市民のためのがん治療の会
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上手に乳がんと付き合う

『乳がん初期治療の変遷と放射線治療』


滋賀県立成人病センター放射線治療科
山内 智香子
乳がんは女性のがん罹患数では年間9万人程度と、2位の大腸がんを大きく引き離して第1位である。それだけ患者も多い分、様々な研究も進んでおり、また、チーム医療も進んでいると言えよう。
患者も分らないことや不安なことなどは医療スタッフによく相談することも大切だ。
また、患者会やネットの情報も玉石混淆であり注意が必要なので、「患者さんのための乳がん診療ガイドライン(日本乳癌学会)」や「患者さんと家族のための放射線治療Q&A2015年版(日本放射線腫瘍学会)などの資料を参考にするなども大切だ。
今回は乳がんについてのポイントを滋賀県立成人病センター放射線治療科の山内 智香子先生にご寄稿いただいた。
(會田 昭一郎)

乳がんの治療は、進歩やトレンドの変化が大きいがんです。乳がん患者さんは罹患数が多く、治療方針決定のためのガイドラインやアルゴリズムが比較的整っています。近年の乳がん診療の変遷やトレンドについて紹介します。

手術療法

まず、乳がんの手術は大きな変化がおこっています。古くは乳房全体を切除する乳房切除術(全摘術のことです)が主流でした。また、この頃は腋窩リンパ節(わきの下のリンパ節)も広範囲に切除されていました。このような手術では、外観の大きな変化をもたらすだけでなく、腕を挙げられない、腕がしびれる、リンパ浮腫(リンパの流れが悪くなることでおこるむくみ)など、生活の質(QOL)が著明に損なわれていました。その後、わが国では欧米から約10年遅れて1990年代頃から乳房温存手術(乳房部分切除術)が普及してきました。乳房手術だけでなく、腋窩リンパ節も大きく切除することは減りました。乳房や腋窩リンパ節の手術を小さくしても、生存率には影響せずQOLも維持されると証明されたからです。また、乳房温存手術後に放射線療法を行うことで、乳房内の再発を減少させるだけでなく、生存率も向上させることが示されました。乳房温存手術と放射線療法を組合せて行うことを、乳房温存療法といいます。日本乳癌学会のアンケート調査では、2006年の時点で約6割の患者さんが乳房温存手術を受けていました。一方、それまでは急速に頻度が増していた乳房温存療法ですが、最近では横ばいの状況です。米国の疫学調査では、すでに乳房切除術の頻度が再上昇している傾向があります。この傾向の一因は乳房再建手術の進歩にあります。乳房再建は広背筋を用いる方法や腹直筋を用いる方法に加え、最近では下腹部の脂肪を用いる方法も行われるようになってきました。さらに人工物を用いる方法においても、まずはエキスパンダーと呼ばれる皮膚を進展させる人工物を挿入し、その後にインプラントという人工物に入れ替える方法が普及してきています。このような手術では、乳腺外科医だけでなく、形成外科の医師の協力も必要になります。腋窩の手術もさらに小さくなり、手術前にリンパ節転移がないと診断された患者さんに対してはセンチネルリンパ節生検という方法が用いられます。センチネルリンパ節とは、乳房に発生したがんが、最初に転移すると考えられるリンパ節です。このリンパ節に転移がなければさらなる下流のリンパ節には転移がないと判断します。これまでは、センチネルリンパ節に転移があれば腋窩リンパ節をある程度広く切除する(郭清:かくせい)のが標準的でしたが、最近では1-2個の転移であれば郭清しないこともあります。

手術に代わる新たな治療の試み

最近では小さな乳癌に対してラジオ波焼灼療法や、凍結療法(No230,231を参照)、粒子線治療など、手術を行わないという臨床試験も行われています。

放射線療法

乳房温存手術の黎明期には、乳房温存術後の放射線療法の有用性が十分に理解されず、施行されない症例も数多くありました。その後、欧米の臨床試験の結果から放射線療法が乳房内の再発率を低下させるだけでなく、生存率をも改善することが示され、放射線治療の施行率は増加しました。最近では、腋窩リンパ節転移があった患者さん(特に4個以上の転移)で、所属リンパ節(乳がんが転移しやすい場所)に対しても放射線を照射した方がよいことがわかりました。所属リンパ節としては具体的に、鎖骨上リンパ節(首の付け根のところ)や場合によっては胸骨傍リンパ節(胸骨の横のリンパ節)を含めて照射します。

乳房切除術後の放射線療法は、乳房の腫瘍が大きかった場合や腋窩リンパ節(特に4個以上の転移)に転移があった場合に行います。基本的に乳房を切除した後の胸壁と先にお話しました所属リンパ節に照射します。最近では、乳房再建を行ったあとの乳房に照射することもあります。乳房切除術後の放射線療法も、リンパ節転移のあった患者さんの胸壁や所属リンパ節再発率を低下させるだけでなく生存率も低下させることがわかっています。乳房切除術後の放射線療法も、以前は意義が十分理解されずにあまり行われませんでしたが、最近は施行率が増加しています。

手術のところでお話しましたが、腋窩の手術はセンチネルリンパ節生検が行われるようになり、さらには転移陽性でも郭清しない場合が増えて来ています。では、転移が残っているかもしれない腋窩リンパ節の所は放っておいてよいのかという問題が生じます。それに対して、放射線治療が期待されています。リンパ節転移が残っているかもしれない腋窩は、放射線照射で補おうという考えです。転移がたくさん残っていそうな場合には、腋窩だけでなく鎖骨上リンパ節にも照射します。欧米の臨床試験ではリンパ節を郭清した場合と郭清せず照射した場合とで、再発率や生存率に差がないことがわかりました。また、郭清した場合よりリンパ浮腫が少ないこともわかっています。手術前に腋窩の転移がなさそうな患者さんでは、手術は小さく、放射線照射の範囲は大きく、という時代になっています。

薬物療法

薬物療法は術前化学療法(抗がん薬治療)、術後補助療法(術後の再発を防ぐ)、再発・転移に対する治療があります。術前化学療法は、切除できない進行がんを切除可能にする目的、乳房を残すことができなさそうな患者さんで、まず乳房の腫瘍を小さくしてから温存手術を行う目的、がんの抗がん剤に対する効果を見てから手術する目的などで行われます。ホルモンレセプター(エストロゲンレセプター・プロゲステロンレセプター)陽性の患者さんは、ホルモン療法の効果が期待できますのでホルモン療法を行います。術前のホルモン療法はまだ標準的な治療とはいえません。術後に5-10年継続して行う必要があります。

HER2(ハーツー)という因子が陽性の患者さんでは、抗HER2療法を行います。術前や術後にはトラスツズマブという薬剤が用いられますが、再発・転移の治療では、最近になってたくさんの薬剤が使用できるようになっています。術後の薬物療法は、以前であればリンパ節転移が陽性の場合など、再発する可能性の高い患者さんでは化学療法が主体でしたが、最近では再発リスクだけでなく、個々の乳がんの特徴(サブタイプといいます)に応じた治療が選択されます。

再発・転移に対する薬物療法はサブタイプだけでなく、転移臓器や患者さんの年齢・体力などを考慮して選択します。強力な薬剤が次々と開発・認可されてきています。再発・転移患者さんでは完治をめざすのではなく、QOLを維持しながら長くがんとつきあっていく治療が主体ですが、最近では薬物療法で完治する患者さんもいらっしゃいます。ただ、再発・転移の治療は術前・術後の薬物療法のように標準的なメニューがはっきり決まっているわけではないので、使用される薬剤の副作用についても十分に説明を受け、ご自身のライフスタイルなどに合ったメニューを主治医とよく相談して決めていくのがよいと思います。

治療に関する情報収集

最近はわからないことがあれば、何でもインターネットで調べることができますが、必ずしも正しい情報とはいえません。信頼できるサイトだけを見るようにお勧めします。がん全般では国立がん研究センターがん対策情報センターがん情報サービスがもっとも信頼できて情報が豊富です。乳がんでは、日本乳癌学会の患者さんのための乳がん診療ガイドラインがあります。これは2年に1回改訂しますが、現在2014年版が出版されており、インターネットでも無料で見ることができます(http://www.jbcs.gr.jp/people/people_gl.html)。6月には2016年版が出版されます。出版物のみにはなりますが患者さんと家族のための放射線治療Q&A2015年版もお勧めします。こちらも乳がんに限らず放射線治療に関する疑問に対して詳しく解説しています。

患者さんと家族のための放射線治療Q&A2015年版

さいごに

ほとんどの乳がん患者さんにとって第一の主治医は乳房の手術をしてもらった外科医・乳腺外科だと思います。でも、乳がん患者さんには多くの場合、薬物療法の主治医、放射線療法の主治医というような第二・第三の主治医がいます。また、看護師・薬剤師・栄養士・臨床心理士・放射線技師、等々、たくさんのスタッフが関わります。乳がん治療の分野は最もチーム医療が進んでいるといっても過言ではありません。患者さんと主治医の関係には正直、相性もあるとおもいますが、わからないこと、不安なことは主治医でなくてもご自身の一番相談しやすいスタッフに言ってみることをお勧めします。そのスタッフがわからないことはチームで相談してくれるはずです。

略歴
山内 智香子(やまうち ちかこ)

1993年 三重大学医学部卒業後、京都大学医学部附属病院放射線・核医学科に入局。滋賀県立成人病センター、京都大学医学部大学院、京都大学医学部附属病院助教を経て2009年より滋賀県立成人病センター放射線治療科科長として勤務。
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