市民のためのがん治療の会
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『保険診療となったホウ素中性子捕捉療法』


(一財)脳神経疾患研究所附属 南東北BNCT研究センター
センター長 髙井良尋

1. はじめに

ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy: BNCT)は、従来の放射線治療とは全く異なる機序を利用したユニークな放射線治療で、 ホウ素と熱中性子との核反応で生成するα粒子(α線)とリチウム核を利用した治療法です(図1)。

BNCTの原理や歴史、原子炉での臨床試験に関しては、 京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)の小野公二先生(現・関西BNCT共同医療センター)が以前寄稿された「がん治療の今」(No.122, 20120926)に詳しく解説されておりますので、 本稿では総合病院に付設された加速器BNCT施設としては世界初の南東北BNCT研究センターの紹介と頭頸部癌第Ⅱ相試験から保険診療として治療を行っている現在について紹介します。



2. 南東北BNCT研究センター

総合南東北病院では、福島県の「国際的先端医療機器開発事業費」から補助金を受け、右表の経緯でBNCT用加速器システムを導入し、南東北BNCT研究センターを設立しました(図2)。

当センターでは、2016年1月より、京都大学原子炉実験所と共同で再発悪性脳腫瘍(再発膠芽腫)、 2016年6月より当センター単独で再発/局所進行頭頸部癌に対し第Ⅱ相臨床試験(企業治験)を開始し、いずれも2018年に終了しました。 頭頸部癌に関しては、その結果をもって薬事申請し、2020年3月に薬事承認され、6月1日より保険収載され実臨床が開始されました。 脳腫瘍に関しては現在薬事申請の手続きが進められているところです。




3. 加速器BNCTシステムの構成と治療

図3に南東北BNCT研究センターの加速器BNCTシステムの見取図を示します。 加速器室、照射室、照射準備室、そして線量評価に必要な血中ホウ素濃度の測定のためのICP-AES装置を備えた血液検査室で構成されています。

このシステムは陽子エネルギー30 MeV,最大2mAの陽子電流出力が可能なサイクロトロン(HM-30)とベリリウムターゲットを組み合わせたシステムで、 Cyclotron-Based Epithermal Neutron Source (C-BENS)と呼称されておりますが、京都大学原子炉研究所と住友重機工業との共同研究にて2009年に開発された世界初の加速器BNCTシステムです。 治療室が2室あるのが当センターの特徴で、ビームラインはいずれも水平ビームとなっています。


別フロアには事前に治療体位の決定や患者固定具を作成するためのシミュレーション室や治療計画用CT室、 そしてホウ素薬剤を点滴投与するための待機室を5室設けるなど、将来的により多くの患者さんに本治療を提供することを見据えた設計としています。

中性子は照射口から出ると広がる性質をもつため、患者さんは治療前に照射準備室で必要な臥位または坐位の姿勢で照射口に十分密接するように固定する必要があります。 患者のセットアップにおいてこの点がX線や粒子線治療と大きく異なるところであり、このセットアップに2-3時間を要します(図4) (通常のX線治療では癌がどこにあっても患者は治療台の中央に固定すればよく、一人10分程度でセットアップが可能です)。 治療では患者は2時間の点滴静注でホウ素薬剤(ボロノフェニールアラニン、Boronophenylalanine:BPA)投与を受けたのちに照射準備室から照射室へと自動搬送されますが、BPA投与は継続したままで中性子照射を受けます。 BNCTは基本的に1回の治療で終了し、1回の照射時間は通常40分前後です。



4. 再発/局所進行頭頸部癌に対する第Ⅱ相臨床試験

南東北BNCT研究センターでは2016年6月に開始され2018年2月に終了した再発/局所進行頭頸部癌に対しての第Ⅱ相臨床試験(企業治験)結果をもって薬事承認、 保険収載されたことは上記しましたが、その試験結果を以下に紹介します。

対象は、切除不能非扁平上皮癌と切除不能再発扁平上皮癌で、主要評価項目はBNCT施行日から90日以内の奏効率(腫瘍縮小効果)(ORR)、副次評価項目は全生存率他6項目と有害事象等です。 全登録症例は21例で、手術不能再発扁平上皮癌(rSCC)8例、手術不能再発/局所進行非扁平上皮癌(nSCC)13例でした。 完全奏功率/部分奏功率は全例で24%/48%、rSCCで50%/25%、nSCCで8%/62%、90日ORRは全例、rSCC、nSCCではそれぞれ71%、75%、69%でした。 外部対象として設定された再発扁平上皮頭頸部癌に対する抗がん剤による第Ⅲ相ランダム化比較試験(EXTREAM試験)の対照群として設定されたCDDP+5FUの奏効率20%に比し極めて良好でした。 有害事象は脱毛、吐き気等の消化器症状、味覚異常、口内乾燥など多彩ではありましたが、ほとんどがgrade2以下でした。 grade3で症候性のものは粘膜炎、頭蓋内感染、皮膚炎がそれぞれ1例ずつでありましたが、頭蓋内感染、皮膚炎の症例は登録時にすでに頭蓋底浸潤や皮膚浸潤により炎症を起こしていた症例であり、非常に安全で有効な治療法であることが示唆されました。

5. 保険診療

2020年6月1日より保険診療が開始されましたが、9月末現在で30例(31回)の手術不能・再発頭頸部癌症例に対してBNCTを行いました。 患者背景を下表に示します。 男女比20:10、平均年齢70.3歳、原発部位は口腔癌、咽頭癌で20例を占め、組織型は29例が扁平上皮癌でした。


図5、6に症例を提示します。 図5は70歳台男性、左上顎洞癌で上顎部分切除術+化学放射線療法を受け、1年後に再発した症例です。 頬部皮膚に浸潤した部分と上顎洞内の再発癌がBNCT後1カ月でほとんど消失しています。 図6は80歳台女性、左上顎歯肉癌で動注化学療法+放射線治療を受けた後1年半で再発。 BNCT1カ月後のMRI画像では残存腫瘍は認められず完全奏効が示されました。 内視鏡像でも鼻腔、上顎洞内の大きな再発癌が消失しているのがわかります。

保険診療が開始されてからまだ4カ月しか経っていませんので、全症例の統計解析はできませんが、図5,図6症例の初期効果は驚異的なものでした。




6. おわりに

BNCTは、腫瘍細胞選択的な放射線治療であり、正常組織には重篤な障害を与えることなくがん治療が可能な画期的な治療法です。 BNCTが、がん治療手段の一つに加わることにより、一つのがんに対して、特に頭頸部癌に対しては3度の根治治療が行えます。 手術および根治的化学放射線療法(chemoradiotherapy:CRT)後再発し、他に治療法のなくなった症例でも、3度目の治療としてBNCTを根治的治療として行うことができます。 この治療の順番を逆にして、BNCTを先行させ治癒するような症例では非常に良好な生活の質を保ったままでの治癒が可能となりますし、 BNCTは手術やCRTに対する耐容性をあまり下げないので腫瘍が残存したり、再発した場合でも安全に標準治療を追加することが可能と思われます。 腫瘍が残存した場合には縮小手術や照射体積を減じたCRTを追加するような生活の質を高めるような治療法が将来的には可能になるかもしれません。 このようにBNCTは癌治療にパラダイムシフトを起こしうる治療法になると思われます。 保険診療となった加速器BNCTが多くの難治癌に苦しむ患者さんに福音をもたらすであろうことを確信しています。


髙井 良尋(たかい よしひろ)

1976年・福島県立医科大学卒業、1983年・東京大学大学院(放射線基礎医学)修了。
1983年・東北大学医学部助手(放射線医学講座)、 1985年・東北大医学部講師。 1990-1991年・ブリティッシュコロンビア州立がんセンター(カナダ)客員臨床・基礎研究員、 1996年・東北大学医学部附属病院助教授(放射線部)、 2005年・東北大学医学部保健学科教授、 2008年・東北大学大学院医学研究科保健学専攻教授(放射線治療学)、 2010年・弘前大学大学院医学研究科放射線科学講座教授、 2016年・弘前大学名誉教授。
2016年・南東北BNCT研究センター センター長 現在に至る。
日本放射線腫瘍学会元理事、元会長。日本中性子捕捉療法学会元会長。
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