市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『脳腫瘍』


兵庫県立粒子線医療センター
副院長 德丸 直郎

脳腫瘍の概略

脳腫瘍は頭蓋骨内に発生する腫瘍全体を指し、腫瘍細胞の形状や性質が多様で、細かく分類すると150種類ほどにもなる。 脳腫瘍は、原発性脳腫瘍と転移性脳腫瘍があるが、本稿では原発性脳腫瘍を扱う。 原発性脳腫瘍は大きく分類すると脳実質のグリアや神経細胞から発生する腫瘍と、 くも膜・硬膜・血管など脳を包む組織、下垂体など脳実質以外から発生する腫瘍に分けることができる。

原発性脳腫瘍は他のがんのようにTNM分類やステージ分類はなく、 世界保健機関(WHO)の定義による、ローマ数字Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳの悪性度(グレード)分類を用いることが多い。

脳腫瘍では、悪性腫瘍はもとより、上記グレードⅠの良性腫瘍でも、その発生部位や性質等によっては、生命や重大な機能欠損/障害に関わる症状を引き起こすため、基本的に何らかの治療が行われる。 腫瘍の組織型によっても治療戦略が異なるため、組織型を明らかにすることと腫瘍量自体をできるだけ減らすことを目的として、まず手術が行われることが多い。 ただ、周囲組織に広がりやすい腫瘍(浸潤傾向の強い腫瘍)や、腫瘍の存在位置によっては手術のみでは治療が困難で、放射線治療や化学療法が用いられることもよくある。 各治療法の欠点を補うように治療法を組み合わせて行うことが多い。

以下に代表的な原発性脳腫瘍について、治療においては筆者の専門である放射線治療を主体として述べる。

悪性神経膠腫

膠芽腫を代表とする悪性神経膠腫の治療の主体は手術であるが、浸潤性格が強いため腫瘍の残存は避けることができない。 予後因子はさまざまであるが、患者側因子としては年齢と全身状態が主たる因子である。 術後に支持療法のみを行う場合と比べ、放射線治療は有意に予後を改善するが、これは年齢に依存しない。 放射線療法に化学療法(テモゾロミド等)を併用することも予後に寄与する。 以上より、少なくとも全身状態が良好な場合には原則全例に対して、手術、その後の放射線治療および化学療法を施行する。

わが国の主要施設における近年(2005〜2008年)の治療成績は以下の通りである。

膠芽腫:中間生存期間は約18ヵ月、1・2・5年全生存率はそれぞれ約65%、35%、15%である。

退形成性星細胞腫:中間生存期間は約41ヵ月、1・2・5年全生存率はそれぞれ約80%、60%、40%である。

退形成性乏突起膠腫・退形成性乏突起星細胞腫:1・2・5年全生存率はそれぞれ約90%、80%、60%である。

最近の知見として、分子生物学的には、MGMTメチル化、イソクエン酸脱水素酵素遺伝子の点突然変異、 第1染色体短腕と第19染色体長腕の共欠失などが予後因子となることがわかってきた。

低悪性神経膠腫

治療の主体は手術であり、可能な範囲で全摘出を目指す。 しかし顕微鏡レベルの腫瘍残存のみではなく、機能保持を目的とした手術のため肉眼的腫瘍残存を認める場合もあり、 欧州がん研究治療機関からの報告を根拠に、基本的に術後照射が推奨されている。

5年全生存率は、びまん性星細胞腫で50~60%、乏突起膠腫で約70%である。

髄芽腫

基本的に根治を目指して手術及び術後放射線治療を行う。 手術のみでは治癒不能であること、術後放射線治療によって60%前後の治癒が得られること、髄膜播種を起こす確率が40%以上はあることから、 放射線治療が欠かせないと考えられており、全脳全脊髄に照射する方法が標準と考えられている。 基本的に全症例が放射線治療の適応となるが、3歳未満児では有害事象の程度をできるだけ小さくするため、 可能であれば化学療法によって放射線治療の開始を3歳以上になるまで引き延ばすことを考慮する。 近年は全脳全脊髄の線量を下げるために、化学療法の併用は標準的と考えられている。

5年全生存率は全体で60%(標準リスク群60〜80%、高リスク群40〜50%)程度と考えられる。

上衣腫

上衣腫の発生頻度は、小児脳腫瘍の約10%で、3歳以下の脳腫瘍では約30%を占めている。 上衣腫の診断と分類はその組織像に加え遺伝学的所見が用いられることが多くなっている。 年齢、分類、腫瘍発生部位とその拡がりは治療・予後を左右する重要な因子である。 根治を目的に可能な限り腫瘍を切除した後に放射線治療を行う。

5年全生存率は、WHO分類グレードⅡで92%、同グレードⅢで78%と報告されている。

脳胚腫(頭蓋内胚種)

脳胚腫はプラチナ系製剤を主体とした化学療法によって、非常に良好な腫瘍縮小効果が得られる。 しかし化学療法単独治療では高率に再発をきたすため、放射線治療が治療の中心となる。

脳胚腫は、未熟奇形腫、胎児性癌、卵黄嚢癌、絨毛癌等の他の成分をもつ胚細胞腫とは予後や放射線治療方法が大きく異なるため、 血液・髄液検査(腫瘍マーカー)や生検などによる病理組織の確定が治療方針の決定の際に必要となる。

10 年全生存率で90〜95%程度。なお治療後5〜10 年後に再発する症例もあるため、長期間のフォローアップが必要となる。

下垂体腺腫

下垂体腺腫は良性疾患であるが、下垂体前葉ホルモンの過剰症状を示す機能性腺腫の場合や、 非機能性でも腫瘍の圧排による頭痛、視機能障害や下垂体前葉機能低下をきたした場合は治療の対象となる。 手術が第一選択となるが、機能性腺腫においては薬物治療が奏効することも多い。 放射線療法の意義は、手術や薬物療法の施行が困難な症例において、腫瘍の増大を抑制することや、機能性腺腫の分泌過剰ホルモンの正常化を図ることであり、 脳外科や内分泌内科と合同での治療が必須と考えられる。

定位放射線照射、通常分割外照射ともに5年以上経過観察された報告では、反応率(response rate)は 50%以下であるが、局所制御率は90〜95%以上である。

聴神経腫瘍

原発性脳腫瘍の中で1割ほどを占める。治療方針としては、経過観察、手術、ガンマナイフやリニアック等による定位放射線治療の3つが挙げられる。 (定位)放射線治療の目標は、腫瘍に近接する脳神経に障害を発生することなく腫瘍の増大を抑制し、聴力温存を目指すことである。 治療成績は生命にかかわることはほとんどなく、局所制御率 90%以上(多くは95%以上)、聴力温存率 40-75%との報告がある。

髄膜腫

髄膜腫は、くも膜細胞から発生する腫瘍で、硬膜に付着し緩徐に発育する。 原発性脳腫瘍の中で25%ほどを占める。 その内、8割ほどがWHOグレードⅠの良性髄膜腫で、手術による全摘が通常行われる。 初回治療として放射線治療が行われることもあるが、手術後の残存病変、再発病変に対してや、 グレードⅡ、Ⅲ病変(の顕微鏡的残存へ)の術後治療として放射線治療が行われることが多い。

参考文献

  • Louis DN, Ohgaki H, Wiestler OD, et al, ed. WHO Classification of Tumours of the Central Nervous System, 4th ed.(update) The World Health Organization, 2016.
  • Li J, Wang M, Won M, et al. Validation and simplification of the Radiation Therapy Oncology Group recursive partitioning analysis classification for glioblastoma. Int J Radiat Oncol Biol Phys 81: 623-630, 2011.
  • Keime-Guibert F, Chinot O, Taillandier L, et al. Radiotherapy for glioblastoma in the elderly. N Engl J Med 356: 1527-1535, 2007.
  • Stupp R, Mason WP, van den Bent MJ, et al. Radiotherapy plus concomitant and adjuvant temozolomide for glioblastoma. N Engl J Med 352: 987-996, 2005.
  • The Committee of Brain Tumor Registry of Japan: Brain tumor registry of Japan (2005-2008). Neurol Med Chir (Tokyo) 57(Suppl1): 9-102, 2017.
  • van den Bent MJ, Afra D, de Witte O, et al. Long-term efficacy of early versus delayed radiotherapy for low-grade astrocytoma and oligodendroglioma in adults: the EORTC 22845 randomized trial. Lancet 366: 985-990, 2005.
  • Tarbell NJ, Friedman H, Polkinghorn WR, et al. High-risk medulloblastoma: a Pediatric Oncology Group randomized trial of chemotherapy before or after radiation therapy (POG 9031). J Clin Oncol 31: 2936-2941, 2013.
  • Merchant TE, Li C, Xiong X, et al. Conformal radiotherapy after surgery for paediatric ependymoma:a prospective study. Lancet Oncol 10:258-266, 2009.
  • Rogers SJ, Mosleh-Shirazi MA, Saran FH. Radiotherapy of localized intracranial germinoma:time to sever historical ties? Lancet Oncol 6:509-519, 2005.
  • Li X, Li Y, Cao Y, Li P, et al. Safety and efficacy of fractionated stereotactic radiotherapy and stereotactic radiosurgery for treatment of pituitary adenomas: A systematic review and meta-analysis. J Neurol Sci 372 : 110-116, 2017.
  • Chen Z, Takehana K, Mizowaki T, et al. Five-year outcomes following hypofractionated stereotactic radiotherapy delivered in five fractions for acoustic neuromas: the mean cochlear dose may impact hearing preservation. Int J Clin Oncol 23:608-614, 2018.
  • Oya S, Kim SH, Sade B, et al. The natural history of intracranial meningiomas. J Neurosurg 114:1250-1256, 2011.

徳丸 直郎(とくまる すなお)

1993年 佐賀医科大学卒業
1998年 佐賀医科大学医学部放射線医学助手
2007年 佐賀大学医学部附属病院放射線部診療准教授
2014年 佐賀大学医学部附属病院放射線科診療教授
2016年 兵庫県立粒子線医療センター副院長
Copyright © Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.