市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
ALPS処理水の海洋放出について

『本当にトリチウム汚染水は安全なのですか?』


環境計量士・公害防止管理者・作業環境測定士
米山 努

(1) 結論ありき「海洋放出」

今、福島原発のALPS処理水が海洋放出されようとしています。 政府の小委員会は、これ以上の貯槽保管は難しく、大気放出か海洋放出かの選択肢しかないとしました。 その二者択一の選択肢の中では、技術的・経済的に見て、海洋放出が最善であると結論付けましたが、私たちは唖然としました。 そもそも大気放出など考えられません。 技術的・経済的にも話になりませんが、この方法は近在の住民にトリチウムの放射能をまき散らす、悪夢のような最悪の手法です。 近在に住んでいる住民・市民はたまったものでありません。 原発事故当時のように毎日放射能を浴びることになってしまいます。 そして、それが嫌なら計画通りの「海洋放出」ですか。 被害者である住民(国民)を愚弄するのはいい加減にしてほしいものです。

そもそもこの小委員会なるものは何者なのでしょう。 身内のものだけを集め、結論ありきの提言をもったいぶって発表したのです。 公聴会で最も意見の多かったタンク貯蔵に対しては、「用地が工面できない」とあっさり拒否しました。 この結論は、とうてい真剣に検討した結果とは思えません。 経済的理由を一番に上げていますが、なぜか東電と行政にはやる気がなかっただけだと思います。 放射性残土を全国から早急に集積する必要に迫られた「中間貯蔵施設」の時は、結構強引に用地確保を進め、実施しました。

(2) 海洋放出は安全か?政府の見解

そこで海洋放出ですが、本当に安全で問題がないのでしょうか。 この9月3日に、私たちは、資源エネルギー庁の木野参事官をいわき市文化センターに迎えて、意見交換会を実施しました。 その際に提出された経済産業省の資料では、次の2点が安全であるとする主な論拠となっております。

  • ①世界の原子力施設ではトリチウムが放出されていますが、 それら原子力関連施設周辺で共通にみられる(=トリチウムが原因と考えられる共通の)影響の例は見つかっていません。
  • ②処理水を放出した場合の影響は、 「仮にタンクの全量(860兆ベクレル)を一年で処分した場合でも、日本で生活する人が1年間に自然界から受ける放射線(2.1mSv/y)の千分の1以下と、十分に小さいものです。

もう一つの表現として、 「トリチウム水の環境放出基準の1ℓ当たり6万ベクレルは、毎日、その濃度の水を2ℓずつ飲み続けた場合、1年間で1ミリシーベルトの被ばくとなる濃度です。」があります。

(3)安全への疑問

(3)-1 世界の原発(核施設)周辺での健康被害

(外国の事例)

A:カナダのピッカリング原発は、トリチウムを大量に発生する重水炉型原子炉ですが、稼働後間もなく、周辺住民の健康被害が発生しました。 その内容は、「小児白血病や新生児死亡率が増加し、ダウン症候群は85%も増加した」等の内容でした。
(http://cnic.jp/filos/20140121_Kagaku_201305_Kamisawa.pdf…カナダ原子力委員会報告書INFO-0300-2参照)

B:イギリスのトロースネイズ原発では、周辺住民の乳がん発生率は5倍、白血病は8倍、すい臓がんは5倍などとする報道(週刊金曜日・2007.8.24)があります。 また、イギリスのセラフィールド再処理工場周辺で小児白血病が増加したとする事件(International Journal of Cancer/pp.437-444,vol.99,2002)では、 サザンプトン大学のガードナー教授は原因核種としてトリチウムとプルトニウムを挙げております。

C:フランスのラアーグ再処理施設では、周辺の小児白血病の発病率が通常の3倍になったとして訴訟が発生しております。 また、フランスの国立保健医学研究所発表では、「各原発から5km圏内の子供の白血病発病率は通常の2倍」とありました。

D:ドイツ環境省発表(KiKK調査)によれば、「各原発から5㎞圏内の小児がんは通常の1.6倍、小児白血病は通常の2.2倍」と発表しております。 (原子力資料情報室通信、405号,2008/3/1)

(3)-2 国内の原発(核施設)周辺での健康被害

まず、下表をご覧ください。


主な加圧水型原発と沸騰水型原発のトリチウム放出量(2002~2012年)と原発立地自治体住民の死因別死亡率(対10万人)
立地自治体 炉型 原発名 トリチウム放出量
(テラBq)
白血病 循環器疾患 心筋梗塞
玄海町 加圧 玄海原発 826.0 23.5 338.8 44.3
薩摩川内市 加圧 川内原発 413.0 17.6 401.9 49.6
伊方町 加圧 伊方原発 586.0 29.1 580.5 67.4
高浜町 加圧 高浜原発 574.8 7.6 404.2 77.8
おおい町 加圧 大飯原発 768.0 9.6 407.6 92.3
松江市 沸騰 島根原発 4.3 7.4 148.8 21.2
柏崎市・他 沸騰 柏崎原発 6.9 6.6 197.8 50.7
女川町 沸騰 女川原発 0.2 7.0 291.9 73.4
東通村 沸騰 東通原発 0.7 0.0 113.1 27.1
(元純真短期大学講師・医学博士森永徹氏による)

上表では、平均的に、加圧水型原発は沸騰水型原発に比べて、トリチウムの放出量が約100倍高いのです。そして、白血病の死亡率を見ると、加圧水型原発のほうが約3倍も高いのです。次いで、国内での具体的健康被害事例を示します。

a:青森県六ケ所再処理施設で、「ここ数年の年間の新患数は、白血病25~40名、悪性リンパ腫70~90名、多発性骨髄腫15~20名、骨髄異形成症候群30~40名で、東北地方で最多数である。」という青森県立中央病院からの発表がありました。

b:北海道泊原発(加圧水型)では、「泊村の年間がん死亡率(人口10万人当たり)は、約800人で、全国平均の300人の約2.6倍」という、北海道健康づくり財団による記事がありました。

c:福井県敦賀原発(加圧水型)では、「風下3集落の悪性リンパ腫発生率は、全国平均の10倍」という記事が、宝島社発行の書物にありました。

d:佐賀県玄海原発(加圧水型)では、「近隣11の市町村の白血病死亡率は、10万人当たり30人で、全国平均6人に対して5倍もあった。(2006年)」と言う、壱岐新報の記事がありました。

(3)-3 原発による健康被害とトリチウム

前記の事例のように、原発に関わる健康被害のニュースは、国内では、トリチウム発生量の多い加圧水型原発周辺地域に限られています。 また、トリチウムを大量に発生する再処理施設では、どこの国でも白血病の増加など、住民の重大な健康問題が発生しております。

残念ながら、日本では、原発に関わる健康問題に対し、公的機関による系統的な調査が行われません。 あるいは発表されません。 福島原発事故でも同じような流れになっていると思います。 恣意的な要素があるのでしょうか。 残念でなりません。

一方、経産省の説明書では、「トリチウムの影響は見つかっていない」と言うばかりですが、 その文面の中に、「トリチウムが原因と考えられる共通の影響」と言う、回りくどい言い回しが付け加えられています。 この文言はいつから付け加えられたものでしょう。 「共通の影響」とは何なのでしょう。 煙に巻くような文言です。 なにか言い逃れし易いような表現が加わりました。

元々、原発関連での放射線被曝による健康被害で、一対一の関係がはっきりしているのは、ヨウ素131による甲状腺がんの発生くらいです。 他の健康被害症例では、一つの核種に絞り込むことが難しく、実際いくつかの核種が複合的に影響しあっていることもあるようです。 症状がゆっくり進行し、病名がはっきりするまでに、数年から10年くらいかかるような癌などの場合、原因核種が一つとは限らない場合もあります。 全く異なる他の要因が加わることもあります。 全く共通する条件など、めったにありません。 そのようなことを共通と言う言葉に含めて言っているのでしょうか。

私たちは普通、統計的な有意性があるかないかをもって、その影響があるかないかを判断します。 上記に示した、内外の健康被害例はいずれも統計的に有意性のある健康被害の実例なのです。 そして、トリチウムだけの影響とは言い切れませんが、トリチウムが大いに絡んでいる可能性があるのです。 それなのに、影響の事例がないなどと平気で言います。 現実の状況は危険性いっぱいなのですから心配するのも当然でしょう。 被害者(国民)の立場に立って健康問題を真剣に考えてください。 その為には、核エネルギー開発者の立場から離れた第三者による、医学的、衛生学的な試験・研究データ(例えば薬事法上の毒性試験データ)を早急に揃えることが必要です。 その上で、利害が絡む人だけでなく、人間の健康を真剣に考える医学や衛生学の専門家を加えた合同の検討会をもって判断すべきです。

(4)トリチウム汚染水の安全性評価の問題

(4)-1 飲料水基準

(2)の②に示した経産省が示している安全性評価の文言です。 一つは、総処理水の860兆ベクレルと、国民が1年に浴びる自然放射線の2.1mSv/yを比較し、「千分の1以下だよ!全然問題ないじゃないか」と言っています。 次いで、原発廃水の排出基準である、6万ベクレル/ℓという排水は、「毎日それを2ℓ飲んでも被曝基準の1ミリシーベルト以下ですよ、心配しないでください」と言っています。

ここで気づくことは、どちらの例でもトリチウムのベクレル表示では高い数字の廃水を、シーベルト換算してしまうことです。 そうすると、日本で公示されている人体の各種被曝基準と比較して、一見、全然問題ないと言う結果になります。

しかし、6万ベクレル/ℓもの水を、毎日飲んでも健康に影響がないというのは本当でしょうか。 素朴な疑問です。 世界の飲料水基準は、WHOで10000ベクレル、EUで100ベクレル、カナダ・オンタリオ飲料水勧告では20ベクレルです。 日本では困ったことに、はっきりしません。 決められていないのです。 60000ベクレルでなんでもないのなら、日本の飲料水基準が60000ベクレルでも問題ないことになってしまいます。

ところが、現在の日本の食品の放射線汚染基準は品目によって異なりますが、大体100ベクレル/㎏ 以下です。 それなら、日本の飲料水基準は100ベクレル以下でもよいではないですか。 しかし、もっとも大事な飲料水基準が決められていないのです。 これには、とんでもない事情が見えかくれします。 原子力行政が60000ベクレルの水を飲んでもでも何でもないと言っているので、国民の健康を預かる衛生行政は100ベクレルと決められないでいるのです。 もし、EUの基準の600倍、カナダ・オンタリオ勧告の3000倍も高いトリチウム水を飲み続けることになれば、間違いなく健康被害が現れるでしょう。

(4)-2 安全性評価方法の問題

(ベクレルとシーベルト)

さて、現在の原子力行政では、内部被曝の場合も外部被曝の場合とまったく同様に、 発生放射線の実数(壊変数/秒)=ベクレルに、ICRP(国際放射線防護委員会)が決めた「預託実効線量係数」をかけて実効線量=シーベルトを算出し、放射線の有効強度としています。

ちなみに、この預託実効線量係数(μSv/Bq)は、トリチウムが 0.000018、セシウム137が 0.013、ストロンチウム90が 0.028と核種ごとに決められております。 この係数は内部被曝でも外部被曝でも同様に使われます。 但し、条件の違いにより若干数字が変わることがありますが、桁外れにはなりません。


(トリチウムの預託実効線量係数について)

それにしてもトリチウムの係数は、けた違いに小さい数字です。 セシウム、ストロンチウムと比べると約千分の1、三桁違います。なぜこのように小さな数字になるのでしょう。 大きな理由としては二つ考えられます。

一つの理由は、トリチウムのベータ線のエネルギーが小さいことにあります。 平均エネルギーでは、トリチウムが5.7KeV、セシウム137が662KeVです。

そして、もう一つの理由が最大の問題なのです。 トリチウムは内部被曝が問題となるのに、外部被曝の際にのみ有効と思われる「全身化換算」という計算方式を使って係数を算出しているのです。 この全身化換算と言う手法は、透過力の弱いベータ線であるトリチウムの係数を極端に小さくさせます。 それが上記の0.000018と言う係数です。 日本の原子力学会では外部被曝、内部被曝に関係なく、実効線量としてシーベルト換算するには、ICRPが定めた預託実効線量係数を使うことになっています。

低エネルギーのトリチウムのベータ線やプルトニウムのアルファー線は内部被曝が問題なのです。 それを、ガンマー線による外部被曝にしか有効でない全身化換算という手法を使って算出した「預託実効線量係数=0.000018」をトリチウムのベータ線にもかけてしまいます。 その結果、高いベクレル値のトリチウム廃水も極端に矮小化されたシーベルト値となってしまいます。 その後、この矮小化したシーベルト値と健康指標のシーベルト値を比較し、「健康には影響がありません」と言う原子力行政の見解となります。

資源エネルギー庁を筆頭とする原子力関係者は60000ベクレル/ℓの水2ℓを毎日飲んでも、シーベルト換算したうえで、「健康に影響はありません」と言いますが、 EU飲料水基準100ベクレル/ℓの600倍にもなるのです。何でもないという実証化された科学的データがどこにあるのでしょう。 どこかおかしいと思いませんか。これは、内部被曝が問題となるトリチウムのベータ線に対しても預託実効線量係数をかけてしまって比較するからにほかなりません。

果たしてこの預託実効線量係数方式が科学的手法と言えるのでしょうか。 私には子供だましの「誤魔化し」としか思えません。 普通、人間の健康に障害や毒性を与える恐れのある物質に対しては、医薬でも食品でも、更には作業環境でも工場排水でも、 各種毒性試験を実施し、科学的データを揃え、安全とする値を定め、使用限度・含有限度を定め、国民の健康を守るのが行政の当たり前の方向です。 ところが、原子力行政では開発側・利得権者側に立った理屈がまかり通っているのです。

(4)-3 トリチウムの内部被曝

トリチウムのベータ線は、人間の体ではミクロン(μm)単位しか進めません。 したがって、皮膚を通過することができず、外部被曝の影響は体表面のごく一部に限られ、無視される程度になってしまいます。 そして、トリチウムの内部被曝の分にも全身化換算するために0.000018と言う係数を掛けてしまいます。 その結果、小さな数字となったシーベルト値では一見、何の問題もなくなってしまうのです。

しかし、トリチウムが内部被曝により体内に取り込まれますと、一部は、細胞内水や有機結合型トリチウムとなって細胞内に入ります。 そうすると、近隣の細胞や組織を有効に攻撃することができるようになります。 トリチウムの放射線のエネルギーは平均で5.7KeVです。 セシウムなどの核種と比較して小さいのですが、細胞内分子の水素結合エネルギーは5~7eVですから、その千倍もあります。 細胞内の分子間距離は、数nmの単位ですから(1000nm=1μm)、トリチウムのベータ線の飛距離である数μmは十分すぎる飛距離です。 遺伝子DNAや酵素たんぱく質や脳内脂質と言った重要成分も攻撃されます。

(4)-4 トリチウムによるDNA破壊の脅威

トリチウムが体内の遺伝子DNAに与える影響は、他の核種のように、その放射線によってDNAのらせん状構造を切断するだけに止まりません。 トリチウム(3H)は水素(1H)と化学的性質が同一のためにDNAを構成する塩基、糖、リン酸の水素原子のある所にはどこでも入り込めるのです。 特に塩基の違いが遺伝情報を伝えるかなめになりますので、そこの水素がトリチウムに置き換えられていますと、いろいろなことが心配されます。 トリチウムはベータ線を出しながらヘリウム(3He)に変わっていきますので、そのDNAは正確な遺伝情報を伝えられなくなります。 それで免疫機能異常や発がんリスクの上昇や神経系の機能異常をもたらすことが心配されているのです。 そして、たくさんある遺伝子にゆっくりとその影響が現れます。

(4)-5 トリチウムの毒性試験

そこで、トリチウムがどの臓器に、あるいは免疫機能などに対して、どの程度障害を与えるかを、早急にテストする必要が出てきます。 たとえば、セシウムなら心臓などの筋肉系に影響が現れます。ヨウ素131が甲状腺の機能障害や甲状腺がんと因果関係があるのは、すでに明白となっております。 トリチウムは、骨髄機能や脳の機能発達時に大きな影響を与えると言われていますがまだはっきりしておりません。

テストとしては、例えば薬事法上の毒性試験があります。 そこでは、変異原性試験や発がん性試験も含まれますので、まずやってみなければなりません。 特に注目される、トリチウムの変異原性試験で過去の実例を調べてみますと、1974年に日本放射線影響学会における放医研遺伝研究部長・中井さやか氏のものがありました。 (http://lituum.exblog.jp/21437678

染色体への影響を警鐘したものですが、1件だけとは寂しい限りです。 内部被曝による放射線の影響に関する研究は、米軍の統制時代から制限されてきたと聞きます。 しかし、時代は変わってきているのです。

まだ1件だけでは何とも言えませんが、今後の研究成果を待つしかありません。 毒性試験が有効に働いた事例では、膀胱がんの発生が疑われたベンゼンなどの薬物の事例があります。 いくつかのテスト結果を踏まえて、医学や薬学や衛生学の専門家を交えた専門家会議で出された結論はベンゼンの「使用禁止」と言うものでした。

(5)原子力行政とトリチウム汚染水の海洋放出

(5)-1 現在の原子力行政

原子力業界はいまだ闇の世界です。元々、原爆と言う軍事機密の世界から始まり、原発と言うエネルギー産業が国力を支える産業として幅を利かせてきました。 福島原発事故で安全神話の一角が崩れましたが、いまだ既得権益を懐かしく思っている人たちがいっぱいいます。 その安全神話の片隅にあったのが、トリチウムの安全性評価だと思います。 何ら科学的根拠のないエネルギー計算で安全性を標榜し、宣伝しています。

原子力業界を支えるIAEAもICRPも、そして現在の日本の行政も同じ穴の「狢」です。 彼らにとって、トリチウム汚染水は海洋に排出しなければならない厄介者です。 それは、簡単に譲れない彼らの命綱かもしれません。 もし、原発からのトリチウムを含む廃水の排出が困難になれば、今後の原発運転に差しさわりが出るかもしれません。 さらには原子力潜水艦の運航に批判が出るかもしれません。 それを既得権者側は恐れているような気がします。

しかし、時代は変わってきます。地球温暖化問題では世界中が知恵を出し合わなければならない時代になってきました。 既得権者側の話を聞いていたのでは問題解決は遠のくばかりです。 フロンガスによるオゾン層破壊の問題では代替えガスを見つけることができました。 ダイオキシンによる環境汚染問題では世界が結束して使用を禁止し、焼却炉の焼却温度を上げることにより塩素系樹脂からの発生も抑えることができました。

日本の原子力行政も福島原発事故と今回のトリチウム汚染水の問題をきっかけに変わってほしいものです。 過去には、チェルノブイリ原発事故をきっかけに、ドイツの核政策は変わりました。

先日の意見交換会では、私の質問に対し、経産省資源エネルギー庁の木野参事官は、「国際的機関であり、優秀な人材のそろったICRPが間違ったことはやらない」と回答しました。 ICRPの権威を表に出し、内容のある説明は何もありません。 やはり、トリチウムの安全性評価は安全神話の雲の中に隠しておきたいのです。 トリチウムの毒性や変異原性を論じるのは、原子力業界では「タブー」視されてきました。 「寄らば大樹の陰」、木野参事官にとっては、まだタブーの世界だったのでしょう。

(5)-2 トリチウムによる海洋汚染の実態

経産省の資料では、トリチウムは自然界でも発生しているし、世界中のどこにでも存在し、心配するようなものではないと言っています。 確かに世界の海水を測定すると、現時点ではだいたい0.1 Bq/ℓくらいの数字で測定されるようです。 東電の資料にあった、0.1〜1.0 Bq/ℓと言う数字は、福島第一原発周辺海域での話でしょう。

海水の古い過去のデータは、見つかりませんでしたが、大気中のトリチウム濃度のデータがありました。 もっとも古いデータとしては1950年ころの測定値で0.2mBq/m3と言うデータがあります。 現在は30mBq/m3前後です。 (百島則幸ほか:トリチウムの影響と安全管理、日本原子力学会誌・39(11),p924(1997))

そうすると、この70年で約150倍になっている計算です。 大気中の水分と海の水は地球上で循環しているとみなされますので、海水でのトリチウム濃度もその程度増加していると考えられます。 すでに地球上、また海水中では、トリチウム濃度が、原水爆実験や原発等の運転により150倍以上高くなっているのです。

もしかすると、すでに緩慢な地球生物に対する影響が出ているかもしれません。 海上生物の異常な事件が時々報告されたりしますが、はっきりと因果関係を突き止めることはできません。 地球温暖化の問題と同じように見えますが、それ以上に、事例がはっきりし、問題が顕在化した時はすでに手遅れとなります。 もうこれ以上トリチウムを含む放射性物質を増やさない努力が必要なのです。

(5)-3 トリチウム汚染水の海洋放出

福島原発の高濃度トリチウム廃液は、世界でも初めての特殊な廃液です。 普通はいろいろな核種が混ざった原発廃液として排出されていますが、今度ばかりはトリチウムに焦点が集まります。 原発業界も、世界の原発反対団体も注目しています。 もし排出されるようなら世界中の環境団体から批判されます。 韓国だけではありません。 原発業界は内心安心するでしょうが、いざと言うときは地球汚染の先鋒としてやり玉に挙げられます。

経産省は、内部被曝でしか問題とならないトリチウムのベータ線を、トリチウム廃水の放射線の絶対量:ベクレルに預託実効線量係数(0.000018)をかけて、シーベルトに読み直し、矮小化した数値をもって安全だと言います。 しかし、科学(医学や生物学)の分野では、内部被曝が問題となるベータ線に対しては実際のベクレル量による評価を問題とします。 シーベルトではありません。 シーベルト換算はガンマー線による身体全体に対する外部被曝にのみ有効です。

しかし、経産省・資源エネルギー庁は相変わらず、トリチウムによる外部被曝・内部被曝に関係なく、 シーベルト換算方式をもって算出したシーベルト値と、健康指標のシーベルト値とを比較し、健康に影響がないとします。 そしてこの手法を科学的と言っているのです。 科学的に実証される実験データはどこにあるのでしょう。 科学的実証データは誰も見たことがないのです。 トリチウムに対するシーベルト換算は、トリチウムのベータ線の影響を矮小化するトリックです。 最近になって、IAEAの幹部が来日し、政府の方針を追認しましたが、彼らにとっても海洋放出したほうが好ましいのでしょう。 彼らも原発推進者であり、既得権益者なのです。

(6)海洋放出に対する東電・行政の広報活動とメディアの姿勢

(6)‐1 東電の広報活動

海洋放出に対する東電・行政の広報活動は活発です。 最近の東電が主催する見学会や座談会では、必ずと言っていいほどポリ容器に入った規格内のALPS処理水をもってきて、ビーカーに移し、携帯の放射線測定器を持ってきて測定して見せます。 そうすると室内の空間線量である0.05μSv程度の測定値と比較し、「ほとんど測定値が増えてないでしょう」と自慢して見せます。 時には、ラジウムボールなど、市場にある放射線発生物質の測定値と比較し、「全然問題ない」とアピールします。 そして、その様子が地方の新聞やテレビのニュースで紹介されます。

しかし、これには重大な問題があります。 実際、私もそうした携帯型の放射線測定器を使い、地域の空間中の放射線量を測定してきました。 その測定器は、大概が、NaIシンチレーション式の計数管かガイガーミュラー(GM)式の計数管です。 しかし、どちらのサーベイメーター(携帯型計数管)を使用しても、トリチウムのベータ線は測定できません。 NaIシンチレーションカウンターはガンマー線専用ですし、GM管式ではベータ線を測定できるものもありますが、液体中のトリチウムは測定できません。 そもそもトリチウムのベータ線は液体中から飛び出す力がありません。 それを、空間線量を測定するガンマー線用の測定器をもってきて、いかにもトリチウム汚染水の放射線を測定するように見せかけるのは誤魔化し以外の何物でもありません。

トリチウムのベータ線測定は、なかなか大変です。 他の夾雑物の影響がないように前処理しなければなりませんし、その後、シンチレータと言う薬剤を加え、液体シンチレーションカウンターで測定できるようにします。 液体シンチレーションカウンターでは微細な信号を捉えるため、宇宙線の影響も補正しなければなりません。 パソコンも内蔵しており、大きさは1メートル四方くらいになります。

さて、新聞報道やテレビ報道の皆さん!東電が主催する見学会などでの放射線測定の実演をそのまま紹介しているのは、どこかおかしいと思いませんか。 おまけに、見学者の声として「こんなに低いのがわかり、安心しました」と言うようなコメントを付け加えたりします。

(6)-2 行政の広報活動

(資源エネルギー庁及びその他官庁の広報活動)

行政の広報活動としては、まず、大本、経済産業省資源エネルギー庁の様々な広報活動があります。 その一つが、先日行われた木野参事官との意見交換会(彼らからすれば説明会)でした。 そのような説明会をすでに100回以上こなしているそうです。 そこで提示された資料は、今まで見たことのある日本原子力安全協会のものとそう変わっておりません。 彼らの安全とする理由は、私が今回のレポートで反論した二点に集約されます。

そして、最近のネットで、「トリチウムの安全性)を検索してみると、上から二番目に元原子力関連機構の理事であった河田東海夫氏の投稿がありました。 主張の内容は、木野参事官の説明会資料とほぼ同じでしたが、トリチウム汚染水の海洋放出を心配している北海道の医師西尾正道氏への批判であり、罵倒ともいえるものでした。 今回の私のレポートでの事例の多くは、西尾正道氏の論文に寄っています。 それを私なりに噛砕き整理したつもりでいますがどうだったでしょう。

また、2019年6月消費者庁発行の小冊子を見ると、放射性物質トリチウムの説明に 「…速やかに排出され、ほとんど体内に蓄積されません。生体に与える影響はセシウムの約千分の1です。」 とありますが、先日の木野参事官の説明会資料では、千分の1が700分の1になり、追加項目として、 「身体に取り込まれると、約5~6%が有機結合型トリチウムとなる。」 が加わりました。 思いがけない進歩です。

しかし、トリチウムとセシウムの預託実効線量係数比(0.000018:0.013≒700分の1)、 つまり、外部被曝を根拠とした放射線エネルギーの実効比では、内部被曝の場合の健康に与える影響など比べられるはずはありません。 その放射線固有の生物学的・医学的要素が考慮されなければなりません。 例えば、公害問題で有機水銀と無機水銀の場合や、六価クロムと三価クロムの場合は、似ていても体内での機能や毒性は全く異なります。


(政府広報活動とマスコミの姿勢)

次いで、私たちが看過できない政府広報活動に対するマスコミの姿勢があります。

これは、政府・東電の広報活動に対するマスコミの姿勢が一方的になりつつあることです。 最近のある新聞記事で福島原発汚染水の特集がありました。 見てみると、政府の立場や見解が大きく取り扱われております。 例えば、前原子力規制委員長・田中俊一氏の「海洋放出検討の必要性を指摘」などという言葉が写真入りで大きく載っていましたし、 ALPS処理水小委員会の「海洋放出は確実に実行できる」と言った文言も大きく載っていました。 対して、反対・批判に関わる記事内容は、漁業者の風評被害を心配する声と、県漁連との経緯が、文面記事として載っていたにすぎません。 海洋放出に反対しているのは漁業関係者だけではありません。 福島県内では多くの団体が反対しています。 その声は新聞のどこを見てもありません。 これが、国民に寄り添って公平に報道する新聞社のあり様なのでしょうか。 かつては原発反対の論陣を張ったこともあるかと思いますが、今は政権への忖度なのでしょうか。

(7)まとめ

まもなく、ALPS処理水の政府判断が出されようとしています。 すでに小委員会の結論は、「海洋放出しかない」と言っています。 しかし、福島原発汚染水の海洋放出問題は国家の重要問題になっていると思います。 もし、海洋放出されるようなことがあれば私たち県民も泣きます。 将来への希望が持てなくなります。 漁業者はそれ以上に深刻です。 補償だけでは済まされません。 産業の存続が心配されます。

私たちは、トリチウムの更なる海洋汚染による遺伝子レベルでの健康被害を心配しています。 すでに地球上のトリチウムは原発がなかったころに比べ、150倍も増えているのです。 現時点で、原発運転とは異なる、新たな原発事故処理の高濃度トリチウム廃液を海洋放出することのリスクがどれほどのものか考えてください。 ALPS処理水は、タンク貯蔵することが可能です。 それを、金が掛かるという理由で、日本中の漁民が泣き、世界に迷惑をかける海洋放出を強行するのでしょうか。 もし、世界でトリチウムによる健康被害が顕在化した時、真っ先に日本が、福島が批判されます。 もうこれ以上、福島が放射能の汚染源になるのはお断りです。

原発行政は、過去に、金が掛かるという理由で津波対策をしなかった東電を黙認しました。 その為に原発3基のメルトダウンを発生させ、250km圏内の住民が避難しなければならなくなるかもしれない超重大事件の寸前まで行きました。 いつからマスコミは自社の論陣を張ることなく、政府見解を鵜呑みにするようになったのでしょう。 オリンピック開催時、日本人の「おもてなし」が話題となりますが、せめてトリチウム海洋放出で「おもてなし」とならないよう祈っています。


米山 努(よねやま つとむ)

1949・02・22 福島県いわき市生まれ
1969年 国立福島高等専門学校卒業
1969年 森永乳業(株)入社 中央研究所勤務
1974年 (株)武蔵野化学研究所入社 磯原工場勤務
検査課長、試験課長、事務部長、中国事業参与を経て
2007年 江西武蔵野生物化工有限公司に出向、常務取締役副総経理
2010年 同上定年退職

資格は、環境計量士・公害防止管理者・作業環境測定士・衛生管理者等、その他、化学工場で必要となる資格を取得しています。

社会活動参加で、いわき放射能市民測定室たらちねスタッフ・これ以上海を汚すな市民会議メンバー等です。
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