市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『被曝影響をフェイクサイエンスで対応する国家的犯罪(後編)』


(独)国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長
「市民のためのがん治療の会」顧問   西尾正道

はじめに

前編では福島原発事故後の政府・行政のデタラメな対応を中心に報告したが、 本編では内部被曝の問題と、今年の夏頃に処分方法を最終決定するとされているトリチウムを含む汚染水処理の問題について報告する。 なお内部被曝の本態ともいえる放射性微粒子の問題は当会のホームページ上に掲載した【がん治療の今 > No.287 20160830】『放射線の健康被害を通じて科学の独立性を考える』 http://www.com-info.org/medical.php?ima_20160830_nishio を参考として頂きたい。 またトリチウムの健康被害の問題に関しては、【がん治療の今 > No.380 20181211】『トリチウムの健康被害について』 http://www.com-info.org/medical.php?ima_20181211_nishio も参考として頂きたい。 また本稿における資料の図表は講演のため作成したスライド原稿をそのまま使用し掲載することをお許し願いたい。 また「被爆」、「被曝」、「被ばく」の記載は本来区別すべきであるが、本稿では多くの場合は微弱な慢性的な被ばくとなる内部被ばくを論じることから、「被曝」で統一する。 内容的には紙面の都合で、放射線の健康被害に関しての基礎的な知識は保有しているとして論を進めさせて頂くことをお許し願いたい。

1.内部被曝を軽視・隠蔽する歴史

最近の週刊朝日2020年3月13日号で3号機は核爆発であったとする藤原節男氏の記事が掲載されていが、9年経過して初めて大手のジャーナリズムで報道された。 資料1は藤原氏のメール情報から引用した写真を合成して作成したものである。


水素爆発ではなかったため、事故翌日のネット上ではハワイなど各地でプルトニウムやウランが大量に検出されていた。 このため放射性微粒子がプルームに乗って東北・関東地方にも拡散した。この放射性微粒子の体内取込みこそが内部被曝に繋がることとなる。

この場合は核種の科学的特性や半減期やエネルギーの違いによって人体に種々の影響を与える。 すなわち内部被曝の人体影響は一言で言えば、「長寿命放射性元素体内取込み症候群」なのである。

こうした放射性微粒子の体内取り込みによる健康被害は深刻なので、原子力ムラの人達は逆に隠蔽する必要が生じる。 まず歴史的な経緯を含めこの内部被曝の深刻さを隠蔽する歴史的経緯を資料2に示す。


ほぼ正確に放射線の測定が可能となった1928年に「国際X線・ラジウム防護委員会」が設立され、医学利用における放射線の健康被害の問題に国際的に取り組みが開始された。 しかし、1946年に原爆製造を行ったマンハッタン計画に関与した物理学者が中心となり原子力利用における健康問題を検討するためにNCRP(米国放射線防護審議会)が設立され、 その第1委員会が外部放射線被曝限度に関する委員会、第2委員会が内部放射線被曝に関する委員会として活動を開始したが、 1950年にほぼNCRPの陣容でICRPが設立されたため、医学利用における放射線の健康問題の視点が希薄となり、核兵器製造や原子力政策を推進するための立場から健康問題を報告する組織へと変貌した。 その性格から、ICRPは1952年に内部放射線被曝に関する第2委員会の審議を打ち切り、深刻な内部被曝に関する報告はなくなった。

1952年から最も深刻な内部被曝を隠蔽する歴史が始まっていたのである。 ICRP設立当初の内部被曝線量委員会委員長 K・Z・モーガンは著書で『ICRPは、原子力産業界の支配から自由ではない。 原発事業を保持することを重要な目的とし、本来の崇高な立場を失いつつある』と述べている。 ICRPは内部被曝を排除し、人間の命と健康より産業界と軍の経費節減要求を優先させたのである。

そのため、広島・長崎への原爆投下後も米軍やGHQは内部被曝や残留放射線は無いとして対応した。 内部被曝の問題に気付いた肥田舜太郎医師への脅迫・拘束などの脅しはこのためであった。資料3に肥田舜太郎氏の著書の一部を示します。


原爆投下後に夫を探しに入市した奥さんは残留放射線と内部被曝により命を落としたのである。 土壌汚染も内部被曝の測定も行われていない福島の現状は原爆投下直後の対応と同様なのである。

2.インチキな内部被曝線量の計算

現在のコンセンサスとして放射線の人体影響の程度を評価するために使用されているのが、Sv(シーベルト)である。 各臓器の影響に関しては等価線量、全身的影響に関しては実効線量として、ともに単位はSvで表し、多いとか少ないと議論をしている。 しかし、この実効線量(Sv)という単位は本当に人体影響を評価できる単位なのであろうか。 物事を考えたり、評価する時に何らかの基準や規定や取り決めが必要となるが、 原爆投下などで全身が被ばくした場合は、百歩譲って外部被ばくの線量をSvで評価したとしても、内部被曝に関しては全身化したSvで評価することは全くできないのである。 なお外部被曝に関しても、医療被曝の線量評価として、胸部X線撮影の場合は××mSという線量が書かれているが、これも正確な線量とは言えないのである。 胸部写真を撮影した場合、一過性に撮影部位には放射線が通り抜け被曝するが、撮影部位以外の被ばくは微量な散乱線である。 ましてや内部被曝の場合は放射性微粒子と接している細胞・部位にしか放射線は当たっていないのであり、全身化換算したSvの単位で評価すること自体が全く非科学的であり、実証性の無いものなのである。 資料4に内部被曝の線量計算上の問題点を示す。


そもそもα線やβ線は1Kgの体積にまで放射線は届かないのに、1Kgに1J(ジュール)の熱量が付与された場合を1Gyの吸収線量と定義しているが、 これを基に放射線荷重係数や組織荷重係数を乗じてSvに換算するというトリックに気づくべきである。 内部被曝の線量計算では、放射性物質の近傍の限局した局所の細胞にいくら当たっているかを計算するのではなく、全身化換算するため超極少化した数値となる。 目薬2~3滴を全身投与量として全身的影響を議論しているようなものである。

そのため、がんの放射線治療においては照射部位の吸収線量Gyだけを使用し、Svのような単位は全く使用されることはない。

では実際に放射性微粒子が体内に取り込まれた場合、接している部位はどの程度被曝しているのかを検討すると、実際には放射性微粒子の5mm以内は正確な測定は困難なのである。 資料5に放射線の測定方法を示すが、発光現象や科学的な変化を検知して測定する方法もあるが、最も精度の高い測定法は指頭型線量計で電気信号として測定する方法である。 微粒子が接していても、電気信号は0.6ccの空間で希釈されて測定されるため、接している細胞の厳密な線量は測定不能なのである。


そのため、小線源を使用し内部被曝を利用した通常の放射線治療では線源から5mmの距離での線量を計算し、治療する投与線量としている。 5mm以下の線源近傍に関してはモンテカルロ法により計算し仮想の深部率計算を行うしかないが、資料6にセシウム137 (Cs-137)の深部率曲線を示すが、線源近傍は膨大な線量が当たっているのである。 Cs-137はβ線もγ線も出すが、γ線の場合では線源中心から1mmの距離(100%)の線量と比較すると、5mm深部では17.8%となっている。 β線においては0.08mmを100%とすると、5mm深部では0.3%となっており、放射性微粒子に接している細胞は膨大な線量が当たっているのです。 したがって事故当時に放射性微粒子が鼻粘膜に付着すれば鼻血の原因となるのです。 また私はラジウム(Ra-226)やセシウム(Cs-137)やゴールドグレイ(Au-198)やイリジウム(Ir-192)などの小線源を使用した内部被曝を利用したがんの放射線治療に従事してきたが、 治療後10年以上経過して放射線誘発がんを生じた数例は全て小線源治療例であった。 通常の外部照射で治療した人からは60Gy照射したとしても放射線誘発がん例は経験していない。 甲状腺がんが等価線量100mSv以下でもチェルノブイリ事故後に甲状腺癌が増えたのは放射性ヨウ素の微粒子が甲状腺内に取り込まれ、接している甲状腺の細胞が膨大に内部被曝しがん化したためなのである。

このようにSvという単位は被ばくしている局所の影響を評価できる単位ではなく、ましてや内部被曝を評価できるものではないのである。


ICRPの基本的な考え方は、「気体」の時の放射線量を測定し理論を構築しており、「微粒子」としての存在は想定せず考慮外としているため御用学者はこうした症状を理解できないのです。

熱エネルギーの付与の仕方をたとえると、外部被曝とは薪ストーブにあたって暖をとることであり、内部被曝はストーブ内で燃え盛る”まき”を小さく粉砕して、口から飲み込むことと言える。 どちらが危険かは猿でもわかる話である。 放射線の影響の原則は空間内や生物内におけるエネルギー分布の差によるのである。 放射性微粒子が体内に取り込まれた場合、どこに当たっているのかを検討することなく、取り込まれたベクレル(Bq)数をSvに換算して全身の影響を評価する手法そのものが内部被曝の深刻さを隠蔽する手法となっているのです。 資料7にBqとSvの関係を示す。 例えば1BqのCs-137を実効線量Svに換算する場合、経口摂取した場合は預託実効線量換算係数は0.013としているので、1mSvとなるのは77,000Bqの取り込みとなる。これは確実に致死量と言えるものである。


こうした核種ごとのBqからSvに換算する係数は科学的に全く実証性はないが、ICRPが勝手に決めているのです。 経口摂取か吸入摂取かによる取り込まれかたや生物学的半減期や年齢などの因子も加味して数理モデルで計算し、いかにも科学的な体裁を凝らしている。 しかし計算も複雑となり一般人は計算できず、現在はコンピューターでしか計算できない状態である。 専門家とか有識者も実際に内部被曝の計算をした方はいないであろう。 また内部被曝を考える場合の微粒子の粒子径サイズは一律5μm(いわゆるデフォルト)とし計算しているので血中にも入るより微小な放射性微粒子の影響は全く反映されることはなくなる。 PM2.5が問題となるのはこの程度のサイズの微粒子は呼吸器系から取り込まれれば、肺胞にまで入るから問題となるのです。 サイズによって体内動態は異なるが、5μmの微粒子だけを想定して内部被曝を考えることも人体影響を正確に評価できないのです。

資料8に微粒子のサイズの違いによる基本的な体内動態を示します。 現在大騒ぎとなっているウイルスのサイズは約100nm(1万分の1mm)であり、粘膜から血中にも侵入するのです。 またコロナウイルスはマスクを通過できますが、感染した人が飛沫を飛ばし、感染を広げないという点では意味があるのです。 タバコの煙は1μm以下なので肺胞にまで入り塵肺となり呼吸機能を低下させます。


こうしたある部位だけ限局して被曝する内部被曝も全身に均一に被ばくすると仮定して全身化換算し、仮想的な実効線量Svで評価しているのです。 その勝手な取り決めの内容は、 ①線量が同じであれば、外部被曝も内部被曝も同等の影響と考えるとか、 ②放射性微粒子近傍の細胞は膨大に被曝するので、がん化よりも細胞死の経路を辿るため、全体のリスクは低くなるのでより安全なのだという。 確かに放射性微粒子と接している近傍の細胞は線量依存性に死ぬ細胞もあるが死なない細胞もあり、膨大な被曝により遺伝子が傷つきがん化するのである。 資料9にICRPが全く科学的とは言えない頭脳で勝手に取り決めた線量評価法のまとめを示します。


福島原発事故後、内部被曝の測定は全く行わず、軽視・隠蔽の延長上に汚染水に溜まり続けるトリチウムの海洋放出の問題が繋がっているのです。

3.トリチウムの海洋放出は晩発性の健康被害を生じる

福島第一原発のトリチウムなどを含む処理水は2020年3月初旬現在、毎日平均170トンのトリチウムなどを含む汚染水が発生している。 浄化装置で放射性物質を減らした処理水の総量は約119万トンに上り、敷地内の保管用タンクは1000基を超えている。 処理水のトリチウム平均濃度は約73万Bq/Lで、トリチウム総量は約1,000兆Bqとされている。 東電は137万トン分のタンクを確保する計画だが、22年夏には満杯になるため、対応に苦慮している。

この処理水の処分方法に関して、国の有識者(?)が集まる小委員会が海に流す「海洋放出」か、蒸発させる「大気放出」の2つが現実的な選択肢だとする報告書をまとめた。

しかし、9年目を迎えた3月11日の報道ではほぼコロナウイルス問題に時間を割かれ、トリチウム問題は政府の方針と風評被害の対立のような論調で簡単に報じられた。

しかしトリチウムは新陳代謝や細胞の再生過程で有機結合型トリチウム(OBT)を形成する傾向を持っており、トリチウムの健康被害は風評被害ではなく、晩発性の健康被害となるのである。

トリチウムの健康被害の問題に関しては、 【がん治療の今 > No.380 20181211】『トリチウムの健康被害について』http://www.com-info.org/medical.php?ima_20181211_nishioにも基本的なことを掲載したが、 本稿では図表を加えてポイントを追加したいと思う。

トリチウムのβ線はエネルギーが低いという理由で、実効線量換算係数は極めて低く設定し、 内部被曝に関するインチキ計算により線量は低いので、海洋放出しても影響は少ないとして、風評被害を叫ぶ漁業関係者と対立している。 しかし、いかに薄めてもトリチウムを環境中に出す絶対量が減るわけではない。 資料10にトリチウムの海洋放出の問題に関する主な論点を示す。

これらの論点について論じるが、まずトリチウムの出すβ線の平均エネルギーは5.7keVと低く、Cs-137のβ線512keVの1/90であり、人体への影響は少ないとし、 国の放出基準(6万Bq/L)を毎日2リットル飲んでも年間で0.79mSvであり、国の食品からの被曝基準(1mSv)に達しない(実際は致死線量)ので心配ないと主張しているが、 これも前述したような内部被曝をSvに換算し超過少にするインチキ評価法で議論しているので全く根拠とはならない。 ちなみに、トリチウムの預託実効線量係数は0.000000019/Bq として内部被曝線量を計算しているが、換算係数の数値の根拠は全くないのである。


トリチウムのβ線の飛程は約10μm(細胞1個分)であり、極めて、限局した小範囲しか被曝しない内部被曝の全身影響をSvで評価し馬鹿げた議論をしているのである(資料11)。 Svという評価不能の単位で人体影響を評価している典型的な例がトリチウムの人体影響なのである。


トリチウムの半減期は12.3年だが、体内で水として代謝する場合は10日前後で排出されるとされるが、 水素として蛋白質や糖や脂肪組織などに有機結合型トリチウムとして入り込んでいる場合は体内に長く留まり、2カ月から年単位の期間、体内にとどまり放射線を出し続けているのである。

政府・専門家会議では、環境中で濃縮されない、生物濃縮もないとされているが、これも大嘘である。

自然界の光合成により、トリチウム結合糖類・トリチウム結合蛋白質・トリチウム結合脂質・トリチウム結合代謝物質・トリチウム結合エネルギー伝達物質などとなる。 人間は自然界の環境の中でトリチウムが結合し濃縮された野菜や肉を食すこととなるが、その過程を資料12に示す。


実際に原発周辺水域の魚介類から高濃度のトリチウムが検出されたとする報告がある。 ハンガリーのPaks原発の周辺では巻貝や肉食・雑食魚類から(Janovics,et al:Environ Radioact.,2014.)、 英国南部からはヒバマタ属海藻、ムール貝、カレイから(McCubbin:Mar PollutBull.2001)高濃度の有機物結合トリチウムが検出されている。

こうしてトリチウムは水素として体内に取り込まれた場合、トリチウム結合DNA・RNA前駆体として遺伝子情報を持つDNAを構築している4つの塩基も被曝することとなる。 またこの4つの塩基は水素結合力で二重螺旋構造を構築しているが、 有機結合型トリチウム(3H)の場合は、β崩壊してヘリウム-3(3He)に変化すれば、水素結合力は失われ、二重螺旋構造は脆弱なものとなるばかりではなく、塩基の化学構造式を変えることとなる。 資料13にトリチウムの細胞レベルでの影響について示すが、1細胞内のDNAに77億以上の水素原子が関与しているのである。


セシウム(Cs-137)はカリム(K)と、ストロンチウム(Sr-90)はカルシウム(Ca)と類似した体内動態を辿るが、トリチウムだけは物質の化学構造式まで変えるのである。 こうした深刻な人体影響を与えるものであるため、分離技術が未熟だったことから危険性を隠蔽してきたのである。 原子力政策を推進する人たちは内部被曝の計算を超極少化しSvで議論することにより安全・安心神話を作り上げてきたのである。 【嘘も百万回言えば真実となる】手法で、成書や医学教科書の内容としているのである。

特にトリチウム結合脂質は体内に残存する期間が長いため、脂肪組織が多い臓器の影響が考えられる。 その例として、脂質成分が多い乳房において乳癌の発生が多いことが疫学調査で報告されている。 資料14に米国の原発施設の設置地域と乳癌罹患者数の関連を示す。


1950年~1989年までの 40年間に、米国白人女性の乳癌死亡者数が2倍になったことにから統計学者 J. M.クールド氏は全米3053郡が保有する40年間の乳癌死亡者数を分析した結果、 乳癌の増加率には地域差が有リ、増加している1319郡に共通する要因として、郡の所在地と原子炉の存在との間の相関関係が存在する事を見つけ出し、 また乳癌が増加した地域は、その範囲が原子炉から半径100マイル((約160k m)に及ぶ事を突き止めている。 福島事故時に米国人に対して160Km以遠に退避するように指令が出たのはこのデータに根拠にしているのかもしれない。 体内に蓄積されて排出しにくい体脂肪組織である乳房・脳・生殖細胞などの影響は研究される必要がある。 最近の認知症や発達障害の増加は脂肪組織が多い脳へのトリチウムの影響も絡んでいる可能性は否定できないと私は考えている。

トリチウムの毒性は1970~1980年代に未来のエネルギーとして核融合が研究され、人体影響も研究されていたが、 その研究成果の一つとして、トリチウムはごく低濃度でも人間のリンパ球に染色体異常を起こすことを、放射医遺伝研究部長:中井さやか氏が日本放射線影響学会第17回大会(1974年10月7日 徳島市)で報告し、朝日新聞でも記事として報じていた。 また母乳を通して子にも残留することも動物実験で証明されている(1985年3月16日毎日新聞)。 こうした影響はドイツのKiKK調査で人間でも証明されている。資料15にKiKK調査の要約を示す。 基本的には原発に近いほど白血病の罹患者が増加しているのである。


日本国内でも原発に近いほど白血病罹患者の増加が報告されている。森永徹氏の資料をまとめた図を資料16に示すが、加圧水型原子炉でトリチウムを大量に放出する玄海原発のある佐賀県の分析である。


放射線感受性の高いリンパ球ががん化し白血病が多発しているが、他のがん種の発生にも関与している可能性も北海道の泊原発でのデータから推測されている。 資料17にそのデータを示すが、原発稼働後は道内180市町村の中でがん死亡率は泊村が一位、隣町の岩内町が2位、寿都町が3位となり、岩内湾に放出されたトリチウムが関与している可能性は否定できないのである。


なお動物実験の結果では、トリチウムの被曝にあった動物の子孫の卵巣に腫瘍が発生する確率が5倍増加、 精巣の萎縮や卵巣の縮みなどの生殖器の異常、脳の縮小、精神遅滞、脳腫瘍、周産期死亡率の上昇、そして発育阻害や奇形の胎児なども観察されている。

海洋放出の場合、原発稼働時に海へ垂れ流していたトリチウムの濃度限度(60,000Bq/L)より薄めて海洋放出を目論んでいるが、この方法が最も簡単でお金がかからない方法であるからである。

日本のトリチウム放出時の濃度規制値は沸騰水型原子炉である福島第一原子力発電所が日本で最初に稼働した際に、 年間約20兆Bqのトリチウムを排出していたので、日本の規制値をそのまま海洋放出できるように年間約22兆Bqとしただけの話であり、生体影響などは全く検討されていないのである。

原発からの放出基準はCs-137では90Bq/Lであるが、トリチウムは水の場合は60Bq/cm3、有機物の形態の場合は30Bq/cm3とされている。 しかし、注意すべきは単位が異なり、トリチウム以外の核種はリットル(L)であるが、トリチウムの場合はml3(cc)である。 60Bq/cm3は6万Bq/Lである。 これは視覚的なトリックである。 内部被曝線量を計算してCs-137の1/300の影響しかないと言っても実際にはトリチウムはCs-137の666倍(60,000/90=666)の濃度で垂れ流しているのです。

トリチウムの排出基準の6万Bq/Lの1%が有機結合型トリチウムとして取り入れられたら600Bq/kg となり、 同じβ線を出すCs-137の被曝で多臓器不全となり死亡した人達の臓器のCs-137濃度(200~500Bq)を超えることとなる。

自然界に存在するトリチウムの量は約100京~130京Bqとされ、大気水蒸気、降水、地下水、河川水、湖沼水、海水、飲料水、そして生物の体内に広く分布している。 飲料水など水として存在する濃度は0.1~1Bq/L と言われているが、日本では、食品・飲料水のトリチウムに関する規制基準はない。しかし、海外では飲料水の基準が設定されている。 日本には飲料水中のトリチウムに関する基準値はないため、原発からの排出基準の6万Bq/L が飲料水の基準と考えるしかない。

世界的には規制機関によって大きな幅があり、WHO は10,000 Bq/L、米国は740 Bq/L、EU は100 Bq/Lである。 なおカナダは7,000 Bq/L であるが、カナダの重水を用いる原子炉(CANDU炉)のトリチウム排出と、 その結果として周辺地域住民の健康被害(ダウン症,新生児死亡率,小児白血病の各増加)の報告があり、排出規制基準値は20Bq/L (OntarioDrinking Water Advisory Council の勧告)とされている。 資料18に各国の規制値を示す。 日本は【放射線、皆で当たれば怖くない】の世界であり、如何にでたらめかを理解して頂きたい。


トリチウムは自然界にも存在するものであり、特に危険なものではないと原子力ムラの人達は強弁するが、これもまやかしである。 資料19に自然界のトリチウム濃度の経年的変化を示すが、1950年頃の大気中のトリチウム濃度は、1970年頃の約千倍の濃度である。 これは大気中の水爆核実験などで膨大なトリチウムが環境中に放出されたためである。 大気中核実験は中止となったが、それ以降も世界中の原発などの原子力施設からトリチウムが垂れ流されているため、本来自然界にあるトリチウムの99%以上は人工的に作り出されたものである。 なお原発からの距離が近いほど大気中トリチウム濃度は高いこともカナダの5ヵ所の原発の測定データで判明している。 そしてさらに移行過程で生物濃縮も加わるのである。


2018年8月に福島県と東京で政府小委員会が開いた公聴会では、処理水に含まれるトリチウムをタンクでの保管継続を求める意見が多く出たが、意見を全く反映されずアリバイ工作の公聴会でしかなかったようだ。 原発のトリチウム水の“海洋放出”に対して漁業関係者らは反対し、また一部では風評被害により収入減となることから賠償や補償などの対応を要望しているが、 そうした問題ではなく、人類への緩慢な殺人行為であり、晩発性の健康被害をもたらす実害となることを認識すべきである。

最後に人体影響を正しく評価できないSvという単位で『多い・少ない』と議論するのではなく、実際には人体影響に関係する因子は多い。その主なものを資料20に提示する。


最後に

トリチウムは自然界にもあり、海洋には約0.2Bq/L含まれているとされています。 そこに6万Bq/L(海水の30万倍)まで許されるトリチウム汚染水が放出されてきた。それまではトリチウムの人体への影響は隠され、矮小化されてきたが、いよいよ無視できなくなったため、 日本原子力学会は大慌てで「トリチウム研究会」を開き、また政府も小委員会で処理方法を検討してきたが、こうした対応自体が実はトリチウムは危険であることを知っているからなのかもしれない。 しかし、お金と地位と立場を優先し、無知な政権にも忖度して専門家とか有識者と言われる人たちまで環境中への放出を唱えている。

そこには人の命や健康はどうでもよく、人間としての倫理性も社会正義も無い。

今後も陸上保管を継続すべきである。 長期保管するための敷地がなくなれば、廃炉が決定した福島第二原発の敷地には広大な東電の土地が空いていることから大型タンクを作り保管すべきである。 またモルタル固化による永久処分なども検討されているようである。

また日本の核施設(六ヶ所再処理工場)から環境への放出基準は無いため、六ヶ所再処理工場が本格稼働すると1億6千万Bq/Lの濃度で1日に600m3のトリチウムが野放しで放出されます。 原発1基の年間放出量のトリチウムを1日で出すこととなるのです。 こうした現状を考えれば、これを機会にトリチウムの分離技術を本気で開発すべきである。 開発後は世界中の原発から垂れ流しているトリチウムの問題も解決に向かうのである。

現に井原辰彦近大教授(無機材料化学)と大阪市のアルミ箔製造会社「東洋アルミニウム」のチームが、直径5nm以下の小さな穴が無数に開いたアルミ製フィルターを開発し、 トリチウム水を含んだ水蒸気をフィルターに通すと、トリチウム水だけが穴に残り、「条件によるが、ほぼ100%分離できた」(近大チーム)という。 聞くところでは現在、この技術の特許出願中とのことである。 また兵庫県の株式会社「アース・リ・ピュア」(代表取締役:田村岩男 )はマイクロバブル技術を使ってトリチウムの分離にメドを立てている。 これらのトリチウムを分離する技術を行うための機器・装置は高額なものではないため十分に対応できると思われる。

また放出の準備期間もあり、2022年の夏頃から放出予定であるとすれば、動物実験で安全性を再検討すべきである。 ラットの寿命は2年なので、2年間の動物実験を行い本当に影響がないのかどうかを確かめればよいのです。


トリチウムは自然環境中にも少量存在していたが、現在のトリチウムの大半が核兵器の実験に由来し、また原発稼働によるものであるため、その生物等への影響については、必要以上に矮小化されねばならなかった。 つまりは軍事機密だったのである。こうした歴史の延長上で安全論と風評被害論の対立として議論されているが、どちらの意見も科学的には正しくはない。

現代の人類は約20万年前からの歴史であるとされているが、この百年にも満たない20世紀中盤から人類史上画期的な進歩が起こったが、この科学・技術の進歩・発展は同時に負の側面も有している。

そして社会・経済・科学・医学・情報などの分野で大きな進歩と変化を起こしている。こうした社会では利益優先で不都合な真実は隠蔽される。 資料21に現代社会の構図を記すが、同時にこうした社会だけに自分の頭で考え判断し、また科学的な論理性と想像力を持って生きて頂きたいと思う。

コロナウイルスによるバンデミックで世界中が大騒ぎしているが、人間にとって健康に生きることが最も大事なことであり、失われて最も後悔するのは健康である。


感染症では早期に症状を呈することが多いが、低線量放射線の影響は晩発性となり、症状が出現するとしても線量依存性であり、線量が多ければ早く、少なければより遅れて症状を呈する。 コロナウイルスの感染に関しては、三密(密閉、密集、密接)を守れば、それなりに感染するリスクは少なくなる。

しかし生活環境中でのトリチウムの被害は避けようがない。 唯一、トリチウムをこれ以上環境中に出さないことしか身を守る方法はないのである。 人間としての見識を持ち、科学的・論理的な思考で想像力も持って、将来起こるトリチウムの健康被害を考えて頂ければと思う。 2018年にノーベル賞を受賞した本庶佑氏の言葉であるが、ICRPの報告書を基に書かれた教科書も疑えである(資料22)。


言葉足らずの長文となったが、トリチウムの問題に関しては、下記のインターネツト上の掲載記事なども参考として考えて頂ければと思います。

★日刊ゲンダイ Digital (公開日:2019/12/02) 注目の人 直撃インタビュー 【西尾正道氏 原発汚染水の海洋放出は人類への“緩慢な殺人”】
(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/265439) および
★BuzzFeed JAPAN 意見わかれる福島の処理水放出の「安全性」 その議論の構図 1/8(水) 配信
(https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200108-00010006-bfj-soci&p=1)

【嘘も百万回言えば本当になる】手法で、国民に催眠術をかけている状態から覚醒すべきである。 専門家とか有識者と言われる方々もフェイクサイエンスで書かれた教科書を盲信し、御用学者となるのではなく、自分の頭で考え、ICRPの催眠術から覚醒してほしいものである。 また医師も「Science for the Money」ではなく、「Science for the People」であってほしいと思っている。

(了)


西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 2008年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。 「市民のためのがん治療の会」顧問。 小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』 (日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』 ( NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え!放射線の光と闇』(旬報社)など。 その他、専門学術書、論文多数。
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