国内での売り上げが苦戦しているからにほかならない。 彼らは、日本での販促活動を必死に行う必要に迫られているのである。 さらに、図4には、国内医薬品売り上げ1億円あたりの医師支払の総額を、データが存在するすべての企業についてまとめた。


図1においては分かりにくかったが、キッセイ薬品(63.4万円)や旭化成ファーマ(52.7万円)を筆頭に、押し並べると下位内資製薬企業は上位内資製薬企業より多い額を医師に支払っている。 上位製薬企業の1億円あたりの支払い額の平均が30.3万円だったのに対して、下位製薬企業のそれは36.4万円だった。 昨今新規薬剤の開発費は高騰し、要求される技術も高度になっている。 そのため、資金力に余裕がない製薬企業においては既存の薬剤から少しでも大きな利益を挙げることが、より重視されている可能性がある。

医師は販促のキーマンである。 以上、医師への支払いについて製薬企業ごとの分析を行なった。 次回は、他国との比較を交えながら、支払い項目のより詳細な分析を試みたい。

お弁当代だけでも処方薬が変わる医療現場

製薬企業からの医師支払いの詳細が明かす日本の問題点

前回、製薬企業からの医師支払いについて、全体平均から逸脱した企業(外れ値)に着目しながら考察した(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53377)。 今回はさらにその詳細に迫る。

日本製薬工業協会(以下、製薬協)に所属する71社の2016年の医師支払いの総額は266億円だった。 これらの支払いは、講師謝金(223億円、84%)、原稿執筆料・監修料(11億円、4%)、コンサルティング料(32億円、12%)に分けられる。

最近流行のウエブ講演会

目を引くのは講師謝金が医師支払いの84%と圧倒的多数を占めることだ。 この結果は、医師を講師として開かれる講演会が、製薬企業の販促活動において重視されていることの表れである。 最近はウエブベースの講演会も増えている。 このようなタイプの講演会は多くの医療機関で配信できるため、1回あたりの宣伝効果が非常に高い。 一方で、医師にとっても、講演会の講師は同業者に自分の顔と名前を覚えてもらう良い機会である。 そのため、製薬企業としても依頼する際の障壁が低くなっていると推測される。 ではどのような製薬企業において講師謝金が多いのだろうか。

国内医薬品売り上げ1億円あたりの講師謝金を以下の図1にまとめる。 中央値は協和発酵キリンの25万円、最大値はキッセイ薬品工業の57万円、最小値はグラクソスミスクライン の700円だった。 内資・外資の区別なく、支払いが多い企業から支払いが少ない企業まで満遍なく存在することが分かる。


国内医薬品売り上げと講師謝金の関係は以下の通りである。 内資企業においては第一三共、大塚ホールディングスの医師支払いが平均を上回っており、武田薬品、アステラス製薬の支払いは平均より少なかった。 一方で、外資企業においては、ファイザー、グラクソスミスクラインは平均より少なかった。 講師謝金は医師支払いの大多数を占めるだけあり、前回紹介した医師への支払い全体の結果と似通っている。


それでは講師謝金以外の項目はどうか。 国内医薬品売り上げ1億円あたりの原稿執筆料を図3に示す。 その中央値はキョーリン製薬の1.4万円、最大値は鳥居薬品の4.8万円、最小値はやはりグラクソスミスクラインの600円だった。 各企業とも講師謝金に比較すると原稿執筆料に計上している金額は少ない。

しかし、この金額の解釈には注意が必要である。 「日経メディカル」などの医療業界誌を迂回して医師に謝礼が支払われるケースが存在するからである。 文章をまとめる作業は時間も労力も要する。 医師自らが原稿執筆を行う代わりに、製薬企業から広告費を受け取った雑誌社の記者が、医師に取材を行って記事をまとめる。 医師に直接の謝礼を支払うのは雑誌社なので、製薬企業は医師支払いとして計上する必要がない。 製薬企業、医療業界誌、医師三者にとって、大変都合の良い仕組みである。 一方で、ある製薬企業幹部によると、「ここ数年、出版社への支払いを公開しようとする動きもある」という。 その実現をぜひ期待したいところである。


最後に、国内医薬品1億円あたりのコンサルティング料を図4に示す。 中央値はノボノルディスクファーマの2.5万円、最大値はユーシービージャパンの18.7万円、最小値はツムラの900円だった。


また、図5を見ると、協和発酵キリンや中外製薬のコンサルティング料が平均よりはるかに多いことが分かる。 これらの企業の講師謝金や原稿執筆料は平均程度だった。 なぜコンサルティング料のみが突出して多かったのだろうか。


前述の製薬企業幹部によると、コンサルティング料の多寡は、「新薬が出ているかどうかに依存する」という。

新薬発売で跳ね上がるコンサルティング料

また、「新薬の上市に伴い、開発に携わった医師を中心に数人から10人程度を全国から選出し、専門医の立場からアドバイスをいただく」という。 例えば、協和発酵キリンであれば、2014年に「ジーラスタ」(持続型G-CSF製剤)、2016年に「ルミセフ」(乾癬治療薬)、 「ドボベット」(尋常性乾癬治療薬)と新薬が相次いで販売されたことで、コンサルティング料が跳ね上がった可能性がある。

しかし、そのようなケースばかりではない。最も分かりやすいのがMSDの事例だ。 同社は、自社製品の販売促進のため医師への不適切な金銭提供などを行ったなどとして、製薬協から2011年に会員資格停止処分を受けた(その後、2013年に復帰)。 様々な問題行為により、延べ3400人の医師に2億2000万円の金銭供与が行われたという。

特に1人当たりの個人への支払いが多かった事例は、同社が販売する「ジャヌビア」(経口糖尿病薬)に関連して、国内の医師50人弱を海外研修に派遣したというものだ。 その際に支払われた謝礼は5万円、渡航費は65万円に上る。 この事例で見落としてはならないことは、謝礼をはるかに上回る渡航費が計上されていることだ。

公開されていない飲食費や宿泊費

例えば、2016年に医師への支払額が最も多かった(20.2億円)第一三共は、「講演会費」と「説明会費」で合計85.0億円を計上している。 もちろん会場の使用料などは差し引く必要はあるが、飲食費や宿泊費など医師個人を対象に相当な経費が使われていると推測する。 実は、このような経費は、現行の枠組みにおいて、医師個人が特定される形では公開されていない(総額のみの公開)。

「製薬協には自主基準があり、MSDのような極端な例はほとんど存在しない。 そのため、飲食費や宿泊費を個人に紐付けての公開は必要ないという声が趨勢」(製薬企業幹部)とのことだが、処方に及ぼす影響力を侮ってはいけない。 飲食費や宿泊費が医師名と紐付けされて公開されている米国において、たかが20ドル程度のお弁当やその他の飲食費であっても、薬剤の処方推進につながっていたことが明らかとなっている。 今後、医師個人への紐付けが可能な経費については、個人ベースでの情報公開が望ましいのではないか。

以上、製薬企業からの医師への支払いの詳細について検討した。 引き続き製薬企業の情報公開体制について調べていくつもりである。


尾崎 章彦(おざき あきひこ)

外科医、平成22(2010)年3月 東京大学医学部卒平成22年4月 国保旭中央病院 初期研修医 平成24年4月 一般財団法人竹田健康財団 竹田綜合財団 外科研修医平成26年10月 南相馬市立総合病院 外科 平成29年1月 大町病院 平成29年7月 常磐病院 外科研修医時代に経験した東日本大震災に大きな影響を受ける。 平成24年4月からは福島県に移住し、一般外科診療の傍,震災に関連した健康問題に取り組んでいる。 専門は乳癌。2017年には乳癌の臨床試験CREATE-X試験における利益相反問題、公的保険の不正請求疑惑について追及した。
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