市民のためのがん治療の会
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『世界では熱い議論が展開されている!医療における利益相反の透明性に関する国際シンポジウムに参加して』


医療法人社団茶畑会 相馬中央病院 内科
齋藤 宏章
本稿の初出は2023年3月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会(http://medg.jp)です。 ご許可をいただき、ここに転載させていただきます。ご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

私は消化器内科医として日々の診療に携わる傍ら、尾崎章彦医師らと共に医師の利益相反に関わる問題の研究にも取り組んでいます。 2023年3月7日にイギリスはバース大学で開催された” Transparency in healthcare: Towards a new research and policy agenda” (医療業界における透明性:新しい研究と議論の方向性) に参加しました。 日本からは尾崎先生、同問題に共同で取り組んできた谷本哲也医師(ナビタスクリニック)、東北大医学部生の村山安寿さん、秋田大学医学部の間々田花野さんが参加しました。 この国際シンポジウムの様子を報告したいと思います。


このシンポジウムは尾崎章彦医師とバース大学のピョートル・オジェランスキー氏の日英の交流から端を発しています。 シンポジウムのテーマは、医療界における利益相反です。 製薬企業や医療デバイス企業は、様々な形で医療関係者に金銭の提供を行うことがありますが、それは時に営業的な側面を持ちます。 そして、例えば日本ではそうした金銭の提供は原則的に製薬会社が公開をするように定められています。 そのような金額の”透明化”が世界では行われていますが、その制度や、公開されている内容や金額等々には違いがあります。

シンポジウムは、製薬企業などの医療産業界が医療者へ行うマーケティングをどのように透明化するか、あるいは透明化で十分なのかを議論する目的で開催されました。 尾崎氏は製薬企業のロビー活動などを専門に研究を行っていたオジェランスキー氏を2019年12月に訪問し、共同研究を開始しました。 早くからシンポジウムの構想がありましたが、コロナ禍を経て漸く、開催に至りました。シンポジウムの発表者は実に多彩で、その内容も密度の高いものでした。 主に8つの研究チームからの発表が行われました。 いくつかピックアップしてご紹介します。

(1)アイルランドRoyal college of Surgeons Universityのジェームズ・ラーキン氏:
「医療デバイス業界における透明性について」

ラーキン氏らアイルランドの研究チームはMedTech Europeというヨーロッパの医療機器メーカーの連盟に加入している企業が病院などの医療機関に支払った金額を解析し、発表しました。 2017年から19年にかけて117社が約4億ユーロを支払っていたそうです。 また、金額は3年間で約2倍弱に増えていました。興味深いのはこれらの金額は全体の40%を超える額がスイスに集中するなど、特定の国に偏る傾向がありました。 ラーキン氏によると、おそらくこれは税金を回避するための対策で、実際には他の国の医療機関へ支払われているのではないかと考察していました。 医療機関から支払われた金額は公開されていますが、報告されている地域などは実態を反映していない可能性があるということです。

アメリカや日本と異なり、ヨーロッパはそれぞれの国というよりはEUなどの経済圏で企業活動が展開されています。 このため、1国での支払いの公開ではだけでは全体像が見えないわけです。 このような観点は目から鱗でした。

ラーキン氏は心理学・数学の専攻で特に、医薬品・医療機器産業が医療に与える影響について研究しているそうです。 日本からは私と東北大学医学部生の村山安寿さんが日本の製薬企業が公開している金額をまとめたサイト(製薬マネーデータベースYen for docs https://yenfordocs.jp/ )について紹介しましたが、 アイルランドでも同じようなデータベースを是非作ってみたいと言っていました。 また、同伴した彼のメンターであるトム・フェイヒー氏は同じ大学の総合診療科の教授であり、過去には医学誌BMJの編集者を務めるなどイギリスとアイルランドで学術活動を牽引した研究者の1人です。 彼は、私たち日本の発表や他のセッションで医療者に対する金銭的な支払いが、他国ではどのように規制されているのか質問していたのが印象的でした。

(2)スウェーデン Lund 大学のシャイ・ムリナリ氏:
「透明性は公共の利益を増進しているのか」

ムリナリ氏はスウェーデンの社会学者ですが、ヨーロッパの製薬企業が公開している医療者へ提供された金額をまとめたEuro for Docsを運営するなど、 医療者の利益相反の問題の研究を積極的に行なっている研究者の1人です。

今回彼は、2014年からアメリカで開始された医師に対する医療関連の企業支払いデータをまとめたOpen paymentの例を引き合いに、 この取り組みが本当に有効であるか、ということに関して発表を行いました。 Open paymentでは検索を行うことで、特定の医師がどのくらいの金銭提供をこれまで企業から受け取っているかを誰でも調べることができる公的なデータベースです。 例えば2021年のデータとしては約100億ドル、1200万件の取引が公開されています。 データベースは本来医療者が受け取っている金額を患者らに明らかにすることで透明性を高めるということを意図しています。 このOpen paymentの取り組みで透明性が高まる利点がある一方で、ムリナリ氏はこのデータベースが実際には逆に製薬企業によって利用されている側面があることを発表しました。

例えば、製薬企業はいわゆるキーピニオンリーダーと言われる発言力の高い医師にプロモーション活動に関わってもらうようにアプローチしますが、 このデータベースを他社の戦略の分析に活用しているということです。 IQVIAのような医療情報データ解析企業の一部はこのデータを解析し、販売するようなサービスを提供しているというのです。

実はこの状況は日本でも同様で、尾崎氏もこの発表を受けて日本の状況を発言しました。 非医療者にとって利益相反や金銭提供の概念は難しく、患者らにとっては活用の方法が限られてしまうのです。 透明性は重要ですが、おそらくそれを高めるだけでは不十分だろう、という議論はその後のセクションでも見られました。


私たちの研究チームはこれまでにムリナリ氏とも共同研究を行なっています。 その後の研究会議で、ムリナリ氏が他国の事情を知ることは非常に有用だと発言していたことが印象的でした。 私たちはこれまでにムリナリ氏やオジェランスキー氏と共に日英の製薬企業から医療者への支払いに関する規則や実態を比較した論文を発表しました。 このような国際的な研究を行い、それぞれの国の仕組みを理解することはそれぞれの制度の良い点、悪い点を比較することができます。 例えば、日本の制度下では薬剤開発に関わる臨床研究に関わった費用などは公開されていますが、ヨーロッパの制度ではありません。 一方で、ヨーロッパの制度下では日本の規則よりもより体系的に金額の公開が義務付けられており、過小の報告などに対する企業への罰則等もあります。 これは日本にはない制度です。 それぞれを比較することで良し悪しが見えてくる、と述べていたことが印象的でした。

利益相反の事情に関して、他国の事情を知っておくことが重要であるということは私も今回のシンポジウムに参加して実感しました。 例えば、アメリカでは近年オピオイド危機が大変な問題になっています。 これはアメリカで麻薬の過剰な処方が起きており、多くの人が依存症で亡くなっているという問題ですが、背景に製薬会社による過大な販促活動があったことが知られています。 このような話は今回のシンポジウムの最中の質疑応答などで、一般常識的に語られていました。 もちろんこのような話題に関心のある研究者ばかり、ですが、日本ではなかなかこのような事情に精通している医療者は少ないと思います。 利益相反に関連する課題に関して日本でも議論を進めるためには、国際的な知見を持ってくることが重要なのかもしれません。

(3)ハンガリー Pec大学 エスター・サーギー氏:
「イギリスでの製薬会社からの支払いと医薬品処方の関連」

サーギー氏はオジェランスキー氏の教え子です。 現在はハンガリー大学に所属しており、進行中の研究について発表していました。 アメリカでは、製薬会社から医療関係者への金銭的な提供と実際に医療関係者がどのような処方を行なっているかは記録・公開されています。 一方で日本やヨーロッパではどのくらいの金額が企業から医療関係者に入っているかは公開されていますが、処方とは連動して公開されていないため、実際に処方行為に与えている影響は不明です。 この問題はヨーロッパのそれぞれの国の研究者が共有する課題だったのです。 サーギー氏はイギリスのいくつかの公的なデータを統合し、それらを機械学習によって解析することによって、それらの関連性を見つける手法を開発したということでした。 まだ、実際に解析結果を出すのはこれからということでしたが、金銭提供とその処方への影響というまさに利益相反の本質を明らかに出来る取り組みということで会場からも応援の声が上がっていました。

講演の謝礼金やなどの金銭が医師の処方に影響を与えているかどうかは分かりにくいものです。 時にそれは無意識のうちに影響を与えているであろうことがこれまでの研究でも指摘されていますから、 このような研究が進んでいくことは、企業からの金銭提供が診療活動を歪ませる可能性があることを医療者により一層喚起できそうです。


今回はスウェーデン、アイルランド、イギリス、日本、ポーランド、ハンガリーと6つの国から参加者が集まっていました。 いくつかの発表を紹介させていただきましたが、他にも、患者団体からみた利益相反の話、イギリスの総合診療科医からみた利益相反の発表、 医療関連企業が行う政府に対するロビー活動の研究など、内容は多岐に渡り、いずれも興味深いものでした。 会では最後にオジェランスキー氏が問題提起をして終わりました。 最終的に (医療行為における)営業活動的なバイアスを減らすことを目標とした場合に、どのような観点から問題に取り組んで行った方が良いか今後も議論を続けるべきであると総括されました。 政策やそれぞれの国の文化(土壌)、医療者の意識や制度など、取り組むべき窓口は多く、まだまだ解はないが、それぞれに関して意見を出し合っていくことが重要ですという話でした。 今後もこの取り組みを他の国の研究者も交えて広げていきたいという議論で会は閉幕となりました。


今回のシンポジウムに参加することでとても貴重な経験をすることができました。 おそらくヨーロッパで医療関係者の利益相反に取り組む主要なキーパーソンとなる研究者はほぼ一堂に介していました。 今後もこの枠組みを継続し拡大しながら研究・課題解決を進めていくことになるでしょう。 紹介したように多くは非医療者で、世界では多方面からこの問題に取り組んでいます。 一方で、この問題により多くの医療関係者や、あるいは製薬企業や医療関連企業のサイドも巻き込んでいく必要があるのだろうと感じています。


齋藤 宏章 (さいとう ひろあき)

内科医、医学博士 2015年東京大学医学部卒 2022年9月福島県立医科大学大学院修了
北見赤十字病院で初期研修医を行ったのち、2017年に一般財団法人厚生会 仙台厚生病院 消化器内科、2022年6月より相馬中央病院 内科勤務
2019年2月の米国医学会雑誌内科版(JAMA Internal medicine)への論文発表を始め、日本の医学会の利益相反問題の研究に取り組む。 一般診療では上部・下部内視鏡検査をはじめ、消化器内科診療全般の修練を行ない、仙台厚生病院では内視鏡AI研究にも取り組んだ。
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