市民のためのがん治療の会
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『人工尿道括約筋植込術を受けて』


市民のためのがん治療の会会員
瀨川 孝夫
人工尿道括約筋植込術は医師の間でもまだ良く知られておらず、前立腺手術後の尿漏れに悩む方々には朗報であるにもかかわらず情報が無く、QOLの低下に悩んでおられる方も多いようだ。
「がん医療の今」では既に8月21日に、国立がん研究センター東病院 泌尿器・後腹膜腫瘍科増田 均先生の『尿漏れ手術「人工尿道括約筋植込術」』について掲載し、分かりやすいご説明を頂いた、「がん医療の今」下記をご覧ください。
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20180821_masuda
今回は当会会員で人工尿道括約筋植込術を経験された瀬川さんに、ご自身の経験を踏まえ、患者から見た人工尿道括約筋植込術についてご寄稿いただいた。
患者にとって他の患者の経験談は重要な情報、このご寄稿がお役にたつことを期待しております。
(會田 昭一郎)

私は2011年の秋に毎年恒例としてきた人間ドックを受けたが、この年の新たな試みとして前立腺がんの指標マーカであるPSA検査を含めて受けた。 うかつなことにPSA検査は始めての受診であった。

結果はPSA=20と言うとんでもない結果が出て、診察結果を話す医師から、がんの専門病院への紹介状出すので早めに前立腺がんの精密検査を受けるように勧められた。

その当時は、家内がすでに癌研究所有明病院に掛かっていたため私も同じ病院を指定して紹介状をもらい数日後に泌尿器科を訪問した。

癌研有明病院の泌尿器科での検査結果はPSA=20、グリーソンスコアー=7であった。

この結果により前立腺がんであることが明確になった。

泌尿器科の医師から、治療方法として外科的手術で前立腺を全摘する方法と放射線治療の二つの選択肢がある事を説明され、 放射線治療を選択すればその後に手術は出来ず再発時にはホルモン治療に頼らざるを得ない事と、手術を選択した場合はその後の再発時には放射線治療を受けられる事を具体的内容として説明を受けた。

さてどうするか?大いに迷って調べても見たが、上記の“万一の再発時”の対応を考えると手術が良さそうに思えてきたので担当医師に手術を選択する由申し出た。

担当医は“賢明な選択です、手術は後腐れがないので安心だ”と言っていただいたが、この選択が一生の不覚であった事が後から解り、しかし後悔先に立たずの通りとなった。

尿漏れについては、どんな事があっても90%以上の患者が3ヶ月以内に正常に戻ると強く言われたのであまり深くは考えなかったのだがこれも一生の不覚であった。

2012年の5月に前立腺の全摘手術を受け、手術自体はうまく行ったとの説明であった。

退院する日に、尿道に繋いであった管を外したところ尿が泊まらない事に気づき、慌てた。

これが尿漏れかと思いながら1階の売店で尿漏れパッドを買い退院したが尿漏れは結構激しく、1日に2~3枚くらい交換する日々が続いたが、そのうち直るだろうとの気持ちで気楽にしていた。 しかし3ヶ月経っても同様な日々が続きパッドの交換に手間を要したが慣れたせいかあまり気にならなくなった。


3ヶ月おきに癌研有明病院の泌尿器科でPSAを含む血液検査を受けていたが、 術後当初はPSA=0.01程度の結果であったのが2012年末の検査で0.04に上がり2013年6月には0.09まで上昇し7月には0.19まで上がり9月には0.21となり再発のしきい値であるPSA=0.2を超えたため同病院の放射線科を紹介され放射線治療の準備にはいる事になった。

放射線科の医師から手術後の病院側の分析結果を聞き、仰天したのは手術時に切除した面の反対側の切片の検査結果ではがん細胞の存在が確認されていた事であった。

平たく言えばがんが大きくて手術では取り切れなかったのである。 その後に自分で書籍等で調べた結果では、大きいがんは手術では取りきれない可能性があるため、ホルモン治療で小さくしてから放射線治療を行うのが正しい治療だと言う事が解り、自分の判断の甘さを大いに後悔したが後の祭りであった。 泌尿器科の医師にも騙された思いがわいてきたと同時に、これは医療事故の可能性もあるとも思った。

「市民のためのがん治療の会」にはすでに入会していた訳だから、せめてセカンドオピニオンの紹介を受けて他の治療法の検討を絶対にすべきであった事は悔やまれる。

しかし当面を乗り切るためには放射線の治療を受け無くてはならないためそこは前向きの意識を持つ事にした。

癌研有明病院での放射線治療は予約患者で満杯のため、近くの東京放射線治療センターに通う事になり、2013年年末から2014年3月までの間に1週4回9週間(のべ35回)に渡りIMRT(強度変調型)放射線治療を受けた。

その後はPSA値は0.3レベルの低値安定を続けているが、尿漏れは3回/1日位の状態が続いた。

2年後の2016年5月のある日、リハビリから帰宅して昼食を準備中に背中に痛みが走り始めしかも四方に広がりを感じる異常な痛さであったのですぐに救急車を呼び自室で待機した。 救急隊員が到着して状態を聞かれたので背中の異常を伝えたところ、背中に痛みを感じる時は血管か心臓系の病の可能性があると言われた。 実は私に胸部大動脈瘤があり定期的に検査に通っていたため、そのことと通っていた病院名を告げると、“そこに行く!”と言われ救急車に収容されて心臓と血管の専門病院であるイムス葛飾ハートセンターに搬送していただいた。 病院に着くと検査をしていただいていた担当医と看護師が待ちかまえてくれていて、すぐにICUへ移された。 その際に看護師に言われた事を未だに記憶している、“この病気で生きて病院に着ける方はとても運が良いのですよ!”と。

私には、その時点では病名は解らなかったので何の事かと思ったが、後で胸部大動脈乖離に襲われた事が解り、その病が致死率80%だと言う事知ってぞっとしたが、同時に自分の悪運の強さも感じた次第だった。

人工血管の挿入手術も無事完了して何とか無事退院したが、1ヶ月以上の入院の間、尿道に尿管を入れたまま過ごしたためか尿道括約筋の締まりが悪くなったようで退院後はパッドを1日に4枚~5枚交換する日々が続くようになった。

さすがにこれでは“タマラン”との思いが積み上がり、2016年末に予約があった癌研有明病院の検診の際に、担当の医師に尿漏れのひどさを訴えて“何とかならんのですか?”と問いかけてみたところ、 人工尿道括約筋の植込み手術をしている先生がいるから紹介してみますとの回答であった。

次回の予約時にその先生の診察を受ける事にして、2017年の早春に癌研有明病院を訪問し、そこで泌尿器科の増田先生に始めてお会いした。

私は、人工尿道括約筋植込術の説明を受けた後に、尿漏れの現状お話しして、QOL向上と自分の社会復帰のためにもこの施術を受けるしかないとお話したところ、快く了解いただいた。

その後、4月に手術の前検査のために短期の検査入院をして、体調的な面で何とか合格させていただき、人工尿道括約筋植込術の手術を6月下旬に受ける事になった。

入院は2016年6月19日、手術は翌20日午後に決まった。

入院当日と翌20日午前中は手術のための準備で追われ、午後からは手術室に運ばれた事までは記憶があるが、その後は全身麻酔のため気がついたら手術は完了していた。

翌21日朝に傷口のチェックに増田先生が来られたので、私自身でも見てみると右下腹部に7cm位の縫合された傷があるのが見てとれた、小さい傷口で安心した。

手術翌日から常食を頂き歩行も問題なくできるようになり、術後3日目からはシャワーも許可していただき、あとは傷口がしっかりふさがった事を確認されて27日に退院した。

ただ、体内に植込みしたものが人工物であるため、体の内部のキズが直る事と植込み物が体に馴染が出来るようになるまでの期間として1ヶ月程度を見込むため、 人工尿道括約筋はそれ以降に使い方の指導を受けてから使用開始するとの指示を受け、お楽しみはしばらく待つ事になった。

8月に入って1泊2日の入院をして使い方の指導を受ける事になった。

8月9日に入院して、午後に増田先生の診察と指導を受けた。

まずは陰嚢の中に入っている小指の先くらいの大きさの“コントロールポンプ”の存在を教えて頂き、それを親指と中指で挟んでつぶすと尿道を絞めている“カフ”がゆるみ膀胱から尿が出る仕掛けで有る事を教えていただいた。 緩んだ“カフ”は20~30秒でまた閉まる仕掛けになっているので、排尿を終わったら何もしなくても良いのだ。


排尿量が多いような場合には排尿時間も長くなるので、途中でもう一回コントロールポンプをはさみ潰し“カフ”を再度ゆるめる事が必要になる場合もある。

この一連の動きは、立った姿勢で行うのは極めて難しいので、洋式便器に腰掛けての動作になる。

また、尿意を感じて近くにトイレが無いなどの場合にいわゆる“ちょいもれ”が起こるため、私は尿漏れパッドと称する使い捨てのオシメをいつも使用している。

人工尿道括約筋の使用前は、尿漏れを抑えきれないため、日に4~5回パッドを取り替えていたが、 人工尿道括約筋の使用を開始してからは、ほとんどの毎日が一回のオシメ交換で済むようになり、これは本当にありがたくまた快適でQOLが一桁アップした感じがした。

人工尿道括約筋の植込み手術を受けた後で注意すべき事は、陰嚢に大きな衝撃を与えない事である。 万一、大きな衝撃を与えてしまった場合には、最悪コントロールポンプやカフなどが破損する事故に繋がるので、私は特に自転車には乗らないように心がけている。

またクッションがないイスも注意すべきで、その最たるものは風呂イスである。

私はネットで検索して、陰嚢が当たる部分をU字型にくりぬいてあるイスを見つけてそれを使用している。

人工尿道括約筋の植込み手術をして頂き、私のQOLを一桁上げて頂いた増田先生に心から御礼を申し上げ、感謝を申し上げる次第です。

尿漏れでお悩みの方は、「市民のためのがん治療の会」のニュースレターに増田先生が特別寄稿して頂いた「人工尿道括約筋植込術」をお読み頂ければ、 人工尿道括約筋の仕組みの詳細や挿入手術を行っている病院の名前・場所などの一覧もご覧いただけます。

どうか参照下さい。

皆様のご健康をお祈りいたします。

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