『医師の働き方改革:2024年時間外労働の上限規制を踏まえた展望』
院長 新村浩明
もとより先生方のご勤務の状況が過酷を極めておりますことは、患者会を主宰しておりますと、メールを深夜2時3時、早朝4時5時などにいただくなど、ひしひしと実感しております。
患者会は患者のためになることを主たる使命と考え努力をしておりますが、その面からも先生方のご健康や生活については、正に他人事ではありません。 直接お世話になる先生方がご健康であられることは患者にとっては極めて重要で、本当に先生方のご健康は、患者にとって自分ごとです。
患者会の活動として、本腰を入れて先生方はもちろんパラメディカルの方々も含め、皆様のご健康が十分に保証できるような活動もしてゆきたいと考えております。
なお、本稿の初出は「いわき市医師会会報2023年11月号」で、ご関係の皆様のご許可を得てここに掲載させていただきます。
2024年4月、医師にも適用される時間外労働の上限規制がスタートする。 これは、医師の健康を保護し、医療の質を確保するための重要な一歩である。 本稿では、上限規制を含む働き方改革の必要性、予想される効果、および残された課題について論じる。
医師の長時間労働は、疲労累積による医療ミスの増加や医師自身の健康問題を生むリスクが指摘されてきた。 この問題に対応するため、2024年4月からの時間外労働の上限規制が導入される。 この規制により、医師の時間外労働は原則として「月100時間、年960時間以下」に制限されることとなる。 現行の労働基準法では「月45時間、年360時間」が基本だが、36協定に特別条項を設けることで、例外的に「月100時間、年960時間」まで認められる。 そのため、医療機関には、全勤務医の時間外労働をこの水準(A水準)以下に抑えるように規制される。
ところが、いわき市のような医師不足の地域はもちろんのこと、医師が充足されている地域であっても、わが国の医療は、医師の自己犠牲的な時間外労働に依存している。 そのため、この時間外労働の上限規制が単純に医療現場で適応されるとすると、わが国の医療崩壊に直結することになる。 そこで下表のように、一部の医療機関には「特例水準」として、時間外労働の上限規制からの一定の例外を認める措置が設けられた。 これは、救急医療や周産期医療など、特に人手が必要とされる分野での医師不足を緩和するためのものである。 しかしこの特例認定も、その適用には厳格な基準が求められ、医療機関には労働条件の改善努力が強く求められている。
特例水準の認定による影響の一つが、大学病院からの医師派遣問題である。 従来、大学病院からは多くの医師が地方の病院に派遣され、医師不足を補っていた。 しかし、労働時間の規制が厳しくなる中で、大学病院側が医師を派遣することに消極的になる可能性が指摘されている。 医師の労働時間の規制対象は、所属する医療機関での労働時間だけではなく、派遣先の労働時間も含まれるからである。 このため、派遣元においては、各水準における時間外労働時間内に収まるように、派遣先での労働時間管理が必要となる。
これを回避する一つの手段として、病院が、夜間のいわゆる「当直」に対して、「宿日直許可」を労働基準監督署より受けることである。 労働基準法では、常態としてほとんど労働することがなく、労働時間規制を適用しなくとも必ずしも労働者保護に欠けることのない宿直又は日直の勤務で断続的な業務(例えば、いわゆる「寝当直」に当たるような業務)については、 労働基準監督署長の許可を受けた場合に労働時間規制を適用除外とすることを定めている。 「宿日直許可」を受けた医療機関は、その許可の範囲で、労働基準法上の労働時間規制から適用除外となる。 つまり、その医療機関での宿日直は労働時間にはあたらないとみなされることになる。
そのため、現在、多くの病院が来年度の働き方改革実施に間に合うように、「宿日直許可」を受ける手続きを取っている。 「宿日直許可」を受けることで、当直の翌日を休日とする必要がなくなる。また「宿日直許可」を受けることで、自院の当直は「寝当直」とアピールすることができ、大学からの派遣を有利に進めることができる。 ある大学医局では、「宿日直許可」を受けていない病院には、医師の当直派遣はしないと宣言しているとも聞いている。 医師の派遣中止は、医師不足の地域で地域医療の崩壊に直結するため、寝当直の基準をある程度緩めて「宿日直許可」の許可が出ているとも聞いている。
ここでひとつの問題が考えられる。地域の多くの病院が宿日直の許可を受けるという状況は、夜間の救急医療体制に大きな影響を及ぼす可能性があるということである。 いわき市のように救急受け入れに課題があり、献身的な夜間当直医の働きでなんとか救急医療が保っている地域では、特に危機にさらされる可能性がある。 それは、大学より派遣された医師が、当該病院で「宿日直許可」を受けている=「寝当直」と考え、夜間の救急の依頼を断る傾向が今以上に増加する恐れがあるからである。 また、常勤医においても、「宿日直許可」を理由に、当直では仕事しないと宣言する医師が増えてもおかしくない。
医師の働き方改革は、医師の過重労働を是正し、医師の健康と仕事の質を保つために、その導入は必須のことである。 しかしながら、医師の労働時間の削減が地域医療に与える影響については多くの懸念があり、いわき市のように、地域によっては医師の不足が既に問題となっているため、労働時間の削減が医療の質と量にただちに影響を及ぼす恐れがある。 制度が実効性を持つためには、法規制だけでなく、医療機関ごとの実情に合わせた施策が不可欠である。 例えば、医師の負担を軽減するためには、AIやロボット技術を用いた診断・治療支援システムの開発が必要と考える。 2024年の規制開始に向け、全ての医療関係者が協力し、労働環境の改善と医療サービスの質の向上を目指すべきである。 これからの数年が、日本の医療の未来を左右する重要な時期となると考えている。
1967年富山県生まれ
1993年富山医科薬科大学(現富山大学)医学部卒業
1993年東京女子医科大学泌尿器科入局
2005年東京女子医科大学大学院卒業 研究テーマ移植免疫
2005年9月~ 財団法人ときわ会 いわき泌尿器科
2011年6月~ 公益財団法人ときわ会 常磐(じょうばん)病院
2015年9月~ 同病院院長
2011年東日本大震災の際、いわき市から東京へ300名余りの透析患者の避難の指揮を行った。
2014年12月~仮装で高齢者宅訪問開始。
2016年熊本地震で被災した透析クリニック支援。
日本泌尿器科学会 専門医、指導医
日本泌尿器内視鏡学会 泌尿器腹腔鏡技術認定医
日本透析医学会 専門医、指導医
日本臨床腎移植学会認定医
日本移植学会認定医
日本核医学会 PET核医学認定医
日本がん治療認定医機構 がん治療認定医
日本内視鏡外科学会 技術認定医