市民のためのがん治療の会
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軽んじられる内部被曝のリスク

『「がんとの正しい闘い方」を西尾正道医師に訊く (後篇)』


北海道がんセンター名誉院長
市民のためのがん治療の会顧問
西尾 正道
北海道がんセンター名誉院長で放射線治療医として3万人以上の患者と向き合ってきた西尾正道医師のインタビュー後篇は「がんと闘うな」の近藤理論に対する批判から放射線の「光と影」の世界へとテーマを移す。 同氏は、放射線治療の可能性と福島原発事故後の内部被曝の問題に言及し、「1億総がん罹患時代」の背景にある放射性物質の飛散や農薬、遺伝子組み換え食品などの氾濫に警鐘を鳴らす。 がんは生活習慣病ではなく「生活環境病」だと指摘する西尾医師に、健康を守りながらこの時代を生き抜くための処方箋を聞いた。
(武智 敦子)

放射線が持つ ”光と影” を直視し1億総がん罹患時代を生き抜け
問題は放射性微粒子を取込み細胞が影響を受ける内部被曝

――著書や講演会などで放射線による健康被害の問題を提起されてきました。

西尾  2014年に『正直ながんのはなし』を出版しました。 近藤理論の誤りを指摘しながら国民に不安を抱かせるがん医療の問題点とは何か、私の専門である放射線治療の優れている点、東京電力福島第1原子力発電所の事故後の放射線による健康被害を取り上げています。

この本を書こうと思ったのは、原発事故後の健康被害について医学的な面での正確な情報提供が必要だと感じたからです。 筑波の気象研究所は大気中のPM2.5を測定していましたが、事故直後の大気中にセシウムを高濃度に含む不溶性の微粒子を検出したことを論文にしています。 それを読み、事故から2年後の13年に南相馬市の市議から、市内の某小学校前で10日間大気を吸着したダストサンプラーのフィルターを送ってもらいました。 これをイメージングプレート(デジタル画像用の高感度フィルム)に3日間、密着させて現像すると、放射性のセシウム微粒子が検出されました。

そのような土地でマラソン大会を行い地域振興などと言っている。 放射性微粒子こそが内部被曝により健康に被害をもたらす本体なのに、こういうことは何も論議されていません。

――内部被曝が問題にされてこなかったのはなぜですか。

西尾  それは、医師や看護師、放射線技師が使う放射線防護学の教科書が一民間団体であるICRP(国際放射線防護委員会)の報告書をもとに書かれているからです。 ICRPの放射線防護学は、核兵器製造や原子力発電所を動かすため、科学的とは言えない物語で構築されています。

原爆投下後の調査では、残留放射線や内部被曝は無いと否定し、公式見解では全身被ばくした場合の致死線量は7シーベルト(Sv)と発表しています。 一方、放射性微粒子が体内に入り内部被曝すると、細胞の周辺の1センチの塊(約10億個の細胞数)が影響を受けます。 大原則として放射線は当たっている細胞や部位にしか影響はないのですが、ICRPの理論では、それを人間の全身の60兆個の細胞に当たったとして全身化換算するから被曝量は6万分の1以下にしかならない。 これはとんでもないインチキです。

放射線の単位の一つ、グレイは1キロのものに1ジュール(0.24カロリー)の熱を与えたものを1グレイと定義しています。 放射線(ガンマ線とベータ線)は1グレイが1シーベルトとされており、体重60キロの人が7シーベルト全身被曝したら420ジュールです。 これをエネルギーに換算すると、100カロリーになり、物理学上の計算では小さなお握り1個(約150キロカロリー)食べると全員死ぬことになる。 こんなバカな話はないでしょう。

――近藤医師の信奉者の中には医療被曝を恐れ検診すら拒否する人もいます。

西尾  CT検査で6ミリシーベルト位浴びると医療被曝を心配する人がいます。 しかし、胸部のCTを1枚撮っても0.0何秒の世界なので一瞬、突き抜けて終わり。 人間の回復力でリカバリーできます。 また撮影部位しか被ばくしておらず、あとは散乱線ですので、厳密には実効線量(Sv)に換算することも科学的には正確なものとは言えないのです。

問題は放射性微粒子を体内に取り込み、その周囲の細胞が影響を受ける内部被曝なのです。 また人工放射線のものすごいエネルギーの問題については全く論議されていません。 放射線が恐ろしいのは電離作用のためです。 細胞の分子はわずかなエネルギーで結合しています。 浮遊塵などと一緒に放射性微粒子が体内に取り込まれると、細胞は電離作用を受けてメチャメチャにされます。 例えるなら小学生のパンチだって長年受けていたら、マイク・タイソンの一発よりも脅威となる。 内部被曝して高いエネルギーの放射性物質が体内に入ってきたらどうなるか。 ICRPの理論ではこういうことが全く考慮されていません。

――福島では甲状腺がんが多発していると聞きます。

西尾  甲状腺がんについては、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で若い年代ほど発症リスクが高まることが分かっています。 ただ、甲状腺がんの大半はゆっくり進行する乳頭がんのため、有病期間が長いので検診すれば1センチ以下の微小がんとして発見されることが多い。 また1cm3大の腫瘍は約10億個の細胞数ですが、10億個になるためには倍々ゲームで細胞数が増えても30回の分裂が必要です。 1個の細胞が分裂して2個になるのには腺がんでは3カ月以上はかかりますから、2~3年で診断できるサイズにはなりません。 そのため、福島の先行調査で見つかった甲状腺がんは、放射線によるものとは考えていません。 内部被曝の影響は後になってから出てくるので、これから子供の甲状腺がんが増えてきたら放射線による健康被害が疑われます。 問題は今後です。

――ライフワークである小線源治療は、その内部被曝を利用した治療法です。

西尾  私が医学生の頃は学園闘争や70年安保闘争の時代でした。 学園闘争に関わり、不当な無期停学処分をされて1年留年した経緯もあり、卒業後は大学に残る気になれず国立札幌病院・北海道地方がんセンターに入りました。 国立病院なので最新の高い放射線治療機器を買ってもらえなかった。 それで、旧陸軍病院の時代から保有していた密封小線源を使った低線量率放射線治療に携わることになったのです。

――どのように治療を行うのですか。

西尾  小線源治療はセシウムなど小線源の放射線を出す線源を使って患部に埋め込みます。 がんに埋め込むセシウム線源の針を2センチ位のがんなら、8ミリから1センチ間隔で直接刺します。 強度変調放射線治療という言葉を聞いたことがあると思いますが、私がやってきた小線源治療は腫瘍内強度変調放射線治療です。 全体として針で囲んだ部分に60グレイ照射するとしても密に刺したところは放射線がたくさん照射されます。

乳がんで手術できない状態の患者さんや、口の中の頬粘膜にがんができて、大学病院でもギブアップした患者さんを治したこともあります。 放射線治療は最も患者さんに優しい治療ですが、日本に放射線治療専門科医は1000人程度しかおらず、ほとんどが放射線診断を専門としており治療医はごくわずかです。 画像だけで治療計画を立てる放射線科医も多く、視診・触診を含めきちんと患者を診ることのできる医師の育成が求められています。

放射線への正しい理解が多くの「がん患者」を救う

――ただ、被爆国ということもあり、「放射線」という言葉にネガティブなイメージを持つ人も少なくないのでは。

西尾  医療被曝をメリットとデメリットの天秤にかけると、病気を発見するメリットがあります。 ものごとには裏と表があるし、良い面も悪い面もある。 要はバランスの問題で、そういう感覚をきちんと持つことが大切だと思います。

――がんは「適時発見・適切治療」が望ましいということですが、検診を受けるにあたってどのようなことを心掛けたらいいですか。

西尾  がんの中でも患者が多く治りにくいのは「肝胆膵」ですが、がん検診の項目には入っていません。 でも病気を見つけるのはさほど難しくはありません。 肝がんの場合は9割がウイルス由来で、C型7割、B型2割、アルコール性が1割です。 採血ひとつでC型あるいはB型の既往があるかどうかをチェックできます。 がんになるのはほとんどがウイルスを保持するキャリアの人なので、キャリアと分かったら2年に1度エコーを受ける。 その時に肝臓だけでなく胆嚢、膵臓も調べるのです。 そうすれば、肝胆膵の疾患を早期に発見できます。 キャリアでない人はリスクが低いので5年に1回でいいでしょう。

――胃の検診はバリウムと胃カメラがありますが。

西尾  1975年に胃がんで5万人が亡くなっており、その数は今も変わりません。 バリウムで発見できるのは多くは進行がんです。 胃がんの発症はピロリ菌が9割からんでおり、感染の有無は採血で分かります。 ピロリ圏感染が陽性の人は2年に1度胃カメラで検査すればいいです。 早期胃がんの5年生存率は95%で、内視鏡での粘膜切除で済む人もいます。

――女性特有のがんについては。

西尾  先ほども申し上げた通り、乳がんは比較的進行がゆっくりで8割が治る病気です。 ただ、患者はダントツに増えている。 1970年代、乳がん患者は1万8000人でした。 それが今は9万人を越えて女性のがんの中ではトップです。 増加している理由としては、食生活の欧米化などです。 アメリカは肉牛の生産性を高めるために女性ホルモン入りの飼料を与えている。 40年前に比べると日本人の米国産牛肉の消費量が5倍になっており、乳がんのようにホルモンに関係したがんも5倍に増加しています。

乳がん検診はマンモグラフィーが使われますが、被曝量が多いし高濃度乳房の人は見逃しがあるのでエコーを追加しています。 マンモだけに比べ併用の場合の発見率は1.5倍になるという報告もあります。 また、マンモは乳房を挟むから痛いのですが、最近は患者がうつ伏せになり乳房を穴の中に入れて下からエコーを当てて3Dで画像を撮るエコーも出ています。

子宮頸がんはウイルスが原因で、私が医者になった頃は子宮がんの9割が子宮頸がんで子宮体がんは1割でした。 今は4対6で子宮体がんの方が多い。 また、昔は子宮頸がんは50~60代が多く30代はほとんどいませんでしたが、今は30代がピークです。

――子宮頸がんワクチンは重篤な副作用が報告されています。

西尾  子宮頸がんのワクチンは初めて遺伝子組み換え技術で製造されたもので、予期しない副作用が出ている可能性が否定でせきません。 重篤な神経症状が出る人もおり、安全性の面では確かに問題があります。 そんなリスキーなことをやるくらいなら、がん年齢が近くなったら細胞診をすべきです。 細胞診なら子宮頸がんと子宮体がんの検査が一緒にできます。 1期の子宮頸がんであれば、円錐切除ですみ子供を生むことができます。 子宮頸がんのワクチンをすると4分の3に予防効果があると言われますが、子宮がん全体から見ると3割しか予防効果がないということです。

――ワクチンよりまず検診ということですね。

西尾  検診は肺がん検診から始まりました。 昔は結核対策で胸部写真を撮っていましたが、結核は戦後に激減し昭和30年代には検診の必要がなくなったため、肺がん検診に切り替わった。 普通、病院では直接胸部撮影を行いますが、日本対がん協会は未だに間接撮影を行っているので被曝量が多く見逃しやすい。 それなら、50~60代になったら2年に1回程度、低線量のCT検査を受けた方がいい。

検診については、診断技術を含め時代に応じて変化すべきですが、検診関係者が診断学の進歩に対応する変化がありません。 自分の体を労わるためにも上手にがん検診、健診を受けることをお勧めします。

――日本人の2人に1人ががんに罹る時代です。なぜ、がんは増えているのでしょう。

西尾  私が医者になった時20万人だったがん患者が今は100万人になりつつあります。なぜ5倍なのか。 がんは生活習慣病ではなく「生活環境病」だからです。 放射線や化学物質単体ではそう簡単にがんは誘発されません。 しかし、それらを一緒に与えると相乗効果で発がんが起こるのは70年代~80年代の動物実験で証明されています。

福島原発のトリチウム汚染水の海洋投棄は絶対に避けるべき

――体内の“複合汚染”ですね。

西尾  がんが増えている要因の一つとして、原発を稼働させると大気や海に大量に放出されるトリチウム(三重水素)が考えられます。 トリチウムは半減期12.3年の放射性物質で、ベータ線を出してヘリウムに変わる。 これは水の形で環境に放出されるため簡単には除去できません。 水素と同じ性質を持つため、口や皮膚から入ると血液中に取り込まれ、体内のたんぱく質や糖、脂質などと結合し有機接合型トリチウムとして体内に長く留まることが分かっています。

トリチウムは水素として振る舞うので、細胞核の中にあるDNAを構成している塩基の中に水素と置き換わり放射線を出してDNAを傷つけます。 また二重螺旋構造を形成している塩基は水素結合力で繋がっていますので、トリチウムがヘリウムになれば、塩基間の結合力も失われますし、塩基の化学構造式も変わります。

また、脂肪組織の乳腺はトリチウムの影響を受けやすく、アメリカの原発立地地域で乳がんが増えているというデータもあります。 染色体異常を起こすことや母乳を通じて子供に残留することも動物実験で報告されています。 人口10万人当りのがんの死亡率が道内で最も高いのは泊原発のある泊村で、2番目は岩内町です。 原発周辺地域では事故が起こらなくても、健康被害をもたらす原因としてトリチウムが絡んでいることが強く疑われます。

――福島原発事故によるトリチウム汚染水が問題になっています。

西尾  原発事故によるトリチウムの総量は3400兆ベクレル、14年3月でタンク貯留水の中に830兆ベクレルのトリチウムがあると発表されています。 国と東京電力は福島第一原発に溜まり続けるトリチウムを含む汚染水を「エネルギーが低く人体に影響はない」と安全性を強調し、海洋投棄に踏み切ろうとしています。 これは決して行うべきではありません。

――農薬や遺伝子組み換え食品の影響も懸念されます。

西尾  ネオニコチノイド系の農薬は脳の神経伝達物質アセチルコリンに作用し、小児の自閉症やアスペルガー症候群の増加をもたらしていることが指摘されています。

「全国がん登録」のデータが初めて分析され2016年の部位別では大腸がんが15万8000人と最も多いことが分かりましたが、食の欧米化だけでなく遺伝子組み換え食品も絡んでいるのではないかと思います。

――日本人が最も多く遺伝子組み換え食品を摂っていると言う専門家もいます。

西尾  大豆やトウモロコシは9割以上が輸入で遺伝子組み換えである可能性が高い。 大豆は納豆や豆腐として食し、醤油、味噌の原材料となり、トウモロコシもコーンスターチとして様々な食品に使われています。 遺伝子組み換え食品の影響を世界で一番受けるのは日本人の食生活です。 遺伝子組み替え食品の発がん性についてはフランスのセラリーニ博士が動物実験で証明しています。

種子法の廃止により、農家は高い種子を買わされ、我々の食卓には遺伝子組み換えがどんどん入って来るでしょう。 日本は食までもが完全にアメリカに握られてしまいました。 もっと問題意識を持たないと日本人はだめになると思います。

数多のエセ情報に惑わされず、がんと向き合い生きてほしい

――国のがん対策についてはどのようにお考えですか。

西尾  全国がん登録は日本のがんの罹患や生存状況を把握することでがん対策の基礎とするものです。 がん対策基本法に基づき、2013年に法制化され16年1月1日から診断症例の届け出が始まりました。 最新の集計によると、2016年にがんと診断された人は99万5000人で過去最多を更新しました。

がん登録をめぐっては、大阪府や宮城県などが昔から精度の高い「地域がん登録」を実施しており、これらの県の登録状況から全国のがん患者の推計値を算出していました。 さらに06年にがん対策基本法が成立してから、全国のがん診療連携拠点病院が指定され、そこでは「院内がん登録」が義務づけられ、データを国立がん研究センターが集計していました。 しかし、全てのがん患者が拠点病院で治療を受けるわけではなく、せいぜい6割前後なので本当の実数は分かりませんでした。

16年から始まった全国がん登録は、全国の全ての病院と都道府県が指定する診療所が対象になりました。 それを都道府県でまとめてから、国立がん研究センターが全国の実数を出す仕組みです。

――従来に比べ精度の高い実数が期待できます。

西尾  全国の病院といっても開業医は任意で、がんを見つけても専門医に送ったりするのでちょっと穴はあります。 また、がん登録の調査票作成に関わった委員たちは、現場のがんの臨床を知らない人達が関わり、また実際に登録業務を行う立場の人もいなかったので、登録項目やそのコード化があまりにもデタラメで完成度の低いものとなっています。 例えば、乳がんで乳房温存療法を行い術後に他の病院で放射線治療を受けた場合は、病院が変わっているので、一連の治療の中で行われているはずの放射線治療例の多くが二次治療例として登録されてしまう。

私はがん登録が始まる前年の15年10月に国立がん研究センターの堀田知光理事長に「この項目ではダメだ」と直訴し、厚労省の担当者にも説明に伺ったが、検討の余地はないと言われました。 不完全な選択項目が混在し、実際に入力する現場の医師や職員は大変苦労していると思います。 がん登録の問題に関しては、調査項目やコード化に大きな問題があり、早急に改善する必要があります。

前編の話に戻りますが、がん医療の世界ではいまだに近藤誠医師の「がん放置論」などがまかり通っています。 最近、この手の本は専門家の名を借りたゴーストライターが書いている場合が多いとされ、売れるのでひとつのビジネスモデルとして出版されているのです。 このような情報に惑わされず、がん治療に対する正しい知識を持ち、この時代を生き抜いてほしいと思います。

(了)


西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 08年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。 「市民のためのがん治療の会」顧問。 小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線治療医の本音―がん患者2万人と向き合って』(NHK出版)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え! 放射線の光と闇』(旬報社)など。 その他、専門学術書、論文多数
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