市民のためのがん治療の会
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『AACR2023(アメリカがん学会2023年)に参加して』


昭和大学医学部内科学講座腫瘍内科学部門 主任教授
昭和大学病院腫瘍センター長
角田卓也
(マスクをしている人はほとんどいませんでした。)


(筆者(右)、昭和大学臨床薬理研究所和田聡教授(左)と)

4月14日から20日までオーランド(フロリダ州)で開催されたアメリカがん学会2023年に参加してきました。 まず、コロナ禍を完全に払拭されているかのように、参加者はほとんどマスクをしていませんでした。 AACRは世界一のがん研究の学会であり、今年も参加者は2万人以上でした。 私の興味があった発表内容を紹介しますが、学会全体のプログラムを見てがん免疫関係が1/3以上を占めており、 免疫チェックポイント阻害剤を中心とした最近のがん治療の主体ががん免疫療法にシフトしていることを強く物語っています。

がん免疫療法は、手術療法、放射線療法、化学療法に続く第4の治療法としてエビデンスが確立し、いまや全身薬物療法の中心的役割を果たしています。 なぜなら従来の抗がん剤では成し得なかった長期生存患者を生み出しているからです。 これはカンガルーテール現象と呼ばれています。 たとえステージIVのがん患者でも薬だけで治りきる時代が来たのです。

以前、我々は大規模臨床試験で、がんペプチドワクチンの臨床的有用性を見出せませんでしたが、 今回のAACRでペプチドではありませんが、ネオアンチゲンと呼ばれる変異を起したがんに特異的な標的をワクチンにすることで期待が持てる臨床成績が発表されました。 具体的には、悪性黒色腫の患者さんから腫瘍組織を採取し、その患者独自のがんの変異を解析しました。 これをネオアンチゲンと呼びます。 このネオアンチゲンは1つではありませんし、患者さんによって全く異なります。 よって個々に作製する必要があります。 これら標的を十数個発現するように設計したmRNAをワクチン源にします。 皆さんご存じのようにmRNAはファイザー・ビオンテック社のコロナワクチンで用いられ、臨床的有用性を証明された新しい技術です。 この新規ワクチンとペンブロリズマブと呼ばれる抗PD-1抗体を併用する試験です。 まだ早期の臨床試験ですが、明らかな抗腫瘍効果が認められたため、今後臨床的有用性を証明する大規模な後期臨床試験を実施する予定であると報告されました。 免疫のアクセルを踏むワクチンとブレーキを外す免疫チェックポイント阻害剤の併用の臨床的有用性が証明されれば初めてのエビデンスになります。 長期生存者は免疫療法のみ得られることから考えますと、患者さんのがんに対する免疫反応を更に高めるこの併用はその結果が大いに期待されます。

もう一つ印象的な発表を紹介します。 AACRのアワードの一つである高松宮杯の受賞記念発表です。 受賞者は、Washington University School of MedicineのRobert D. Schreiber 博士です。 彼は2010年ごろに、がん免疫編集説(Cancer Immunoediting)を唱え、証明してきました。 がん免疫編集説とは、がん細胞は抗腫瘍免疫に編集(変化させられている)されているという説で、3Eとして表されています。 最初のEはElimination(消去)です。我々人間は毎日5000個程度のがん細胞ができているが、これを免疫担当細胞が除去している状態である。 次のEはEquilibrium(均衡)です。 抗腫瘍効果を担う免疫担当細胞とがん細胞がドーマンシー状態で出ては消え、消えては出てという状態と考えられています。 最後のEはEscape(逃避)です。 すなわち、均衡状態が何らかの要因(腫瘍の変異による抗原の消失、HLA発現低下や消失、PD-1/PD-L1の発現など)でもはや免疫担当細胞から逃げ切った状態です。 私たちが臨床的に遭遇するがん患者は最後のEの状態の患者であると考えられています。

(免疫の編集を受けていないがん細胞は免疫担当細胞により排除されている。)

今回、受賞講演でSchreiber 博士は、レギュラトリーT細胞(大阪大学の坂口志文博士が以前から提唱されている免疫を抑制するリンパ球の一種)とは異なる強力な抑制系の細胞を発見したと発表しました。 この細胞は多量のHLA ClassII拘束性ネオアンチゲンで誘導され、抗原特異的で強力な抗腫瘍免疫抑制効果を持ちます。 遺伝子解析では坂口博士のレギュラトリーT細胞とは全く違う細胞集団であることを発表しました。 これはマウスでの研究ですが、もしヒトにも同様の細胞があるとするとこの細胞集団の機能を抑制することで新たながんに対する免疫療法の可能性が示唆されました。 私も引き続きフォローしていきたいと思います。

ヒトが持つ抗腫瘍免疫反応はまだまだ不明な部分が多く、逆に可能性がまだある分野であり、今後の展開から目を離せないとも言えます。 がん患者に届けられるがん免疫療法に繋がればと期待しております。


角田 卓也(つのだ たくや)

1987年和歌山県立医科大学卒業後、同大学第二外科助教を経て2000年東京大学医科学研究所付属病院外科講師。 同院准教授を経て2006年ワクチンサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2010年オンコセラピーサイエンス株式会社、代表取締役・社長。 2015年メルクセローノ株式会社、MA Oncology部長を経て2016年昭和大学臨床薬理研究所臨床免疫腫瘍学講座・教授、 2018年昭和大学医学部内科学部門腫瘍内科学部門・主任教授、昭和大学病院腫瘍センター長
1992-1995年City of Hope National Cancer Institute (Los Angeles)留学、同講師就任
医学博士(テーマ:腫瘍浸潤リンパ球の基礎的・臨床的研究)
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