市民のためのがん治療の会
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『がん医療でも応用が進むゲノム解析検査』


医療ガバナンス研究所研究員・内科専門医 谷本 哲也
バイオニクス株式会社
社長 須下幸三
生命の設計図である遺伝情報の全体をゲノム(genome)と呼びます。 遺伝子を指すジーン(gene)と全体を指すオム(-ome)を組み合わせた言葉です。 生物学・基礎医学分野から広まった言葉ですが、医療分野への応用が進められるようになり、世界的に大きな注目を集めています。 がん医療においてもそれは例外ではなく、ゲノムという言葉をすでにご存じの方も多いことでしょう。
がん医療においてゲノムが注目されているのは、多数の遺伝子を同時に調べることで、がんの性質や個人の体質の違いなどを、今まで以上に詳しく知ることができるようになるためです。 一口にがんと言っても、実は病状は様々です。 また、個々人の体質も当然異なっています。 そのため、がん医療においては、ある方に効果のあった治療が別の方には全く効果がなかったり、人によって副作用が出たり出なかったり、といった事態が起こります。
このような差にはゲノムの違いが一部に関与していることが分かり始め、それを詳しく解析することで、よりよい医療の提供につなげようという気運が高まりつつあるのです。 それが「ゲノム解析検査」と呼ばれるものです。
私は内科医として日々、臨床と医学研究に関わっています。 その一環としてバイオニクス株式会社の事業にもアドバイザーとして参加するようになりました。 同社は2001年に大阪で設立され、人間の血管の個人差を調べる「血流認証」という技術を主に提供しています。 今回、同社の新規事業として、ゲノム解析検査を大阪府から公的助成金を交付され開始することになりました。 この機会に、この新しい検査方法について、患者会の皆様向けの分かりやすい解説をバイオニクス株式会社社長の須下幸三様にお願いしました。 今後の発展が見込まれる新しい分野について、皆様にもぜひ知っていただければ幸いです。

医療ガバナンス研究所研究員・内科専門医 谷本 哲也

がんゲノム解析検査の現状と可能性

バイオニクス株式会社
社長 須下幸三

今回は、最近がん治療の世界でよく聞く「がんゲノム解析検査」について、よく皆様からいただくご質問とそれらに対する答えをQ&A形式でまとめました。


Q1そもそもゲノムって何?

A1そもそもゲノムとは遺伝情報の全てを意味します。 両親から受け継ぐ生命、それらを形づくる細胞を作るために必要な設計図となる全ての遺伝情報を「ゲノム」と言います


Q2ゲノム解析とはどんなこと?

A2ゲノム解析とはA1で説明したゲノムの全ての遺伝情報を解析する、もう少し平たい言い方をすれば、細胞の設計図を総合的に解き明かすことです。


Q3「ゲノム」と「がん」はどんな関係があるの?

A3 「がん」とは言い換えれば「異常細胞が増え続ける病気」と言えます。 異常とは文字通り正常ではないということです。 正常な細胞とは全てのゲノムつまり遺伝子が正常に働く状態で維持されている細胞を意味します。 これでおわかりのとおり、異常細胞とは遺伝子が傷ついてしまい正常な状態で働かなくなった細胞ということになります。
我々の身体は大変優秀に作られており、通常、異常細胞は他の細胞と違うということで身体の免疫システムが働いて、その異常細胞が隣近所に広がる前に排除してくれます。 それで長く健康状態が保たれる様にデザインされています。
しかしこの免疫システムが上手く働かなかった時などに異常細胞が広がり始め「がん」が発生してしまうのです。 少し複雑なお話になってしまいますが、巷でよく聞くお話として、「父親が大腸がんで、お婆ちゃんも大腸がんで、だからうちは大腸がん家系なんです」というのがあります。
これは俗にいう遺伝からくるがんということになります。 つまり、両親から引き継いだ遺伝情報の中に、大腸の細胞が傷ついてがんが発生し易いという遺伝情報も含まれているのです。


Q4がんは全て遺伝するの?

A4 実は遺伝とは全く関係の無いがんの発生ケースも多々あります。
ところが、これも実は遺伝子が関係しています。 どういうことかというと、例えばお酒を飲む、タバコを吸う、強い紫外線に当たる等、健康に害を受けやすい行動を繰り返し行うことがあります。 この健康への害という言葉を言い換えると、遺伝子を傷つける成分が含まれているということになります。
つまり、後天的に発がん性物質を体内に多く取り込んでしまうことでがんを発生させてしまうのです。 また、免疫力の低下も関係すると考えられており、その原因として免疫力を下げる薬や放射線の他、ストレスや睡眠不足、不規則な生活などが挙げられます。


Q5がんゲノム解析検査の現状は?

A5実は遺伝子にはたくさんの種類があります。 しかし、今までは少数の遺伝子しか検査することができませんでした。 ところが21世紀に入ってさまざまな技術革新が進み、たくさんの遺伝子を総合的に調べるゲノム解析が現実的に利用可能になりつつあります。


Q6がんゲノム解析検査のやり方は?

A6 がんは異常細胞が増え続ける病気であり、異常細胞とは遺伝子が正常な状態で働かなくなった細胞を意味します。
簡単にいうと、「がんゲノム解析」とは正常に働くことができない遺伝子を探すこととご理解いただければと思います。 既に述べましたとおり、この遺伝子異常は両親からの遺伝情報の中に含まれているモノもあれば、後天的に異常をきたしてしまうモノもあります。
そのどちらにしても現在発生している遺伝子の異常とその種類を解析することを意味します。 少し専門用語を使わせて頂きますと、「変異したり欠損したりしてしまった遺伝子」を探すということになります。
この「がんゲノム解析」は、次世代シーケンサーと言われる専用の解析機を用い、主にはがん細胞そのものや血液を採取して解析を行います。


Q7がんゲノム解析検査はがん治療にどんな効果があるの?

A7がんゲノム解析を行うことで、以下の様にがん治療にお役立て頂けます。

  • ① より効果的な抗がん剤等の治療薬を選べる可能性が広がる
    同じがん種でも、その変異遺伝子によって、より効果的な抗がん剤等の治療薬の選択できる場合があります。
  • ② 既に欠損等の変異をきたしている遺伝子を発見し、将来のがん罹患の可能性を知る
    現在がんに罹患していない状態でも、特定の遺伝子欠損を発見することで、将来のがん罹患のリスクを知ることが出来ます。 以前米国の有名女優が受けた検査がこの検査です。これは主にがん検診に役立てられます。
  • ③ 血液に漏れ出ている変異遺伝子を発見し、ごく初期段階のがんを発見する
    CTなどの画像検査に映し出されるレベルよりもまだ小さながんをこの検査によって発見し、ごく早期の段階で治療を行う事で治療成績の改善を期待することができます。 この検査は特に再発検査に役立てられます。


Q8健康保険は適用されるの?

A8 がんゲノム解析検査については、少しずつ健康保険適用の幅は広がっては来ておりますが、残念ながらまだその殆どが自費による検査となってしまいます。 当社ではその中でも何とか少しでも費用を抑えてがんゲノム解析を行えるよう日々努力しておりますが、どうしても一定の費用は必要となってしまいます。
現在主な健康保険適用対象者としては、いわゆる標準治療(手術、放射線、承認されている抗がん剤)が終了した方となります。 つまり、末期がん患者さんが対象となっており、その適用範囲はまだまだ限定的なのが現実です。 詳しくは現在治療を受けられている専門医療機関にご確認ください。


Q9恐ろしい「がん」から治す「がん」へ

A9 「がん」それは命に直結する疾患であり、一昔前はただただ「恐ろしい」、人生の終焉を意味する病気でした。 もちろん今でもとても楽観視できる病気ではありませんが、以前よりは様々な治療方法が利用可能で医療水準が進歩しています。
だからこそ医師の指示に従い、検査から治療までを全て医師に依頼し、極端な言い方をすれば、がんを診療する主治医に命を丸ごと預けてしまっていると言えるでしょう。 患者さんが罹患しているがんについて、主治医は熟知し治療方針を立てていることが期待されます。


Q10当社が目指す「がんゲノム解析検査」とは

A10 医学は日進月歩であり、日本の健康保険で認められた適用範囲内だけの検査よりも、自費検査を行うことで、もっと深い患者さん一人ひとりの情報を「がんゲノム解析検査」で詳しく調べることが可能になっています。 人それぞれ違う遺伝子を持ち、傷ついている遺伝子も違う、そんな重要な情報を持って治療に当たることで、より有効な治療を選ぶ幅を広げることができると我々は考えています。
自費による「がんゲノム解析検査」は、国立医療機関や大学病院のみならず、弊社のような民間の検査機関でも始まっています。 このような検査方法があることをまずは知っていただき、正確な情報を持って担当医に相談し治療法を決めていくような環境を作り出すことが、これからのがん治療には有効であり、我々はその検査選択の部分で貢献してまいりたいと考えております。
今後、弊社はお力添え頂ける医師との輪を広げて「がんゲノム解析検査」を提供してまいりたいと考えております。 そしてがん患者の皆様が1日でも長く健やかに過ごされ、さらに理想を言えばがんの根治に少しでも貢献できればと強く願っております。


(実際の遺伝子検査で使用する装置とその内部写真)

(専用血液遠心分離機)

谷本 哲也(たにもと てつや)

1997年、九州大学医学部卒。 日本内科学会認定内科専門医。 日本血液学会認定血液専門医ナビタスクリニック、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会、霞クリニック、株式会社エムネス、バイオニクス株式会社、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所。 著書に「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館、2019年4月刊)などがある。
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