市民のためのがん治療の会
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『病院空間におけるアートの効果と活用』


明星大学デザイン学部
教授 吉岡聖美

病院空間に取り入れるアートへの期待

病院では患者の快適性を考慮した建築やデザインが検討されるようになり、また、医療機能を重視した無機質な病院空間を改善することを目的としてアートを取り入れることも重視され始めている。 病院空間に設置されるアートは病院環境の一部であり、パブリックアート(道路や公園など公共空間に設置されるアート)と同じように、アートに興味のない人も作品を目にすることとなる。 そのため、患者をはじめとする病院で過ごす人々の多くが快く感じるアートを取り入れることができれば、病院環境の改善、すなわち、病院で過ごす人々のQOL向上に繋がる。

多くの病院では、以前から絵画を展示することが慣例化されている。 これは、絵画が人に安らぎを与えるアートのひとつとして期待されているためである。 一方で、展示する絵画の選定基準は明確でなく、寄贈された絵画をそのまま展示しているといったケースが散見される。 絵画は、構成要素(色・形・線などの表現)が鑑賞者の受ける印象に影響し、また、展示される空間によって印象が変化する(注1、2)。 そのため、絵画の構成要素と印象との関係を踏まえた上で、作品を選定することが快適な環境づくりに繋がる。

ホスピタルアートに対する患者の鑑賞行動と印象の評価

ここでは、病院に設置するために制作されたアートをホスピタルアートと定義し、 その有効性を調査するために、ホスピタルアートに対する外来患者の鑑賞行動および印象の評価について分析した研究の一部を紹介する。 調査にあたっては、ホスピタルアートが病院に設置された直後では患者が感じる快適性の評価が向上した結果が得られることが予想されるため、 設置から3年以上経過しているY大学附属病院において(2006年設置、2009年調査)、外来待合と連絡通路といった異なる病院空間のアートに対する鑑賞行動および快・不快の印象について、 通院期間・通院頻度・待ち時間などとの関係を分析した(図1、2)。

図1 外来待合の壁面に設置したホスピタルアート(一部)

その結果、外来待合のホスピタルアートについて(図1)、平均病院滞在時間が長い患者は、通院に対する観賞頻度が大きく、意識的にアートを見て、快さが大きいという結果が得られた。 すなわち、病院での待ち時間が長くなると通院の度に意識的にアートを鑑賞して、患者の快さが大きいことが示された。 また、通院頻度が多い患者は、通院に対する観賞頻度が大きく、快さが大きいという結果が得られた。 すなわち、通院が頻繁になると通院の度にアートを鑑賞して、患者の快さが大きいことが示された(注3)。 これにより、外来待合という病院空間におけるホスピタルアートの有効性が裏付けられたと考えられる。 この調査を実施するまでは、待合椅子の前面に設置されたホスピタルアートは患者の視界に必ず入る状況であることから、 病院滞在時間が長い患者や通院が頻繁な患者はアートに対して見飽きた印象を持っていることも懸念されたが、本調査結果によって払拭された。

図2 連絡通路の窓ガラス面に設置したホスピタルアート(一部)

また、連絡通路のホスピタルアートについては(図2)、通院期間が長い患者は、通院に対する観賞頻度が大きく、意識的にアートを見て、快さが大きいという結果が得られた。 通院期間が長くなると窓ガラスに設置したアートに気付いて、通院の度に意識的にアートを鑑賞するようになり、患者の快さが大きいことを確認した。 連絡通路では、窓から見える景色を生かし、移動空間という場を考慮した流動的なパターンでデザインしたホスピタルアートについて、その有効性が裏付けられたと考えられる(注3)。

ホスピタルアートの効果と活用

外来待合と連絡通路という異なる病院空間において、ホスピタルアートに対する患者の鑑賞行動および印象の評価を比較すると、アートを見て快く感じるという点は共通している。 一方で、外来待合では病院滞在時間および通院頻度がアートに対する鑑賞行動と快さの印象に影響し、連絡通路では通院期間がアートに対する鑑賞行動と快さの印象に影響することを確認した。 また、患者がアートを鑑賞して快く感じるという傾向は、外来待合よりも連絡通路においてより大きく示されたが、 この要因のひとつとして、連絡通路では、患者自身がガラス面のアートに気付くことによって意識的に鑑賞するようになったという自発性が影響している可能性がある。

外来患者の鑑賞行動および印象の評価から、病院に展示するために制作されたアート、すなわちホスピタルアートについて、患者の快適性の向上に関わる効果を確認した。 しかしながら、現状では、調査を実施したY大学附属病院のようにホスピタルアートを積極的に取り入れている病院は少ない。

また、病院空間の環境改善を目的としてアートを活用する際には、病院で過ごす患者の置かれた状況や行動を考慮し、快い印象を導き出す色や形、線などの構成要素に基づくアートを選定することが重要である。 快適な環境づくりを促すためには、定量的な検証に基づいてアートを活用する必要がある。

注1 吉岡聖美:抽象絵画における直線表現要素と印象評価の関係 -病院空間に展示された場合の比較検証、デザイン学研究、Vol.57、No.1、pp.89-97、2010
https://doi.org/10.11247/jssdj.57.39

注2 K.Yoshioka: Impression Evaluation and Eye Movement Related to The Characteristic Expression as Elements in Abstract Paintings: Mondrian, Malewitsch and Rothko, Kansei Engineering International Journal, Vol.10、No.1、pp.81-89、2010
https://doi.org/10.5057/kei.10.81

注3 吉岡聖美:ホスピタルアートに対する患者の鑑賞行動と印象の評価 -外来待合と連絡通路における調査、デザイン学研究、Vol.59、No.2、pp.31-38、2012 https://doi.org/10.11247/jssdj.59.3_31
調査方法:病院に設置されたホスピタルアートに対して「通院に対してどのくらい見るか」および「意識的に見るか」という鑑賞行動、また、「快・不快の印象」について回答を求めた。 「通院に対してどのくらい見るか」についての評定は、通院に対して「毎回見る」「よく見る」「時々見る」「あまり見ない」「見ない」の5段階で評価し、 患者の通院日の全体に対してアートを見る行為(観賞)を行った通院日の頻度を調査した。 これは、通院に対する観賞頻度であり、病院での待ち時間にアートを見る回数の頻度を調査したものではない。 「意識的に見るか」についての評定は、「いつも意識的に見ている」「よく意識的に見る」「時々意識的に見る」「あまり意識的に見ない」「全く意識的に見ていない」の5段階で評価した。 「快・不快の印象」についての評定は、アート作品を見ると「いつも快い」「時々快い」「特に感じない」「時々不快になる」「いつも不快になる」の5段階で評価した。 加えて、通院期間、通院頻度、平均的な病院滞在時間、当日の経過待ち時間、性別、年齢、について回答を求めた。


吉岡 聖美 (よしおか きよみ)

2011年筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程修了。博士(デザイン学)。 筑波大学芸術系研究員、産業技術総合研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門、明星大学造形芸術学部非常勤講師、明星大学デザイン学部准教授を経て、 2021年4月明星大学デザイン学部教授。 中央大学大学院理工学研究科兼任講師。専門は感性デザイン、医療・福祉デザイン。 7th International Conference for Universal Design (UD2019) Best Paper Award、第12回キッズデザイン賞など受賞。 日本感性工学会理事、日本デザイン学会、国際ユニヴァーサルデザイン協議会、日本機械学会などの各会員。

研究活動プロフィール
人の心の動きである感性情報を、心理・生理指標、行動観察、視覚情報、脳反応などの側面から捉えることで、 人とデザインとの関係を定量的に評価し、人に優しく、生活をより豊かにするためのデザインを研究している。 主に医療・福祉デザインをフィールドとし、VRやタブレット端末などを用いて、 単純繰り返し運動に対するモチベーションを維持して気分を改善する効果を持たせたリハビリテーションプログラム・デバイスの開発、 快適な病院環境を実現するためのインテリアデザインや絵画展示のディレクション、 患者のQOL向上を目的とするアートワークショップなどの研究活動に取り組み、病院・施設などで広く実践している。
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