市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『被曝影響をフェイクサイエンスで対応する国家的犯罪(前編)』


(独)国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長
「市民のためのがん治療の会」顧問   西尾正道

はじめに

コロナウイルス問題で9年前の原発事故による健康被害の問題はほとんど報道されなくなった。 9年目を迎えた3月11日の報道ではトリチウムの海洋放出問題だけが、政府・行政側の安全だとする意見と漁業者側の風評被害を危惧する意見との対立として報じられたが、そこでは科学的な意見や議論は皆無であった。 そもそもフェイクサイエンスで塗り固められたICRP(国際放射線防護委員会)のまったく科学的な実証性のない非科学的な内部被曝のインチキ計算を基にエネルギーの低いトリチウムを海洋放出しても被曝線量は低く安全であるとし、夏以降に海洋放出しようとしている。 科学的・医学的知識の欠如したジャーナリズムの問題もあるが、利益のために国民をだまし続ける原子力ムラの対応は目に余るものがある。

福島原発事故から9年を迎えたが、事故直後に出された「原子力緊急事態宣言」下のままである。 そこで本稿では、現在までの福島事故後の規制値の変更(緩和)や、棄民政策とも言える出鱈目な対応についてまとめ、さらに汚染水の海洋放出を強行しようとしていることからトリチウムの危険性についても報告する。 コロナウイルス感染では数日で発症することから真剣になるが、低線量の健康被害はすぐには症状を呈さず数年単位の問題となるため問題意識が希薄となるが、放痴国家の嘘と隠蔽に科学的な知識で対応して頂きたいと思う。

1.棄民政策を続ける原子力ムラの事故後の対応

政府・行政・東電は御用学者・インチキ有識者とスクラムを組んでICRPのフェイクサイエンを基に無責任な対応をしているが、醜いことにその手法も偽装と隠蔽と誤魔化しを織り交ぜて国民を欺いています。 事故後9年を経過し、現在まで行われてきた被曝線量に関する規制値の緩和をまとめ資料1に示すが、原発事故後の政府・行政の手法は常に後出しジャンケン手法であり、基本的な姿勢は【調べない】・【知らせない】・【助けない】です。


事故直後の体表面汚染の測定において法律では13,000cpm以上であれば除染しなければ管理区域内にとどまらなければならないが、100,000cpmまで引き上げ放射性物質を付着させたまま退避させた。

特に一般人の人工放射線の居住基準としている年間1mSvを年間20mSvにまで引き上げ、いまだに変更することなく被曝を強要している。 従来の法律では一般公衆の年間被曝線量の規制値は1mSvとされていたが、20mSvに引き上げたのです。 参考までにICRPの勧告値の変遷を見てみると、1953年に初めて一般公衆の年間被曝線量の規制値を15mSvと勧告しました。 しかし低線量でも放射線の健康被害が長い経過観察により明らかとなり、1956年には5mSv/年とし、さらに1985年には1mSv/年(例外は認める)とし、1990年には1mSv/年(例外は認めない)とし、この勧告値が現在の諸外国の国内法にも取り入れられている。 したがって歴史的な経過から見れば、20mSv/年という線量はいかに異常かがわかる。

この異常に高い規制値を現在の放射線管理区域の規制値と比較したものが資料2である。


現在騒がれているコロナウイルスの感染ならば数日で発症する人もいるので関心を持ち対応に迫られるが、 年間20mSv程度以下の環境下での健康被害は晩発性に生じることから、放射線が原因と断定することは容易ではなく、因果関係を証明することは困難なことも多いため、うやむやにされてしまうのである。 医療施設内で放射性物質を取り扱ったり、放射線発生装置のある区域には上記の「放射線管理区域」の標識がある。 通常のX線診断のための撮影装置などは右側の白い標識で「医療法」や「電離則」という法律で規制されている。 また左側の黄色い標識は1MeV以上の高いエネルギーの放射線を扱う場合で「放射線障害防止法」で規制されている。 この標識の3つの赤い葉状のものはα線、β線、γ線を意味している。

この標識のある放射線管理区域の外の境界は、1.3mSv/3月=0.6μSv/h 以下としなければならない。 年間にすれば、5.2mSv/年 となる。 また放射線管理区域内では、飲食は禁止(医療法)され、18歳未満の人は作業禁止(労働基準法)である。 福島県民に強いている20mSv/年とは、20mSv/年/(24時間X365日)=2.28μSv/h となる。 年間20mSvとは放射線管理区域の境界の3.8倍(20/5.2)の線量なのである。 この状態は放射線管理区域内で子供も妊婦も生活し飲食もしているのであり、健康を守るために作られた幾つかの法律に違反した状態なのである。

現在でも福島県の居住地域は年間20mSv以下としているが、資料3にチェルノブイリ事故後の対応との比較を示します。


1990年に成立したウクライナ法でチェルノブイリでの居住可能線量は外部被曝と内部被曝を合わせた線量評価で行われ、 年間の外部被曝3mSvの区域で生活していれば、内部被曝は2mSvあるとして加算し、合計5mSvとし、これ以上の区域は強制移住としました。 そして1~5mSv/年の区域では移住しても、住み続けても良いとする「移住の権利ゾーン」とし、選択権を与え、高齢者夫婦が環境の変化を望まず、住み続けたい場合はOKとしており、極めて上手な落としどころとしています。

しかし日本では内部被曝は全く測定せず、考慮せずの姿勢で外部被曝線量だけで年間20mSvまでの区域で生活させており、チェルノブイリの基準の6.6倍(20/3=6.6)の場所に居住させているのです。

またさらにデタラメなことに、被曝線量を測定する空間線量を測定し表示するモニタリングポストは機器の内部操作により実際よりは40~50%低減させて表示しています。 この数値が新聞に掲載される線量となっているため、健康被害が将来出現しても線量との相関も分析できない状態が続いています。

資料4にモニタリングポストの問題のまとめを示す。 右上の2台のモニタリングポストが置かれた異様な風景が1年以上続いたが、右側は当初設置されたアルファ通信の機器であるが、政府・行政から内部操作しで表示値を低減させるように圧力がかかったが、 米国の軍隊が使用している国際標準の機器であり、そんな誤魔化しはできないと拒否してたら、契約解除された。 変わって設置され現在使用されているのは左側の写真にある富士電機製のモニタリングポストである。 この機器は内部操作で表示値を40~50%低減し表示している。

左上のグラフは富士電機の機器に変更となった時に矢ケ崎克馬氏(琉球大学名誉教授、物性物理学)が市民とともに福島県内のモニタリングポストの検査を行った時のデータである。 実際の測定値は赤点の値であったが、「ごまかしモニタリングポスト」の表示値は青点であり、多くの測定場所で40~50%の低い値であった。 ここまでして、被曝線量は低いと安心神話を振りまかなければならないのか。 社会正義もあったものではない。


2014年の秋にチェルノブイリを訪れた時に、事故を起こした原子炉から30Km離れた立ち入り禁止ゲート前の線量は事故から28年経過していたが、0.23μSv/h であった(資料4右下)。 この値は福島では除染基準としている線量である。

事故後9年も経過し、室内でも室外でもさほど線量は変わらないが、1日の生活では室内に16時間、室外に8時間いるとして計算し、0.23μSv/h であれば良しとしているのである。 「屋内の被曝率は屋外の4割、屋外に一日8時間いるとすると被曝線量は6割になる」という設定で0.23μSv/hと決めていることも「原子炉等規制法」違反なのだが、 こんな騙し計算をして福島住民にはチェルノブイリの立ち入り禁止地域内に住まわしているのである。

私は福島に行く時は病院で校正した正確な測定器を持参し、モニタリングポストの値をチェックしたが、やはりインチキな値が表示されていた。 資料4の左下の写真は、郡山駅前のモニタリングポストと同じ高さで持参した測定器の値と比較した値である。 モニタリングポストの表示値は0.169μSv/h であったが、私が持参した測定器では0.29μSv/h であった。 私の測定器が正確で100%だとすると、モニタリングポストは58%となる。 こうした表示値の低減操作は数台の測定器を使用し数か所で確認している。 体重100Kgのオデブちゃんが体重計は58Kgと表示されるようなものである。


9年間の政府・行政の事故後の一連の棄民政策とも言える対応の主な問題を資料5にまとめ示します。

事故直後の対応としては情報の非公開や隠蔽だけでなく、被曝線量の測定放棄と規制値の大幅緩和が特徴である。


原発事故後は規制値を緩和し、Cs-137の体内汚染を少なくする薬剤の配布も政府は禁止した。 事故発生の数年前に放医研の治験により、薬事法を通して薬剤として認可されていたラディオガルダーゼという経口薬があった。 この薬剤については資料6に示すが、腸管でCs-137をイオン交換して便として体外へ排泄させ約4割ほど除染できる薬剤である。


事故後にアイソトープを扱っていた企業が大量に輸入して配布しようとしたが、政府の政務次官のレベルで禁止された。 注射による薬剤投与などは現実的には大変であるが、経口剤の配布ならば被曝線量を少なくするため有効である。 政府にとって国民の被曝などには関心がなかったのである。

現在進行形の問題としては、前述したモニタリングポストの問題ばかりではなく、個人線量計のガラスバッジの値を帰還政策の騙しの手段として使用していることである。 事故直後に当時の国立がん研究センター理事長の嘉山孝正氏が大量のガラスバッジを集めて配布しようとしたが、これも政務次官のレベルでストップがかかったのである。 しかし半減期2年のCs-134などが半減し、全体として線量が低くなった2年後に政府はガラスバッジを一部配布し、 ガラスバッジで測ると年間1mSvを下回っているから避難指示区域以外の地域では避難する必要は全くないと閣議決定し、数値が低いので安心して帰還しても良いとする騙しの手段として利用した。 日本の法律では「原子炉等規制法」で、住民の外部被被曝線量は屋外の空間線量で判断すると規定されているので、この個人線量計の数値で評価することも法律違反なのです。

一般的なガラスバッジはα線やβ線の内部被曝は測れず、全方位からの放射線を正確に積算する機器ではなく、 主に正面からの放射線を測定する構造であり、また検出下限も大きいことから実際の被曝線量の5~10%の数値となる。 資料7にガラスバッジと空間線量率から算出した実効線量との関係を示すが、大幅な過小評価となるのです。


また、放射性廃棄物の基準は100Bq/Kgであり、これ以上の汚染物は管理区域内に保管されなければならないが、 法令基準を80倍に引き上げ、8,000Bq/Kgとし、放射性廃棄物を全国にばら撒いています。 まさに総被曝国家プロジェクトが進行しているのです。


こうした隠蔽・偽装・誤魔化しの姿勢の他に、根本的な問題は、放射線の人体影響の評価の間違いです。 ICRPの理論そのものが、核兵器製造や原子力政策を推進するために都合よく作成された疑似科学的物語なのですが、それを根拠にしていることです。 その典型的な一つが内部被曝の軽視・隠蔽であり、最近話題となっているトリチウムの海洋放出の判断に表れています。

内部被ばくの線量を預託実効線量係数という全く実証性のないでっち上げた係数を使用して限局した局所にしか放射線が当たっていなくても、 全身化換算してシーベルト(Sv)という単位で人体影響を議論すること自体がインチキなのです。 目薬は2~3滴でも点眼するから効果も副作用もあるが、この2~3滴を経口投与して全身の影響を評価するようなインチキ計算なのです。 次回の2020年4月14日掲載予定の後編では内部被曝やSvという評価不能の単位の問題、その典型的な例としてトリチウムの人体影響について報告する。


西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。08年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。 「市民のためのがん治療の会」顧問。 小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』 (日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』 ( NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線治療医の本音―がん患者2万人と向き合って』(NHK出版)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え! 放射線の光と闇』(旬報社)など。 その他、専門学術書、論文多数
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