市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『隠蔽され続ける内部被曝の恐ろしさ』


北海道がんセンター 名誉院長
西尾 正道
トリチウム汚染水処理については、政府は10月末に海洋廃棄の方向で決着する意向であったようだが、どうやら1か月延期され、11月末の決着になりそうである。
市民のためのがん治療の会は活動方針の一つとして「がんは『生活環境病』という考え方の普及啓発」を掲げており、 この時期にどうしても「トリチウム汚染水の海洋廃棄に強く反対する」ことをアピールしておく必要がある。
ここでがんは「生活環境病」という考え方の普及啓発について少し説明すると、 高血圧、糖尿病、脳血管障害、がん、心疾患などは「成人病」と言われていたが、 1980年代頃から若年者にもこれらの疾病が見られるようになり、生活習慣が大きなファクターと考えられるようになったことから、がんは「生活習慣病」と言われるようになった。 これに対し当会顧問の西尾正道先生は、がんは放射線、たばこ、農薬、化学物質など多くの有害物質の多重複合汚染によるものという見解を示された。 当会はこの見解を重視し、この考え方を普及啓発する活動を行っている。
直接の利害関係者である漁業従事者はじめ漁協等は当然反対を表明しているが、反対理由は「風評被害が心配」ということで、 それを受けてメディアも「風評被害」を問題にしているが、当会としてはこの問題は「うわさ」ではなく、正に「実害」であると考え、海洋投棄には強く反対したい。
そこで泊原発の廃炉をめざす札幌北区の会“ハイロ通信From北区”第5号 2020 11 .13 に寄稿された「隠蔽され続ける内部被曝の恐ろしさ」の掲載原稿をご許可を得て転載させていただき、 あらためて放射線の健康被害についてとらえなおしてみたいと思う。ご協力に感謝します。
なお、トリチウムについては西尾先生が「がん医療の今」 No.380(2018年12月11日)『トリチウムの健康被害について』http://www.com-info.org/medical.php?ima_20181211_nishio としてご寄稿いただいているので、併せてご覧いただきたい。
(會田 昭一郎)

原爆開発の過程で内部被曝が最も深刻な健康被害をもたらすことを米国は把握しており1943年から軍事機密扱いとされていた。 放射線の健康被害に関する報告や勧告を出している国際放射線防護委員会(ICRP)は核兵器製造や原子力政策を推進する立場で活動している民間組織である。

ほぼ放射線の正確な測定が可能となった1928年に医学利用における安全管理を目的に「国際X線およびラジウム防護委員会」が設立されたが、 戦後にマンハッタン計画に関わっていた人達が合流して1950年にICRPが設立された。 こうした経緯から、放射線の健康管理は、医学利用よりも原子力政策を推進するための報告と勧告が主な目的となった。 そのため、ICRPに組織内で第1委員会が「外部放射線被曝限度に関する委員会」、第2委員会が「内部放射線被曝に関する委員会」であったが、1952年には内部放射線被曝に関する第2委員会の審議を打ち切った。 内部被曝に関する深刻な報告書が出されると困るからである。 最も深刻な内部被ばくを隠蔽する歴史は1952年から国際的に始まっていたのである。 ICRP設立当初の内部被曝線量委員会の委員長で、放射線衛生学の父と言われたK・Z・モーガンは、『原子力開発の光と影―核開発者の証言』(2003年刊、昭和堂 ; 153頁)において、 『ICRPは、原子力産業界の支配から自由ではない。原発事業を保持することを重要な目的とし、本来の崇高な立場を失いつつある。ICRPはα線とβ線による内部被曝を排除した。その理由は人間の命と健康より産業界と軍の経費節減要求を優先させたため』と記している。 換言すれば、原発作業員の安全を考慮すると原子炉の運転はできなくなるからなのである。

こうした歴史的経過により、内部被曝に関しては隠蔽・軽視されたICRPの報告や勧告の内容が、 我国をはじめとして諸外国の放射線管理に関する国内法に取り入れられ、医学教科書もICRPの内容で書かれており、世界中の人々がICRPの催眠術にかけられている状態なのである。

嘘も百万遍言えば本当になる手法であり、科学の内容も目的や立場によって作られるものなのである。 いかにも一見科学的な体裁をした疑似科学的物語を鵜呑みにして議論しているのである。 ICRPの最大のインチキは、放射線の人体影響は色々な被ばく形態で影響度は異なりますが、全身の影響の指標として実効線量:シーベルト(Sv)という単位に換算して議論していることです。

しかし、単純に考えても放射線の影響は基本的に被ばくした細胞や部位は影響を受けるが、被ばくしていない細胞や部位は影響を受けないのです。 すなわち被ばくのエネルギー分布が考慮されていません。 また急性に被ばくするか慢性的被ばくかで違います。 たとえて言えば1升酒を一晩で飲むか、1年で飲むかでは酔い方は違います。 また、全身の被ばくか局所的被ばくかでも違います。 がん治療の病巣には致死線量と言われる10倍の線量を照射して治療しますが、限局したがん病巣にだけ照射するので、死ぬことはありません。 さらに外から一過性に被ばくする外部被ばくと連続的に被ばくし続ける内部被ばくでは影響が異なります。 誰が考えてもおかしいと思いませんか。 外部被ばくと内部被ばくをたとえれば、外部被ばくとは薪ストーブに近寄って暖を取り温まること、内部被ばくとは薪ストーブの中で燃え盛っている小紛を口から入れることです。 どちらが危険化は猿でもわかりますが、ICRPの催眠術にかかっている人間には理解できないのです。

内部被ばくは放射性物質を呼吸や食品から摂取したり、開放創の傷口などから体内に入って、放射性物質の限局した小範囲にだけ放射線が当たります。

人体に取り込まれた放射性物質から微量であっても照射され続けるという極めて長期的・連続的に放射線を浴び続けることとなり、人体への影響はより強いものとなります。 したがって医療でCT撮影では撮影部位だけ一瞬被曝するのに数mSvであるなどと言って比較して語るのは適切な比較ではなく、誤魔化しなのです。 また画像診断や放射線治療では患者に利益をもたらすものであり、被ばくするのは撮影部位や治療部位だけの局所被ばくであり、当該部位以外の被ばくは極微量な散乱線である。 内部被ばくを伴う放射性物質からの被ばくとは全く異なるものであり、線量を比較すること自体が間違いなのである。

さらに、一過性に放射線を浴びる外部被ばくと、体内で放射線を出し続ける内部被ばくの影響を全く科学的根拠もなく、 実証もされていない預託実効線量係数という内部被ばく線量の換算係数をでっちあげて、 「外部被ばくも内部被ばくも線量が同じであれば人体影響は同等と考える」とICRPは勝手に決めているので、 内部被ばくは極めて極少化した数値とする計算上の操作をして、影響を軽視するようにしているのである。

この内部被ばくの線量計算のインチキをたとえると、目薬は2~3滴でも眼に滴下するので、 点眼した眼にだけ効果も副作用も見られるのであるが、その目薬2~3滴を口から投与して、 全身投与量に換算して全身の影響を評価するSvというインチキ単位で内部被ばくも線量評価を行っているのである。

戦後の核実験でセシウムやストロンチウムなどの長半減期核種の放射性物質が最終的には海に行き、魚介類などを通じて人間の体内にも入りました。 そのため、1950年頃より世界中でがん罹患者が増加しています。 資料1は厚生省に勤務していた時に母子手帳の制度を作った瀬木三雄氏が東北大学の公衆衛生学教授となり研究調査して発表したものである。 日米もスエーデンでもがん罹患者の増加が見られます。 これは放射線微粒子として体内に取り込んだためと考えられます。 核実験で外部被ばくを受けたためではなく、核分裂で発生した放射性物質の取り込みによる内部被ばくが原因なのです。

資料1 戦前・戦後のがん罹患者数の推移

福島原発事故において、1号機は水素爆発でしたが、3号機は核爆発でした。 そのため、放射性微粒子がプルームにのって全国に飛散しました。 事故後の3月15日に筑波市の気象研究所がPM2.5を測定していたら、大気中に浮遊しているセシウムを含んだ微粒子を検出しました。 この微粒子をしばらく水に漬けて取りだしても全然形が変わらないので、水に溶けない不溶性の微粒子だとわかっています。 私は南相馬市の某市会議員に電話して、小学校の前のダストサンプラーのフィルターを送って貰って、それをX線フィルムに重ねて現像したら、大小さまざまの沢山の微粒子が映し出されました。 事故後2年以上経過していましたが、こうしたセシウムの放射性微粒子が空気中に浮遊しており、肺に取り込まれたりしているのです。 そして微粒子のサイズによっては血中に入るのです。放射性微粒子の写真を資料2に示します。

資料2 内部被ばくをもたらす放射性微粒子

なお、岩波書店の『科学』という雑誌の2016 年8月号に、この年の3月に退職した広島大学の放射線医科学研究所という御用学者の巣窟のような施設で、 放射線の人体影響を研究していた大瀧慈氏が論文を載せています。 この論文のタイトルが、「広島原爆被爆者における健康障害の主要因は放射性微粒子である」というものです。 やっと放射性微粒子による内部被曝が実は深刻な健康被害をもたらすことに気づいてくれたのです。 この論文を読んで、私は大瀧先生に「70 年経ってやっと分かってくれましたか!!!」とメールしたくらいです。

内部被ばくがより危険なのは被ばくしているエネルギー分布によるものです。 放射性微粒子に接している細胞は膨大な線量が当たっているからです。 資料3にセシウム(Cs-137)の水中での深部率曲線を示しますが、ガンマー線では微粒子から1mm離れた部位を100%とすると、1cmのところでは53.6%となり、ほぼ半減しています。 またCs-137はβ線も出しますが、0.08mmを100%とすると2mm離れれば5.1%となります。

資料3 Cs-137の深部率曲線

このように線源からの距離で被曝線量は大きく異なりますが、 それを臓器平均化線量として換算する等価線量(Sv)とか、全身化換算して実効線量(Sv)という単位で被曝影響を議論していることがインチキなのです。 私が行ってきたCs-137などの線源を使用した内部被ばくを利用した治療では線源から5mm離れた地点での吸収線量(Gy)を計算してがん治療を行っていました。 医学ではBqかGyしか使用しません。 インチキなSvという単位は全く使用できませんし、使用していません。

放射線というのは必ず中性子線以外はプラスかマイナスに荷電されています。 空気中の埃などと一緒になって小さな微粒子になります。 今問題になっているコロナウィルスは100ナノメートル(nm)です。1ミクロン(μm)というのは1㎜の1,000 分の1です。 nmはμmの千分の一単位ですから、100nmとは1万分の1㎜です。 このサイズから粘膜も血管壁も細胞膜も通りますので、血中に入ります。 だから放射性微粒子がこのサイズだったら身体の中に入ってしまいますし、胎盤を通じて胎児にも影響を与えるのです。 こうした知識があれば、空気中に浮遊している放射性微粒子が鼻粘膜に付着すれば鼻血が出ることも理解できるでしょう。 風評被害ではなく、実害なのです。


西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 2008年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。「市民のためのがん治療の会」顧問。 小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』 (日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』 ( NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え!放射線の光と闇』(旬報社)など。 その他、専門学術書、論文多数。
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