市民のためのがん治療の会
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『ゲノム編集とは何? 何が問題?』


ジャーナリスト
市民バイオテクノロジー情報室代表
天笠 啓祐
人類は動植物を作り変えようとしている時代となった。 1953年にDNAの二重らせん構造が明らかになり、50年後2003年には人間の遺伝子解析が終了した。 この遺伝子解析技術は動植物の遺伝子組み換えや遺伝子編集へとつながった。 そこで生じる負の側面はまともに研究されず、生命倫理の議論もなく、金儲けの世界が最優先されてゲノム編集まで行きついている。 動物は生存のために最低限の食料を確保しようとするだけであるが、人間はそれ以外の多種多様な目的で生きている動物である。 遺伝子組み換えや編集により、食の安全も確保できない時代となりつつある。 まさにがんを含む多くの疾患が食生活を中心とした生活環境病という様相を呈している。 このゲノム操作の問題について、第一人者である天笠啓祐氏に原稿を依頼したところ快く寄稿頂いた。ここに玉稿を掲載いたします。
「市民のためのがん治療の会」顧問 西尾正道

新しい遺伝子操作食品であるゲノム編集技術を応用した食品が、すでに米国では作付けは始まっており、 日本でも審査や承認の仕組みが作られたことから、まもなく私たちの食卓に登場することになりそうです。 中国では、すでにゲノム編集で意図的に小さくした「マイクロブタ」がペット用として販売されています。 同じ中国では、ゲノム編集した双子の人間の赤ちゃんが誕生しています。 すでに応用が広がり始めている、この新しい遺伝子操作はどんな技術で、どんな問題点があるのでしょうか。

まずゲノム編集とはどんな技術でしょうか。 ゲノムとは、すべてのDNAのことをいいます。 DNAにはすべての遺伝子がありますから、すべての遺伝子といい換えてもいいと思います。 イネゲノムといえば、稲の全遺伝子ですし、ヒトゲノムというと人間の遺伝子全体を指します。 そのゲノムを編集するとは、何を意味するのでしょうか。

ゲノム編集は、基本は目的とする遺伝子の働きを壊す技術です。 生命体はバランスや調和で成り立っています。 体を大きくする遺伝子がある一方で、あまり大きくなり過ぎないように抑制する遺伝子があります。 その一方の遺伝子を壊すと、さまざまなことができます。 大きくなる遺伝子を壊すと、小さいままの動物が誕生しますが、中国で販売されているマイクロ豚がそれにあたります。 これは成長ホルモン関連遺伝子を壊したものです。 逆に抑制する遺伝子を壊すと、成長が早く肉の多い魚や家畜が誕生します。 ミオスタチンと呼ばれる筋肉の発達を抑制する遺伝子を壊しますと、成長が早まり筋肉質の家畜や魚が誕生します。 これもまた、すでに市場化が間近な状態にあります。

絵の説明
ゲノム編集技術は遺伝子を壊す技術です、成長を促進する遺伝子を壊せば、小さな生物が誕生し、成長を抑制する遺伝子を壊せば、大きくて筋肉質な生物を誕生させることができます
出典「みんなモルモット ゲノム操作食品」日本消費者連盟(TEL03-5155-4765、FAX03-5155-4767)

ゲノム編集では、「クリスパー・キャス9」と呼ばれるガイドRNAと遺伝子を壊す制限酵素の組み合わせが用いられています。 ガイドRNAが壊したい遺伝子へ制限酵素を導き、その制限酵素がDNAを切断して遺伝子を壊すのです。 この仕組みを利用すると簡単に目的の遺伝子を壊せることから、いまや遺伝子操作の主流になりつつあります。

同じ遺伝子操作技術ではありますが、遺伝子組み換えは、他の生物の遺伝子を挿入して生命体を改造する技術です。 例えば、寒さに強い生物を作ろうとしますと、寒さに強い遺伝子を入れます。 そんな遺伝子がどこにあるかというと、例えばヒラメにあります。 ヒラメは、血液の中に血液を凍らせない遺伝子を持っています。 それを導入すると寒さに強い生物を作り出すことができます。

それに対して、ゲノム編集は特定の遺伝子を壊して生命体を改造する技術です。 壊した遺伝子の代わりに新たな遺伝子を挿入する組み換えも可能になっており、そうなるとゲノム全体を自由自在に変更させることができるということで、「ゲノム編集」という名がつけられたのです。

まもなくそのゲノム編集技術を応用した作物や家畜が、私たちの食卓に登場することになりそうです。 その作物の中には、すでに栽培され市場化されているものがあります。 その先端にいるのが米国です。 2015年からベンチャー企業のサイアス社が開発した除草剤耐性ナタネの栽培が始まり、2018年にはケイリクスト社が開発した高オレイン酸大豆が収穫され、流通を始めました。

ケイリクスト社は次に、高食物繊維小麦を2020年までに栽培する予定です。 その他にもうどん粉病抵抗性小麦、高オレイン酸低リノール酸大豆などを開発しており、市場化を図っていく予定とのことです。 同社以外にもトランス脂肪酸を含まない大豆、変色しないマッシュルーム、アクリルアミド低減ジャガイモ、干ばつ耐性トウモロコシ、収量増小麦などの開発が進んでいます。 遺伝子組み換えでは反対が強まり挫折した小麦での開発が目立ちます。

日本でも農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が、「シンク能改変稲」を開発し、2017年度から5か年計画で栽培試験を行っています。 この稲は、籾数を増やし、収量増加をもたらすことになっています。 世界的には作物だけでなく動物での開発も盛んです。 それが先ほど述べたミオスタチン遺伝子を壊した家畜や魚です。 日本でも、京都大学がマダイやトラフグを誕生させています。

次々に開発されるゲノム編集生物をにらみ、日本では2018年7月から環境省が、9月からは厚労省が規制の方針を検討してきました。 さらには9月に生命倫理の分野でも、文科省・厚労省が、人間の受精卵へのゲノム編集の応用を、試験レベルという限定はつけたものの、承認しました。 もし人間に応用されれば、遺伝子を変えた赤ちゃんを誕生させることができます。 すでに中国では、双子のゲノム編集赤ちゃんが誕生していますが、日本でもその可能性に道を開こうとしているのです。

このように一挙に進められたきっかけは、2018年6月15日に閣僚会議で決定した「統合イノベーション戦略」です。 戦略の要の位置にある技術だとして、年度内にゲノム編集を積極的に推進できるように法律や指針を整理しろと、政権が指令を発したのです。 その結果、環境省はカルタヘナ法での対応を検討し、厚労省は食品衛生法での対応を検討し、厚労省・文科省は人間への応用での指針改定を急いだのです。 政権与党の意向を受けて、その結論は、規制を最小限にして、積極的に推進するようにという姿勢を鮮明にしたのでした。

環境影響評価も食品の安全審査もほとんど必要ない、人間への応用もよい、ということになり、2019年4月1日から実施されました。 しかし、ゲノム編集技術は遺伝子を壊す技術です。 壊してよい遺伝子などありません。 基本は、意図的に病気や障害をもたらす技術なのです。 さらにゲノム編集を行った生物では、必ず目的以外の遺伝子を壊す「オフターゲット」が起きます。 もし、その際に重要な遺伝子を壊せば、その生命体にとって大きな影響が出るだけでなく、環境や食の安全にも影響してきます。 さらにはゲノム編集した細胞と通常の細胞が入り乱れる「モザイク」も起きます。 これらは環境や食の安全に影響が出かねない問題です。 とても安全とは言えない技術です。 人間への応用では、生命倫理が脅かされます。 政府の結論は、私たち市民の健康よりも、技術開発や経済を優先しているとしか言いようがありません。


天笠 啓祐(あまがさ けいすけ)

1970年早大理工学部卒、雑誌編集長を経て、 現在、ジャーナリスト、市民バイオテクノロジー情報室代表、日本消費者連盟共同代表、 遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン代表。 主な著書『ゲノム操作食品の争点』『生物多様性と食・農』『遺伝子組み換え食品入門』(緑風出版)、 『子どもに食べさせたくない食品添加物』『子どもに食べさせたくない遺伝子組み換え食品』(芽ばえ社)、 『地球とからだに優しい生き方・暮らし方』(柘植書房新社)、 『遺伝子組み換えとクローン技術100の疑問』(東洋経済新報社)、 『この国のミライ図を描こう』(現代書館)、『暴走するバイオテクノロジー』(金曜日)ほか多数
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