市民のためのがん治療の会
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『認知症と尊厳死』


江別すずらん病院 認知症疾患医療センター長
高齢者の終末期医療を考える会 代表
日本尊厳死協会 北海道支部長
宮本 礼子

はじめに

年を取れば多くの人は認知症になります。 「老いて再び児に返る」という諺があるように、認知症は子供の発達過程を逆行するように進行し、重度になると生活すべてに介助を必要とします。 家族の顔がわからなくなり、失禁し、歩けなくなります。 そして、寝たきりになり、話ができなくなり、食べ物を飲み込むこともできなくなり、最後は死に至ります。

認知症が進むと、ほとんどの人はどういう医療をして欲しいかを言えなくなります。 そのため、家族と医療者が終末期医療の内容を決めていますが、多くの場合本人の意思は反映されていません。

認知症になる前、あるいはその程度が軽いうちに、自分はどのように生きて、どのように死んでいきたいかを、家族や医療者に伝えておくことが大切です。

認知症の終末期医療の現状

多くの家族と医療者は、命には限りがあることを受け入れようとしません。 そのため、患者は無理に食べ物が口に入れられます。 そして、むせて苦しい思いをし、誤嚥性肺炎を起こします。 いよいよ食べられなくなると、今度は人工栄養(点滴や経管栄養⦅鼻チューブや胃ろうからの栄養⦆)で水分と栄養を補給し、命を長らえさせようとします。 その結果、いわゆる老人病院は、人工栄養で何年も生かされる、何もわからない寝たきりの高齢者で占められています。 不快な人工栄養の管を抜こうとすると体が縛られます。 手足の関節は曲がったまま伸びません。 痰が詰まるため気管が切開され、喀痰吸引や気管チューブ交換の時は、体を震わせて苦しみます。 さらに、血液透析や人工呼吸器装着が行われることもあります。

このような医療を本人が望んでいるはずがありません。 事実、人生の最終段階における医療に関する意識調査(2018年)では、 認知症が進行して身の回りのことに手助けが必要で、 衰弱が進み、口から十分な栄養をとれなくなった場合は、胃ろうや経鼻栄養や中心静脈栄養を望む人はそれぞれ1割以下でした。

患者の望まない延命が行われています。 これは倫理的に問題ではないでしょうか。

認知症と判断能力

認知症は進行と共に理解力と判断力が低下していきます。 認知症の人に「人は誰でも最後は食べられなくなりますが、その時、鼻からチューブを入れたり、胃に穴を開けたりして栄養を摂りたいですか?」と聞くと、 認知症が軽度の人は「そうまでして生きていたいとは思わない。」「自然に死なせてほしい。もう十分生きた。」「そうなったら、さようならだわ。」と言います。 しかし、進行した重度の人は「わからない」「いいですねえ、なんでもやってください」「今食べているから要らない」と言います。 判断力が低下してしまうと、本人の意思を尊重することはできません。 そのため、判断能力があるうちに、終末期にはどのような医療を受けたいかを意思表示しておく必要があります。

尊厳死を叶えるために

尊厳とは「尊く厳かなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。(デジタル大辞泉)」であり、 尊厳死とは「自らの意思で延命措置を断り、自然の経過のまま受け入れる死(日本尊厳死協会)」、「過剰な医療を避け尊厳を持って自然な死を迎えさせること(日本学術会議)」です。 自然死、平穏死、老衰死とも言います。

尊厳死を望む場合は、リビング・ウイルを作成しておくことが大切です。

リビング・ウイルとは、生きている間に効力を発する遺言で、終末期にどのような医療を望むかを事前に記しておく文書です。 延命されたくないためにリビング・ウイルを書くことがほとんどです。 家族や医療者へ宛てたもので、判断能力があるうちに書きます。 健康で若い時も書けます。 認知症を初めとして死に至る病を抱えている場合は、主治医と相談して書くことが望まれます。 家族の了解を得ておくこと、意思表示できなくなった時に自分の代わりに判断してくれる代理人を記載しておくことも大切です。 決められた書式はなく自由に書くことができますが、文面で悩むと思います。 そのため、インターネットや本からひな型を取ることができます。 私は日本尊厳死協会の北海道支部長を務めており、当協会のリビング・ウイルを勧めています(年会費2000円、年4回会報送付あり)。

リビング・ウィルの効用は、本人の希望が終末期医療に反映されやすくなること、家族と医療者が終末期医療を決める時の根拠になること、家族の迷いと後悔がなくなること等です。

リビング・ウィルは法制化されていないので尊重されるかどうかは医師次第です。 しかし、無いよりはある方が圧倒的に有利です。 ちなみに、日本尊厳死協会のリビング・ウイルは、93%が医療者から受け入れられています(2021年ご遺族アンケート635人)。

自分が望む最期を迎えるためには、まずリビング・ウィルを書いて家族の了解を得ておきましょう。 そして、終末期医療の話し合いが行われる時にそのリビング・ウィルを自分もしくは代理人が提示してください。 そして、療養場所が自宅の場合は望みを叶えてくれる訪問診療医師を、自宅でない場合は望みが叶う介護施設や病院を探してください。 まずは、今かかっている医師に相談してください。 現実は厳しいですが、一人一人の努力が世の中を変えていくと思います。


宮本 礼子(みやもと れいこ)

江別すずらん病院 認知症疾患医療センター長。内科医師。
1979年に旭川医科大学医学部卒業、北海道大学医学部第二内科入局。
2006年から物忘れ外来を開設し、認知症診療に従事。
<社会活動>
「高齢者の終末期医療を考える会」代表(2012年~)
「日本尊厳死協会北海道支部長」(2021年~)
<著 書>
「欧米に寝たきり老人はいない-自分で決める人生最後の医療-」.
宮本礼子,宮本顕二,中央公論新社,2015年6月

「欧米に寝たきり老人はいない 増補版―コロナ時代の高齢者終末期医療―」.
宮本礼子,宮本顕二,中央公論新社,2021年2月

「認知症を堂々と生きるー終末期医療の現場からー」
宮本礼子,武田純子,中央公論新社,2018年5月
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