市民のためのがん治療の会
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『知っていただきたい,BIA-ALCL(Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma : ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫)について』


佐野厚生総合病院乳腺外科
和田 真弘
乳がんは年間約5万人が罹患し,女性の罹患率1位のがんだ. 10月は乳がん月間ということで,国際的にも様々な取り組みがなされる.
乳がんの外科手術療法は,根治治療として乳房・大小胸筋・腋窩リンパ節群を一括して切除する方法が長らく世界的に標準術式とされてきた. 1950年ごろから手術の縮小化が見られ,その後も縮小化の流れは進んできた.
しかしながら病態により根治治療として乳房切除が選択されるケースも少なくない. 乳房切除は女性にとって整容性,身体バランスの点はもとより精神的にも大きな影響を及ぼすことから,乳房再建が大きな課題となり,同時に保険収載にも大きな関心が寄せられた. 「人工乳房を用いた方法」は2013年に保険収載され経済的に負担も少なくなってからは,乳房再建への関心も一段と大きくなった.
乳房再建には「自分の体の一部(自家組織)を使用する方法」と「人工乳房を用いた方法」があるが, 昨年10月滋賀県立総合病院放射線治療部長山内智香子先生にご寄稿いただいた 『乳がんに対する全乳房切除術と乳房再建』http://www.com-info.org/medical.php?ima_20191015_yamaguchiの中で「人工乳房再建に生じている大問題」,BIA-ALCLが生じていることが分かった.
そこでこの問題を改めて理解するために,ご多用の中,佐野厚生総合病院乳腺外科和田真弘先生に詳しく解説していただいた. ご協力に深く感謝いたします.
(會田 昭一郎)

日本における「人工乳房を用いた乳房再建手術」の歴史は決して長いとは言えない. まずはその歴史から振り返ってみたい.

2012年9月に乳房再建用の皮膚拡張器(Tissue Expander:以下エキスパンダーと略す)とゲル充填式人工乳房(Breast Implant:以下インプラントと略す)が日本で初めて薬事承認を受けた. アラガン社製のナトレル®133ティッシュ・エキスパンダーと同社のナトレル®ブレスト・インプラント(ラウンドタイプ)である. その後に,アナトミカルタイプのナトレル®410ブレスト・インプラントも薬事承認された. 2013年7月からそれらを用いた乳房再建術式が保険適応となった. そして,2014年4月に保険収載された. 日本において,患者さんが保険適用の中で人工乳房を用いた乳房再建手術を受けられるようになって,実はまだ6年しか過ぎていないのである.


しかし,この6年間で,多くの乳がん患者さんが人工乳房を用いた再建術の恩恵を受けることができた. 乳がんの手術のために乳房を喪失し,絶望に明け暮れている患者さんにとって,この人工乳房による再建が保険適用内で受けられるようになったことは非常に喜ばしいことである. 日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会の使用成績データをみると,2013年から2019年までの間にインプラントを挿入した件数は33,684個にのぼる[1].

そんな矢先,この人工乳房に関する大きな問題が生じた. それが今回のテーマである「BIA-ALCL(Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma : ブレストインプラント関連未分化大細胞型リンパ腫)」である.


BIA-ALCLの歴史は意外と古い. まずは,世界,特に米国におけるインプラントとBIA-ALCLの歴史について振り返ってみる. これまでの米国のインプラントの歴史を理解することは,BIA-ALCLを理解するために無駄ではないと考える.

乳房インプラントは1962年にシリコンゲル充填式人工乳房(SBI)が米国に導入された. その後,1980年代に入り,SBIについての安全性についての疑念が取り沙汰されるようになった. 局所合併症が多いことや有害事象が頻回に確認されるようになったのである. その中には,悪性腫瘍や結合組織性疾患といった全身性疾患も含まれていた. そのために,1992年にアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)はSBIの販売を停止した. その5年後の1997年に世界で初のBIA-ALCLの報告(米国)がされた[2]. しかし,1999年米国医学研究所は,インプラントに関する報告書を発表した. その中で,SBIと癌や自己免疫疾患などについての関連性を裏付ける明確な証拠はないと判断した.

2006年米国はSBIの販売を再開した. ただし,市販後調査を条件として許可した. 米国においては,この14年間SBIは使用されておらず,その期間は生理食塩水充填乳房インプラントが主に使用されてきた経緯がある.

2011年FDAが初めてインプラントと特殊なリンパ腫について言及した. その発表によれば,「インプラントの挿入された女性は,頻度は非常に小さいが,未分化大細胞性リンパ腫が発症する可能性がある」とのことであった[3].

2013年に日本で採用されたアラガン社のインプラント製品であるナトレル410が米国で承認された.


実は販売再開後も,インプラントに関連したBIA-ALCLの症例報告は続いていたのである. 2016年は258症例,2017年は359症例ほどの報告があった. 2016年にWHO(世界保健機関)はBIA-ALCLを正式に疾患として採用した. 翌年の2017年には,ニューヨークタイムズ紙が一般市民へ向けて「9 Deaths Are Linked to Rare Cancer From Breast Implants」というタイトルの記事が掲載された.

FDAが最終的にアラガン社にテクスチャードタイプのインプラントの自己回収を指示したのが,2019年7月24日のことである. FDAはBIA-ALCL のリスクから患者を保護するため,アラガン社に対してBIOCELL® テクスチャードブレスト・インプラントおよびエキスパンダーを市場から⾃主回収するよう要請したのである. 米国で第一例目のBIA-ALCLが報告されてから22年後のことであった.

それを受けて,翌日の2019年7月25日にアラガン社は,ナトレル® 410ブレスト・インプラントおよびナトレル® 133ティッシュ・エキスパンダーについて⾃主回収を決定した[4].

ここで少し言葉の説明を追加したい. 「テクスチャード」とは表面がザラザラとした意味である. 現在わが国の健康保険で許可され,乳房再建を目的として流通している唯一のインプラントである,アラガン社のナトレル® 410, 110, 115, 120 は表面がざらざらのテクスチャードタイプである. 「BIOCELL®」とは,バイオセルという表面構造を持ちアラガン社の販売するテクスチャード加工したインプラントの商品の総称である.


話を元に戻そう.アラガン社の自主回収は,日本においては甚大な影響を与えることになった. この時点で,日本において保険適用内で使用できるインプラントは皆無になってしまったのである. なぜなら,国内で厚生労働省と医薬品医療機器総合機構(PMDA:Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)はこのアラガン社1社のみの製品しか承認していなかったからである. つまり,他社製のインプラントを含めて,アラガン社製のインプラントの代替となるものが保険収載されていなかったのである. これは,既にそのインプラントを挿入された患者さんは不安に苛まれることになり,これからインプラント挿入を待機している患者さんはどうしたらよいのか途方に暮れてしまう気持ちにさせられたことを意味する. その責任は重い.今後の規制当局の薬事承認・保険適応について多くの反省点・改善点となるであろう.


その後の本邦の状況であるが,日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会によれば, BIA-ALCL のリスクが少ないとされるスムーズタイプ(表面がつるつるの性状)のエキスパンダー(133S・ティッシュエキスパンダー)とインプラント(Inspiraシリーズ)が認可され,2020年9月1日現在安定供給ができる状態になっている[5].


ここからは,今回のテーマであるBIA-ALCLについて,症状や診断.その治療方法について解説していきたい.

BIA-ALCLとは,乳房インプラントを挿入した患者の周囲被膜から発生する末梢性T細胞性リンパ腫のことである. 乳がんとは異なり,インプラント周囲に形成される被膜組織から発生する悪性腫瘍である. 前述の通り,BIA-ALCLが最初に報告されたのは1997年であり,今から23年前である[2].

原因については,いまだ確定的なことはいえないが, 乳房インプラントの表面性状が表面積の大きなテクスチャードであることに加えて,バイオフィルム,および個々の遺伝的素因との関連性が考えられている. テクスチャードタイプには前述の通り表面に細かい凹凸があり,それが原因で炎症反応を起こすとされている. その炎症反応により慢性的なT細胞の増殖・フォーミングが起こると推測されている[6].


次に,BIA-ALCLの発症状況についてである.世界的には約900例の発生が報告されている. 米国形成外科学会の報告によると,そのインプラントの表面性状毎に見てみると,圧倒的にテクスチャードタイプが多い(67.2%). スムーズタイプは4.5%である. 製造会社別に見ると,アラガン社が84%と大部分を占めている[7]. 日本においては,現時点では1例のみの報告である.2019年6月に日本で初めて患者が報告された[8]. この症例は,乳房再建後17年目に発症した. 挿入されていたインプラントは,マックガン社(アラガン社の前進)のテクスチャードタイプであった.


では,どのような症状が起こるのであろうか.ここは既にインプラントを挿入された患者さんにとっても大事な点だと思われる. 是非共有したい情報である. BIA-ALCLを疑うべき症状は次の通りである. 頻度の高い順に記す. 遅発性漿液腫(約80%),腫瘤(約40%),疼痛,腫脹,非対称性,被膜拘縮,皮膚潰瘍などである. この引用した文献によると,3.4%の患者さんは漿液腫もなければ,腫瘤も触知しなかったと報告されていた[9]. また,この場合の「遅発性」とは,挿入後1年以降に発症するものをいう. ここでも言葉の解説を付け加えておきたい. 漿液腫とは,ある限られた部位(スペース)に液体(この場合,漿液というサラサラの液体)が貯留することをいう. イメージとしては,皮膚の下に水風船が入っているような状態のことである. もし,そのような症状を自覚された場合には,主治医のもとへ受診していただきたい.


診断までの期間は,最後のインプラント挿入から平均9年(0.08〜27年)と報告されている[10]. 決して挿入して,早期に発症する疾患ではないことがわかる. 一方で,挿入後10年前後で発症し,長いものでは20年以上過ぎてからも発症することもあるので,長期の経過観察が必要と思われる.


実際の診断の流れについて解説したい. まずは画像検査であるが,超音波検査,さらにはMRI検査によって,液体貯留と腫瘤の有無について確認する. そこで,液体貯留の所見が確認できたならば,超音波ガイド下に穿刺してその液体を採取する. 採取された液体は病理組織検査に提出される.

また,腫瘤や被膜(カプセル)がある場合には,生検もしくは摘出術を行う. いずれも病理診断部で各種の精密検査を経て確定診断に至る.

次にPET/CT検査などで全身のリンパ節の転移状況や,遠隔転移の有無を確認して,病期(ステージ)を確定することになる. 病期についての詳細な解説はここでは割愛するが,ステージはIA期からIV期まである. IV期は診断時に既に遠隔転移をきたしている場合をいう. Clemensらの報告によれば,IA期〜IIA期までがBIA-ALCL全体の86.2%である[9].


治療についてであるが,上述の通り多くはリンパ節転移を伴わないIA期〜IIA期の限局性病変である. そのため,治療のメインは局所療法である手術治療が中心となる. つまり,インプラントの抜去と周囲の被膜・腫瘤性病変の完全切除である. リンパ節郭清についてであるが,腫大したリンパ節がなければ,予防的なリンパ節郭清の意義は確立されておらず,推奨はされていない.

一方で,被膜や腫瘤が完全に切除できない場合や,リンパ節転移や遠隔転移を伴うような場合には,化学療法や放射線治療を含めた集学的チーム医療が必要である.

BIA-ALCLの予後は決して悪いものではない. 全体の5年生存率は91%である. I期で腫瘍・被膜の完全切除ができた場合には,十分治癒ができる数字と思われる. 一方で,完全切除ができなかった場合やII期以上では,再発率が高くなり,予後が悪くなってくる[9]. そのためにも,早期発見が重要となってくる.


以上,BIA-ALCLの症状,診断.治療,その予後について解説してきた.

ここで,米国から発表された論文をひとつ紹介したい[11]. 500人の米国人の一般女性(そのうち12.0%は乳房インプラント挿入経験者を含む)に対して,BIA-ALCLに関する調査を行った. その結果では,参加者全体でBIA-ALCLについて聞いたことがあると回答したのは,わずか13.6%であった. およそ7人に1人という低い認知度であったという調査報告である. 日本ではどのくらいの数字になるのかは不明であるが,高い認知度になることは予想しがたい.


BIA-ALCLは早期発見で,治癒が期待できる疾患である. だからこそ,その疾患そのものについて,日本においても十分な啓蒙が必要であると考える. その対象は,医師のみならず,インプラントを挿入された患者さん,その挿入を待つ患者さん,さらには社会全体に対しても必要であろう. それにより,乳がん患者さんが少しでも安心して日常生活を送れる一助になることを期待したい.


【引用文献】

  • 1. 日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会. 2019年度 乳房再建用エキスパンダー/インプラント年次報告と合併症について. 2019; Available from: http://jopbs.umin.jp/medical/guideline/docs/gappeisho2019.pdf.
  • 2. Keech, J.A.J., ANAPLASTIC T-CELL LYMPHOMA IN PROXIMITY TO A SALINE-FILLED BREAST IMPLANT. Plastic and Reconstructive Surgery, 1997. 100(2): p. 554-555.
  • 3. Administration), U.F.F.a.D. Update on the Safety of Silicone Gel-Filled Breast Implants (2011) - Executive Summar. 2011 09/25/2020]; Available from: https://www.fda.gov/medical-devices/breast-implants/update-safety-silicone-gel-filled-breast-implants-2011-executive-summary.
  • 4. 日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会. アラガン社製品自主回収・販売停止について. 2019; Available from: http://jopbs.umin.jp/medical/guideline/docs/HCP_Final190725-1.pdf.
  • 5. 日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会. 乳房再建用ティッシュエキスパンダー・乳房インプラント安定供給再開のお知らせ. 2020 22/9/2020]; Available from: http://jopbs.umin.jp/general/docs/20200727_patient_saikai.pdf.
  • 6. Kadin, M.E., et al., Biomarkers Provide Clues to Early Events in the Pathogenesis of Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma. Aesthetic Surgery Journal, 2016. 36(7): p. 773-781.
  • 7. Surgeons, A.S.o.P. PROFILE and FDA Data Comparison. BIA-ALCL Resources 2020 9/22/2020]; Available from: https://www.plasticsurgery.org/documents/Health-Policy/ALCL/PROFILE-Data-Summaries_Sept20.pdf.
  • 8. Ohishi, Y., et al., Breast implant-associated anaplastic large-cell lymphoma: first case detected in a Japanese breast cancer patient. Breast Cancer, 2020. 27(3): p. 499-504.
  • 9. Clemens, M.W., et al., Complete Surgical Excision Is Essential for the Management of Patients With Breast Implant-Associated Anaplastic Large-Cell Lymphoma. J Clin Oncol, 2016. 34(2): p. 160-8.
  • 10. McCarthy, C.M., et al., Patient Registry and Outcomes for Breast Implants and Anaplastic Large Cell Lymphoma Etiology and Epidemiology (PROFILE): Initial Report of Findings, 2012-2018. Plast Reconstr Surg, 2019. 143(3S A Review of Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma): p. 65s-73s.
  • 11. Lee, E., et al., Public Perceptions on Breast Implant–Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma. Plastic and Reconstructive Surgery, 2020. 146(1): p. 30-37.

和田 真弘(わだ まさひろ)

1999年3月 新潟大学医学部医学科卒業を卒業. 卒業後は,慶應義塾大学医学部一般・消化器外科に入局. 慶應義塾大学病院ならびに関連病院で研鑽を積む. 専門は乳癌. 各種専門医・指導医は,日本外科学会専門医・指導医,日本乳癌学会乳腺専門医・指導医など. 現在は,故郷の栃木県佐野市にある佐野厚生総合病院乳腺外科に勤務している. 地元の乳がん患者さんの診療のみならず,佐野市民への乳がん検診への啓蒙活動,市内中学校でのがん教育などの多方面にわたる活動を行っている.
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